ROMA

□光
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予期してはいたけれど、稽古場でいきなりの試練。

まっつさんの前で壮さんに恋をしなければならない…!
芝居だけど、芝居だけど、まっつさんはイヤじゃないだろうか?私はまっつさんが壮さんに恋する役だったら、きっと妬いてしまう。ん…?まっつさんは妬いてくれるだろうか…?え…?妬いてくれない?え?そっち?

モヤモヤしていると、まっつさんが珍しく話しかけてきてくれた。

「ちぎ、なに百面相してんの」
「あ…なってましたか。恥ずかしい…」
「やりにくいん?」
「そうですね…オスカルの壁にぶち当たってます」
「私もアンドレの壁にぶち当たってるよ」
「どのへんがですか?」
「うん…また、ゆっくり話そうか…」

まっつさんが目線で示したほうを見ると、壮さんが手招きしていた。あ、オスカルとフェルゼンの場面だ。

壮さんは素敵だ。
恋する演技はやりやすい。
私がやりやすいように仕向けてくれさえする。まっつさんは…

まっつさんは…

この素敵な壮さんに
恋をしたんだ。

ほんとうに。



「ちぎ…眉間にしわが…」

稽古場を出るとき、まっつさんに呼び止められた。また珍しく。

「帰ります」
「自主稽古付き合ってくれへんの?」
「今日は…整理しなきゃいけないことがいっぱいで…」
「一人で?」

黒い瞳がじっと見つめてくる。
私の心を、この混乱を、見透かしているのだろうか…?

「今日は…一人で…」
「そ…また、明日な」

微笑んで、寂しげな彼女は私の…

「まっつさん」
「ん?」

抱きしめた。思いきり。組子が見てる前で。かまわない。アンドレとオスカルだもの。

「ち、ちぎ…」
「あ、これじゃ逆ですね。でも、稽古場でベタベタするのに慣れたほうがいいと思って」
「まあ、そうやな…」

あ、そうか…。だから、いつもより話しかけてくれるんだ。

「まっつさん…ごめんね…ありがとう。明日…明日から、もっとちゃんとオスカルになる」
「うん、分かってる…」
「ちょっと覚悟が足りなかったみたい」
「もう、かなり覚悟できたんちゃう?注目されてんで」
「え」

はっと見回すと、稽古場に残っていた組子たちが皆一様に目を丸くしてこっちを見ていた。

驚いて彼女を離すと、笑って、「壮さんがおらんで良かったわ」

「ご、ごめんなさいっ…。そんなに注目されると思わなくて」
「大丈夫。これからもっと注目されるから。…そういうラブシーンするから。オスカルとアンドレやから」

黒い瞳がじっと見つめて微笑む。

私のアンドレ…
私のまっつさん…

幸せだ

幸せなんだ。私は…

大丈夫。乗り越えてみせる。
やり遂げてみせる。

舞台人だから。



2013.09.14
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