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□僕が知らない君のこと
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僕が知らない君のこと







「…だから、ここがこうなって…」
「ん〜…こうか?」
「…っ、だからそうではなくて…!」
 机を挟みその上に広げたノートと参考書を見ながらそんな話をしている二人に、凌牙はチラリと視線を向けた。自分の横に座って頭を抱えているのは後輩の九十九遊馬でその遊馬の正面に座り、はた目で見ていても明らかに理解の悪い遊馬に、根気よく勉強を教えているのが、凌牙より一つ先輩の天城カイトだった。
 来週、定期試験があるということで遊馬の勉強をカイトがみてやる、という話を聞いて、凌牙も混ぜてもらうことにしたのだが。
(……天城、殆ど遊馬につきっきりじゃねぇか…)
 まぁ、遊馬の頭の悪さは目に見えているし、しょうがないといえばしょうがない。しかしそれでも、それを教えようとするカイトにもよくやるなぁと思う。

「…よし、では今のやり方を踏まえて、この問題を一人で解いてみろ」
「うーん…わかった、やってみる」
 カイトの言葉に遊馬が頷き、彼にしては珍しく難しい顔をしてノートを睨み付けている。それを確認して、カイトも厳しい表情だった顔を緩めて、僅かに笑みを浮かべた。遊馬にしか、向けない笑みだ。
「……あ、神代、すまないな。お前の勉強もみてやるつもりだったのだが」
「…いえ」
 そんな凌牙の視線に気付いたのかカイトがこちらに意識を向けてくる。凌牙はそういいつつもチラリと、唸りながらノートと睨めっこをしている遊馬に視線を向ける。
「先輩もよくやりますよね、遊馬に勉強を教えるなんて。いつものことなんスよね?」
「ああ、定期テストの前は毎回みてやっているな。しかし、こんなだが成果は出ている。前回のテストで赤点はなかったし、得意の国語では平均点まで行ったからな」
「平均点…」
 学校一の秀才とも言われる天城カイトに教えてもらって平均点止まりかよ、しかも得意科目だけ。凌牙は内心そう突っ込みつつも、口には出さず「それじゃあ」とカイトに質問を投げようとすれば。
「あああああああああくっそ、分からねぇぇぇぇぇ!!!!」
 遊馬が頭を抱えそう絶叫する。凌牙は何事かとぎょっとしたが、カイトは慣れているのか小さく息を吐いただけ。
「…まだ5分も経っていないぞ、もう少し考えてみたらどうだ?」
「無理!分かんねぇよ、カイト〜!!」
 ノートの上にびたーんと身体を倒し、遊馬がカイトを見つめる。その視線に、カイトはまた小さく息を吐く。
「…すまん、神代」
「いや、別に俺は後でもいい、です、けど…」
 言いながら、凌牙はチラリと遊馬を一瞥する。

「遊馬、お前は本当に勉強を教わる気はあんのかよ?」
「!あんに決まってるだろ!」
 凌牙の言葉に、遊馬はそう声を荒げる。
「だって姉ちゃんが今度のテストでいい点取ったら、臨時小遣いを出してくれるって言ったんだ!!」
 そして叫ぶように言った言葉に、凌牙は目を丸くした後、眉を寄せる。
「そんなことかよ…」
「うるせぇ、いいだろ別に!」
 呆れたような凌牙の言葉に、遊馬は頬を膨らませてそっぽを向く。そして、それを黙ってみていた、カイトが凌牙をみた。ネタばらしでもするように。
「…実は来月、俺の誕生日でな。九十九はそのために、資金繰りをしているというワケだ」
「あ、ちょ、カイト!言うなよ!」
 遊馬が頬をほんのり赤くしてそう叫ぶ。それも気に留めず。カイトはすらすらと言葉を続ける。
「俺は別に何もいらんと言ったんだがな、こいつが頑張るというから協力しているんだ。祝ってくれるというのに、邪険にする気もないからな」
 そう言ってから、カイトは遊馬のノートを指差し、その動きと言葉で、遊馬の解いていた問題に解説を加える。その言葉に最初は眉を寄せていた遊馬も、次第に表情を明るくさせていく。まるで魔法にでも掛かったようだ。

「…分かったか?」
「おう!ってことはこれも…こうやって、こうすればいいんだな!」
「…そうだ。やれば出来るじゃないか」
 遊馬にそう答えた後、カイトかちらりと凌牙をみた。
「神代、お前こそ、俺に勉強を教えて欲しいなんて、なにか理由があるんじゃないのか?」
「…、それは…」
「まぁ大方、例の入院している彼女の看病に追われていたというところか」
 図星をつかれて、凌牙はうっと口籠もる。確かに、凌牙は数ヶ月前に事故に遭った幼なじみのことを気にかけ、ここ最近の成績が芳しくなかった。だから、遊馬がカイトに勉強を教えてもらうという話を聞いて、自分もと言い出したのだ。付き合っている二人のいちゃつきを目の前で見る羽目になると分かっていて。

「別に大切な人のために頑張ることを不純な動機だとは俺は思わない、それで成績も安泰するのであれば、一石二鳥だからな」
「……俺と遊馬じゃ、重みが違うだろ…」
「どうしてそう思う?もし、こいつにとって、大事な人の誕生日を祝うことが特別なことだったらどうするんだ?お前に、遊馬の何が分かるんだ」

 ハッとしてカイトの顔を見れば、カイトは至って真面目な表情で凌牙を見ていた。しかも、普段は遊馬を『九十九』と呼ぶのに、今は『遊馬』と。
 目をぱちくりとさせる凌牙に、カイトはふっと笑みを浮かべると、再び遊馬に視線を向ける。今は次の問いにまた頭を抱えている遊馬に、しかし意識は凌牙に向けたまま。

「神代、俺はお前みたいにあからさまに重いものを抱えてます、という表情を浮かべているやつよりも、遊馬のように、普段いつでも明るく振る舞うやつの方が、重いものを抱えていると思うな」

 ガタッと音をさせて、凌牙は思わず身体を起こす。見下ろす位置にいるカイトに鋭い視線を向けるが、当のカイトは澄ました顔で遊馬を見ているだけだ。
 それが、自分と彼の精神的な年齢差なのだろうか。

「……それは、俺が抱えているものが軽いってことっすか、先輩」
「そうは言っていない。あくまで今のは俺の持論だ。そして俺が、遊馬に拘る理由でもある」
 淡々とそう告げる、カイトに凌牙は何も言い返す言葉が見つからず、ちっと舌打ちをする。
 そこで「解けたー!」と遊馬は顔を上げ、問題を解くのに集中しすぎてこちらの言い合いに気付いていなかったのか「うわ、なに、どうしたんだよ、シャーク!?」と立ち上がっている凌牙を見て驚いている。
 凌牙はそのまま座り、眉を寄せたまま、目の前の参考書を見つめる。

 確かにカイトの言いたいことは分かる。遊馬の危うさは、ずかずかと人の心に入ってくる無邪気さと、それからは想像もつかないほどの繊細さだ。
(たまに、あーこいつ、無理して笑ってるなって思うときがある。ああでもそういう時はいつも、天城が遊馬を回収にくるな)
 それはつまり、カイトはそんな遊馬に気付いての行動だったのか。いつも傍にいるわけではないのに、どうしてこうも遊馬の異変に気付くのか。
(…ああこれが、絆ってやつなのかもな…)

 そんなことを思いながら凌牙は二人を見る。再び頭を悩ませる遊馬と、それにとことん付き合ってやるカイト。
 そんな二人を見ながら、凌牙は苦笑する。穏やかに、そして少し寂しそうに。



「おい、ところでさぁ、お二人さん」
『ん?』
「お前ら顔、近すぎねぇ?」



 一番傍にいることは、相手を一番理解しているということではない、そういうものなのかもしれないと、凌牙はふと思った。











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学パラになるとカイトが別人すぎる…超おとな!遊馬とくっついた後は丸くなったんですよ←





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