ROMA

□錬金術
2ページ/13ページ



愛しい人の
白い肌に
赤い花を

小さな赤い薔薇の花を

涙を落とすと
血痕のように鈍く光る

薔薇の

花を



「博多行きの準備、いいの?」
「そんなん、研一や研二とちゃうし、楽勝やん」
「でも、まっつさん、ときどき抜けるからさあ」
「ちぎは、ときどきで済まへん抜け方するけどな」
「やめてくださいよ〜もお〜」

下級生ぶってふざけて、まっつさんの肩を軽く押すと、そのまま床に転がって、笑いながらキスを誘う。

愛しい人…

忙しい中でのお互いに割く時間の貴重さは分かりすぎるほど。
ときどき訳もなく泣きたくなるほど。

まっつさんが好きでしかたない。

伝える言葉はいつも足りない。

抱きしめても、口づけしても、この思いが十分に伝わっているのか、いつも分からない。

ただ、ある瞬間に…

彼女の長い睫毛の下で、瞳がすうっと流れて揺れて、眼差しが私の心を寸分の狂いなく捕らえるとき、心臓を刺し貫く痛いほどの愛が見える。

「まっつさん…愛してる…」

たとえ言葉はいつも足りないとしても、やっぱり私は言葉を、彼女に。

だって、ほら
彼女のほころんだ口許にのぞく白い歯がきれいだし。
唇の隙間に舌を忍ばせてその歯に触れて、更に奥の甘い舌を絡めとったら、漏らす吐息もたまらないし。…

「まっつさん…愛してる…ほんとに、ほんとに、愛してる…」
「…私も…ちぎが…好き…」

あっ…っ…と息を詰まらせて、途切れ途切れに彼女の囁く、…愛して…る…




私を置き去りにして博多に行ってしまう前に

そうやって私のものになりながら、彼女は知ってて言わなかった。

あの人が、私たちの、こんなに近くに来るってことを。


私は傷ついた。
動揺した。

動揺のあまり、桂さんに仕事の連絡をしたときに、つい、話が横道に逸れてしまうぐらい。

『そりゃ、まっつが悪いよ』
「ですよね!?」
『うん、まっつが悪い!叱っとくわ』
「いや、桂さん、どんな叱り方する気なんですかっ!?ダメですよ!ダメ、ダメ。叱る必要ないです!桂さんは私の話を聞いてくださるだけでいいんです!」
『そんなの、面白くない』
「言うんじゃなかった。乗せられた。不覚!」
『修行が足りないよ、ちぎ』
「桂さん、とにかく、私たちのことはほっといてください!」
『やあだ。ほっとかない。まっつ、可哀想だもん。元気ないもん』
「…元気ないんですか…」
『ないよ。駅弁おいしくなかったってふくれてた』
「いや、そうゆう話ではなく」
『あ、まっつ、帰ってきた。直接、話しなよ。まっつー電話ー』

受話口の向こうで少し不機嫌そうな声で、まっつさんが、誰から?と。

『まっつの大ファン』
『はあ?…もしもし?』
「大ファンなんかじゃないよ。恋人」
桂さん、大嫌い。桂さん、大好き。
『ちぎ…』
「桂さんに仕事のことで電話してたの」
『あ、代わる?』
「仕事の話は終わってる」
『あ、そう』
「まっつさん」
『ちぎ…』
「まっつさん…」
『…ちぎ…』

電話越しに彼女の声を聞くだけで、私の心は震える。
目には涙が溢れる。

「…まっつさん…、まっつさんにとって壮さんは、どうゆう人なの?」
『昔好きだった人。今は何でもない。だから、言わなかったの』
「…分かった。信じる。…まっつさん…まっつさんにとって、私は…?」

沈黙。数秒?数十秒?それともまばたきよりも短い時間?

『さっき、ちぎが言うたやん。恋人やって。分かってるやん。ちぎは…世界で一番大事な私のちぎやって』

横で桂さんが、サイテー、まっつ、サイテー、と騒いでいた。

私はもう言葉もなく…
ただ、まっつさん…まっつさん…と繰り返し…
溢れる思いに心うち震え、唇をわななかせ、もう…

『…ごめんな。ちぎ』

ごめんはいらない。
愛してると言って。



2013.05.17
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ