ROMA
□錬金術
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水面を漂う月影の
ほのかに紅い月の夜
梢を揺らす沢風は
彼方に眠るひとの息
恋は夢よと
花、手折り
夢は現と
むせび泣く
『ちぎちゃん』
インターホンの向こうで全ツ帰りのまさおの沈んだ声
「全ツ、お疲れさん。あがり」
『おおきに』
「どしたん…?」
「別に」
憎まれ口のひとつも利かずに、部屋に招き入れ、コーヒーまで振る舞ってやった私に、このまさおは不機嫌そうに甘えてくる。
「なあ、ちぎちゃん…」
「コーヒー飲んだら帰りぃや」
「泊まってええ?」
「ひとの話を聞け」
「みりおのバウ観た?」
「観てへんよ」
「良かったよ」
「やろうね」
「…ちぎちゃん…前から気になっとってんけどな」
「なに?」
「何で関西弁使うん?」
「好きやから」
「まっつさんと話すときも使う?使こてへんのちゃう?」
「…なんで?」
「何となく」
「使わへんよ。恥ずかしいもん」
「やっぱし」
揶揄われるか笑われるかと覚悟したのに、まさおは神妙な面持ちで。ため息さえつく。
「みりおも、そう。うちの前では使わへん。同期と話してるとき使こてんの、聞いた。可愛いよ」
訥々と話すまさおは、私が聞いていてもいなくても構わないみたいだ。
「ほんまに可愛いねん…」
「やろうね」
「まっつさんには、ちぎちゃんも可愛いんやろうな…うちには意地悪ばっか言うけど」
「そ、そんなこと、そんなこと…まっつさんに聞かんと分からんし。まさおにだって優しくしてるやん」
ちらりと私を見たまさおの目は、無色透明で…一体何を考えているのか…私にはまさおは分からない。
「うろたえんでも…」
「だ、だって」
「ちぎちゃん、まっつさんはちぎちゃんを抱くの?それともちぎちゃんがまっつさんを抱いてるの?」
「っ…ばかっ…!」
「ちぎちゃん…、うちは、みりおが好きやけど、1年後には一緒におらん気ぃがするんよ。でもね、ちぎちゃんを見てるとね…」
まさおはゆっくりとソファから立ち上がり、私の肩に手を掛けて。
その手の掛け方には何か心を打つものがあったので、私は今しがたの非礼を忘れた。
「ちぎちゃんとまっつさんを見てるとね…ずっと好きでいるんやろうなって…ずっと一緒におるんやろうなあって、思うねん」
ほんまは先のことなんか分からへんけど、ちぎちゃんを見てるとそう思うねん…とまさおは呟く。
不思議に物思わしげな沈んだ瞳で。
「みりおちゃんと…喧嘩でもしたん?」
「おっそいわ、訊くのが…!
………ほな、帰るわな」
まさおは、扉の前で振り返って。
微笑した。
もうそれはすっきりと
魅力的な
いつものまさお
そして、私を抱きしめて
「ごめんな、愚痴って。じゃ、ばいばい、ちぎちゃん」
「ばいばい…」
愚痴ってたのか…
そうか
私にしか愚痴れないんだ
まさおは。
私は…
桂さんにまで甘えてる…と思ったら、涙が出てきた。
2013.07.24