Share.

□5
1ページ/1ページ


Share. 5






今日一日歩き回った事に加えて、遅めの夕飯だったというのもあり、奈緒は途中からうつらうつらし始めた。
晴香は空になった食器を流しに下げて、後藤は奈緒を寝かしつける為に部屋に入っていった。

「晴香ちゃん、後片付けはもういいから帰って休みなさい。疲れたでしょ?」

確かに長い一日で疲れていたから、晴香は敦子の厚意に甘えさせてもらう事にした。
お礼を言って、奈緒が寝ている為静かに後藤家を辞すると、玄関の外で八雲がちゃんと待っていた。

「行くぞ」

「うん」

いつもの通り晴香が追いつく前にさっさと歩き出してしまう。でも、追いつけるように歩調を緩めてくれてるのは知っている。
いつもはそれでも「ちょっと待ってよ!」と吹っ掛けるのだが、今日はそんな気になれなかった。
やはり今日はかなり疲れているようだ。晴香は欠伸を噛み殺しながら、斜め前を歩く八雲に声を掛けた。

「ね、晩御飯美味しかった?」

「…………まあまあだ」

敦子だけが作っていたら普通に「美味しかった」って言うんだろう。今まで晴香が作ったものを、八雲は美味しいと言ったことはない。いつも「まあまあ」だ。
本当に可愛くない男だと思う。晴香はちょっと剥れて八雲の背中を睨み付けた。

「八雲君には、私が作るご飯口に合わないのかもね」

「何だよ急に。合わなかったら不味いって言ってる」

じゃあ口に合ったら何て言うのよ。
やっぱり「まあまあ」?そんなの、全く作り甲斐がない。

「全然美味しいって言ってくれないのって、張合い無くすよ?特に毎日作るとなると」

「いつ君が僕に毎日食事を作……?」

あ、また考えずに喋っちゃった。
掌で口を覆い誤魔化そうとするが、彼は訝しげな表情をして晴香を見ている。
シェアの事がずっと頭から離れなかったせいか、変な事を口走りそうだ。
幸い八雲は今さっきの失言を分かってなさそうだし、このまま知らん顔をしている事にした。

「まあ…毎日だったら、ちゃんと美味けりゃ美味いって言うかもな」

「本当?なんでたまにだと美味しいって言わないの?」

「どこかの誰かさんに関して言えば…煩いからだ。たまに作ってくれるかと思えば、しつこく味はどうだと聞いてくる。
それが無理矢理「美味しい」と言わされる気分にするんだ。だから言わない 」

過去の自分の行動を振り返ると、確かにしつこいくらい聞いている。
でもそれは、彼が気に入ってくれてるかどうかが気になるからだ。どうせなら、八雲の好きな味を知りたいし、作りたいから。

「ぐっ…じゃあ毎日だと言うのは?」

「毎日だったら慣れて、一々美味いか不味いか聞かないだろうから。そしたら言っても良い」

聞かれたら答えたくなくて、聞かれなかったら褒めてもいいのか。なんて…天邪鬼。

「そんな理由?」

「そんな理由」

「…味とか関係ないじゃない。
でもさ、八雲君の事だから、こっちが味を聞かなければ何も言わないんじゃないの?」

八雲が自分から素直に「美味しいよ」とか言うなんて、正直考えられない。
返ってきた言葉は案の定…。



「かもな」



「もー。捻くれてるんだから…たまには素直になったらどう?」


晴香が膨れっ面をしてみせると、八雲は小さく笑い声を上げて彼女の頭をくしゃりと撫でた。
最近彼が晴香に対してよくする仕草だ。これをされると、何となく擽ったい気持ちになる。





「なるよ。…時期がきたらね」





意味深なような、はぐらかしているような彼の言葉に、晴香は首を傾げる。
考えたってどうせ含まれているものは分からない。それどころか、何もないかもしれないのだから、考えるだけ時間の無駄だ。
彼女は小さく肩をすくめ、くしゃくしゃになった自分の髪を指先で直した。

二人はそれからも他愛無い遣り取りを繰り返し、やがて晴香のマンションの灯りが見えてきた。
そういえば…と彼女は考える。八雲は晴香を送る為に後藤家に来たという事を思い出し、お礼を言う。

「今日は一日付き合ってくれてありがと。それに、送りに来てくれて。」

後藤家から晴香のマンションに寄って帰るのは、八雲にとって遠回りになる。
不動産屋巡りに引っ張り回されて、一度帰ったと思ったらまた呼び出されて…彼も疲れただろう。
一緒に住めば少なくとも送る気遣いは無くなる、と晴香の思考はまたシェアへ繋がっていく。
そう思うことが既に「望んでいる」ということなのは、流石に自分でももう気付いている。
決まらないのは、覚悟。でも…。





「上がってお茶、飲んでく?」

「…いや…、今日はもう帰るよ」

エントランスの入り口で、二人の足が止まる。

「じゃあ…」

またな、言われる前に息を大きく吸い込んで、吐く息で一気に言い切った。

「い、一緒に暮らしてたら、いつだってお茶入れてあげられるんだけどねっ」

覚悟なんて全然出来てない。でも、そんなの待っていたら、いつまで経っても答えなんて出ない。
なら、事柄を先に進めてしまえばいい。望んでいることに変わりはないのだから。

「…それは今日の答えか?」

「そうだよ!奈緒ちゃんの心配も払拭出来るし、送る手間は省けるし、防犯上男性が家にいるのは安心だし、えーとそれから…」

「分かった」

一生懸命理由を並べているというのに、あっさりと了承されて拍子抜けしてしまう。もっとこう、何かリアクションとかはないものか。

「分かった…って、それだけ?本当にいいの?ちゃんと八雲君も考えた方が良いよ?
私明日朝一で不動産屋さんに電話しちゃうよ?」

彼の胸元に掴みかかる勢いで問い掛ける。八雲は晴香を見下ろして、薄く笑った。

「異論無しだ。男に二言は無い」

「…八雲君の場合、二言は無くても裏はありそうだからコワイ」

じとっと睨みつけると、八雲は少し視線を外してまた笑った。
その態度怪しい!と詰め寄る晴香の肩を両手で押さえて、八雲は彼女を宥めた。

「君が決めてくれ、って言ったろ?
僕は本当に異論は無いよ。裏の意味も無い。安心して不動産屋に電話してくれ」

「…うん」

晴香は拗ねて俯いた。八雲にとって誰かと暮らすのは、そんなに簡単な事なのか。
淡白な返事は、まるで「自分は誰と暮らそうが興味ない」と言っているようで、晴香は不機嫌になった。
むっつりと小さな声で、本心を呟く。

「…私は、八雲君だから一緒に住むんだからね。男だとか女だとか、奈緒ちゃんの心配だとかそういうの全部おいといて」

八雲は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに表情を戻して静かに返してくれた。





「…ああ。僕も君だから簡単に了承してるんだ」





思い掛けない言葉に、不機嫌の塊は何処へやら、晴香は間抜けな面持ちでこれまた間抜けな声を出す。

「え??」

それってどういう意味?

「不動産屋に電話しておけよ」

「ええ??」

「何間抜けな顔をしてるんだ。君が決めたんだから君が全部手続きしてくれよ」

「えええ!?何それちょっと待って嘘でしょ狡いよ!!」

「じゃ、頑張ってくれ。おやすみ」

ぽん、と晴香の頭に一瞬手を置いて、八雲は背中を向けて逃げるように歩き出す。




「ちょ、ちょっとぉ…!」




後ろから晴香が文句を言っても、彼は去って行きながら手をヒラヒラと動かして応えるのみだった。







前項へ     /    次項へ



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ