ROMA

□錬金術
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昨日の私は夢と現実をいったりきたりで、おかしかった。

まっつさんを待っている間に眠ってしまってから、翌朝寝過ごして大慌てで支度をして出掛けるまでの、記憶。

記憶はある。

まっつさんが私に言ったことも、私がまっつさんに言ったことも、全部覚えてる。

ただ、私は何だか情緒不安定で、酔ってもいないのに笑ったり泣いたりおかしなテンションで…

そして、夢。

夢の中で、桂さんが、私に言った。まっつさんは私だけのものではいてくれないって。何度も言われた。言葉で。仕種で。眼差しで。

そして、まっつさん。

まっつさんは夢の中で…あの人と抱きあってた。キスされてた。キス…上手いんだ、あの人…

…壮さん…


まっつさんが…
抱きしめられて、せつなげに洩らす吐息は…私だけのものであるはずなのに。

桂さんの言うとおりなの?


でも、変…
私、まっつさんがあの人とキスしてるとこなんて、見たことない。
だから、
あのキスは、彼女の吐息は、私のキス、私のための吐息。

…説得力ないな…


「ちぎ、おっはよ!」
まだ誰も来てないと思ったのに、むやみに明るい桂さんに肩をガシッと捕まれ、よろける。
「お…はよございます」
「龍馬、しっかり!」
明るい…
「桂さん」
「ん?」
「桂さんはどっちの味方です?」
「どっちって?」
にやにやと…分かってて訊いてるな。ヤな人だ。
「もちろん、私と壮さんと。どっちですか?」

切れ長な目尻と肉感的な唇の端が同じ角度につり上がってる。この笑い顔、苦手。

「私はさ、まっつの味方じゃん」
「じゃ、私の味方ですね?」
「甘いんじゃないの?」
むっかつく…
「じゃ、壮さんですか?」
「あのさ、えりりんの意見、無視してない?」
「壮さんは…恋敵じゃないってこと…?」
「甘いわ」
つん、と頬っぺたを突っつかれて。桂さんは快晴の笑み。私は泣きたくなった。でも、負けるもんか。
「まっつさんは渡しません」
「まぁ、頑張って。えりりんは手強いよ」
「知ってます」

桂さんに鼻で笑われた私の決意を、当のまっつさんも分かってるんだかいないんだか。
遅くに現れた彼女は、私と桂さんが黙って緊張感を漂わせているのを怪訝な面持ちで見比べて、
「なに?どこの場面の稽古なん?」




帰りのロッカールーム。
物音で、誰か入ってきたなと思ったら、懐かしい声で「ちぎ」と呼ばれて。

「あ…まっつさん」
「大丈夫なん?」
「な…にが…?」
「何もかも…」

そっと腕を持ち上げて、彼女は私を抱き寄せた。
ため息とともに力が抜けて…

「まっつさん…私…」
「もし…ちぎが、そうしてほしいなら」
耳許に囁く彼女の声は、
「毎日、毎時間、毎分でも…ちぎが好きやって言うたげる」
彼女の声は、私を震えさせる…
「私はちぎのものやって言うたげる…」
私を震えさせて、泣かせる…
「まっつさん…ごめん…。信じてないわけじゃないの。ただ…」
「分かってる。言わなくていい…分かってるから…」
「まっつさん…」

分かってくれるの

ただ…
いろんなことがいっぺんに…
あるから…

桂さんがいなくなること
壮さんがくること
まっつさんの…壮さんとの四年間
壮さんの二番手を務めなきゃいけないこと

…まっつさんを
愛してること…

好きで好きで仕方ないこと…


「まっつさん…」

彼女の胸に抱かれて
ゆらゆらと見る夢は甘美…

彼女の声の波紋は
しとやかでかぐわしく
私を沈める

ゆっくりと

花びらが舞い落ちるように

心が
落下してゆく…

彼女の宇宙の水底に



「まっつさん…ほんとうに、毎分でも言うてくれるの?好きやって…」
「ほんまはな…いつも言うてる…」

ほら、見つめれば

分かるやろ?



2013.07.20
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