ROMA

□宝石
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いつからだろう

彼女を苦しめたいと
思う気持ちを心のどこかに
芽生えさせてしまったのは

ねえ、まっつさん…

私、それほど、苦しかったんだよ…



「おかえり、ちぎちゃん」
部屋に入ると、月組トップスターの、同期一華やかなまさおがソファにだらりと座って、テーブルに足なんぞ乗せている。

「何でおるん?」
まっつさんが私によく言う台詞を、まっつさんとは違った表情で(と思うのはあまりに楽観的すぎるだろうか?)、つまり、本気で睨みつけて言ったのに、まさおは少しも動じない。

「ちぎちゃんが合鍵くれたから」
「あげてない。貸しただけ。返して」
「今日、稽古やってんけど」
「知ってるよ。ほら、鍵!」
返せ、と差し出す私の手のひらを、まさおは握った鍵の先端が微妙にはみ出た拳で叩く。

「痛っ!」
「ごめん。大丈夫?」
美しい済まなそうな微笑みで。悪魔のような女。
「わざとやろ」
「なあ、ちぎちゃん…」
わざとに決まってるやん、と微笑みながらキスをして、抱きしめて、またキスをする。悪魔のような女。

まさおはトップお披露目の大劇場公演前だ。とてもとてもとても大変だろうと思って、数日前まさおが猛烈にへこんでたから泊めてやって、鍵を貸してうちを出たのが運の尽きか。

「なあ、ちぎちゃん…うちは、あきらめたほうがええんかなあ…」
私を抱きしめたまま、あらぬことを呟く。
「何を?」
ニッと笑って「ちぎちゃんを」
まさおの頭をけっこう本気でしばいたら、まさおはヘラっと悪戯っ子みたいに楽しそうだ。

「みりおちゃんにもそんな調子なんだよね、きっと」
「みりおちゃんやって。気安う呼ばんといて」
俄かに睨みつける。力なく。
「まだ落ち込んでんの?」
ちょっと、まさおがかわいそうになる。
数日前の落ち込みは、稽古のせいか、みりおのせいか。

「あの子、アホやねん」
「はあ…」
まさおは私の首に腕を回して、遠慮なく体重を預けようと凭れてくるから転びそうになる。
「ロミオとティボルトは敵役やから、仲良くしたらあかんねんて、おあずけ食らわすねんで、この私に」

よけい燃えるやんなあ…と、服の中に忍ばせようとする手を慌てて掴んで押し止め、「やめんか、こら!」
まさおは嬉しそうに笑い、ちぎちゃん愛してる、なんて言う。


結局、その日も泊めてやって、狭いベッドで何度まさおの手をはたいたか…

まっつさんに、留守電チェックだけのつもりが急用が入ったなんて訳のわからない苦しいメールを打って。

…でも…

気にしてくれれば…
少しでも…

疑いでも、不安でも、腹立ちでもいい。あの人の心に僅かなさざ波を誘うことができれば…

…こんな私は、地獄に堕ちるべき…?だとしても…

ねえ、まっつさん…
その手を伸ばして、この手を掴んで、引き上げて…
それか、一緒に堕ちて…


「…ちぎちゃん、泣いてんの…?」
「泣いてへん…」
「泣いてるよ…うちの前で無理しなさんな…」

まさおがやんわり抱きしめてくれる。優しいなあ…まさおは…

「ごめん…。主演で、お披露目で、役替わりで、おあずけ食らってて、大変なときに…」
「思い出させんな、バカ」

笑って頭を小突いて、額にキスをくれた。



2013.01.13
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