ROMA

□恋歌
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この公演は、まっつさんが私の恋人になってくれてから初めての大劇場公演…
だから、何となく思い入れを感じてしまう。
どの公演もそれぞれ思い入れがあるのだけれど…

彼女は、自分を役に近づける本物の役者だから…芝居の中では、彼女はアトスだから、恋人という感じはしないけど、友人としての大きな絆を感じられるのが嬉しい。

ショーも、同じソデから出たり、はけたりすることが多くて、ちょっと嬉しい。初日の板付きのとき、「緊張しい」のまっつさんの冷たい手にそっと触れたら、よけい緊張する、と拒否された。

「ちょっとショックだったなあ…」
終演後の雑談の中で、そう言うと、彼女は心なしか頬を赤くして、
「せやけど、しゃあないやん…ほんまに、よけい緊張するもん…」
その様子が、もう死ぬほど可愛い…って自分で分かってんのかな…

もっとも、触っちゃいけないのは、最初の板付きのときと、戦争のセリ上がりの前だけで、舞台からはけてきたときなんかには当たり前に彼女に触れることができた。

職業柄、皆スキンシップに抵抗がないから、周りも何とも思わないのだけれど、その逆もあるわけで…
フィナーレの紙吹雪の一片がまっつさんの髪に残っていたのを、キタロウさんが取ってあげてるところなんか偶然見てしまうと、心に暗雲が立ちこめるような気分になる。

キタロウさんは、芝居で毎回まっつさんと肩を組んだりするし…そもそも、キタロウさんはまっつさんが好きなんじゃないかと思うから…だから、私は舞台袖で機会あるごとに、これでもかとまっつさんに触りまくってたら、遂に彼女が、ちぎ、何ベタベタしてんの、と。

「あ、鬱陶しいですか」
「て言うか、変やん」
「まっつさんの傍にいれるのが嬉しくて」
「…いつもおるやん」
ぼそりと呟く彼女が愛しくて仕方ない…
…次の場面は戦争…
「まっつさんの歌で踊るの、すごいテンション上がります」
「ありがとう…」
そろそろ上の空な返事…
集中してるんだ…もう、このタイミングでは、この人に触れることはかなわない、今は…
そして、私も、人民の星として集中する…

セリ上がるとほどなく彼女の声がわっと広がり空間を満たし震わせ、違う世界を現出させる…

『…見せてやるよ…最高の、カードを…』と不敵に笑い、怖れを抱かせるこの人民戦士は、私の戦友…私はこの人の声から怖れではなく勇気を得る…

「…だから、あの場面はすごい好き…背筋が震えるほど、気持ちいい…」
終演後の楽屋で喧騒に紛れて彼女と少し話をした。
「ちぎ、かっこいいよね…見えへんけど」
微笑する彼女は、楽屋で人目があるから、どこかよそ行きで…ああ、ロミオとジュリエットのときには分からなかったなあ…と感慨深い。

「まっつさん…休演日の前の晩、ご飯食べに行きませんか」
「…うん、いいよ」
彼女は少し驚いて、ふわっと微笑した。
公演中は体力との戦いだけど、忙中閑ありって言うし、何より会えなくて辛い…精神衛生上よろしくない、と自分を説得して。
「ほな、行くわ」
立ち上がりかけた彼女の手をそっと握って放した…愛してる、と目で語って…
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