ROMA

□楽園
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全国ツアーに出発する前に、壮さんが“全ツがんばろう会”と称して、「まっつ、ごはん行こ」と。

いつもと何も変わらない壮さんだったけれど、何となく、私と喋りたいんかな、と本当に何となく思って、二つ返事でご一緒した。

壮さん気に入りのカジュアルめの料亭。もちろん個室。

「雪組でまっつと全ツって初めてやな」
「そりゃ、だって壮さん、雪組で全ツが初めてやないですか」
「あ、気づいてた?」
「いや、気づいてたって…」
「緊張してんねん、実は」
「大丈夫ですよ」
「おおきに。期待してた、そう言うてくれるの」
「またまた」
「まっつがおってくれてほんまに良かったって思う」

私がフフッ…と笑うと、壮さんは「あんたのその照れの入った笑い方、好きやわ」と、タラシの面目躍如の胸キュンものの微笑みを浮かべる。私は会話の舵を切る。

「ちぎが壮さんに襲われないか心配してました」
「それ、襲えってことか」
「違います」
「やんな」
「まゆさんの話、してもいいですよ」

最近分かってきた。壮さんが私と話したいときは、まゆさんに会いたいとき。

「そんな勿体ないこと、ようせんわ」
「この前、劇団でお会いしたんですよ、…いや、偶然」
「そりゃ会うこともあるわな」
「えりたん元気?って訊かれたから、元気に見えますって言うたんですよ」
「“見えます”?薄情な」
「まゆさん、じゃあ多分元気なんやろなって。まっつから元気に見えなくなったらヤバいって」
「あのやろ…」
「まっつがえりたんの2番手やったら安心やってんけどって言うてくれはりました。でも、そんなん言うたらちぎちゃんに失礼かって笑ろてはりました。以上」
「何や、その、“以上”って」
「ええ話でしょ?壮さんに内緒にしとこと思てたんですけど、壮さんがまゆさん恋しそうやから教えてあげました」
「そりゃどうも、おおきに」

ほら、とっても素敵な微笑み。
まゆさんのための微笑み。

「壮さん…、お返しってったら何ですけど、ちぎネタあります?」
「おお…、珍しいな、素直なまっつ」
「あるでしょ?私が知らない、壮さんとちぎとの会話とか」
「ちぎから全部聞いてるんちゃうん?」
「それがけっこう秘密主義で。壮さんの話を私にしたらいけないと思ってるみたいで」
「おもろ。何でや」

何でや、と言いながらすべて分かっているふうのニヤニヤ笑い。

「壮さんが私の浮気相手の最右翼なんです。ちぎには」
「かわええなあ〜」
「まあ、そうです」
「ああ、ごちそうさま。ええな、組が一緒やと」

ついこの間まで同じ組でまゆさんの2番手をしていた自分のことは棚に上げ、壮さんは実に羨ましそうに笑う。まあ、本気なんやろうけど。

「今のうち、ベタベタしときや…。たとえばちぎが主演になったらめちゃ忙しくて会うヒマなくなるから」

ちぎが主演になるときは、八割がた壮さんが退団するとき…

「…そうですね。もうしばらくベタベタしてたいです」

そうして、永遠に続いてほしい微笑みを私に向けてくれる人は
かつて私が誰よりも愛した人…

どうか幸せにと
願わずにはいられない人…



2014.02.12
雪組主演男役壮一帆退団発表

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