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□狂歌独唱
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※捏造設定を含む




 こんな気持ちなのが、俺だけなんて、許されることだと思うか?






狂歌独唱







 朧気な意識の中、Wはフッと瞳を開く。見えるのは晴れ渡る空、その清々しさには似合わない物々しい崩れ掛けた廃墟がそれの周りを覆っていた。Wはゆっくりと起き上がる。それと同時に走った痛みに、思わず首を抑えた。手で触れれば目で確認しなくともそこにはくっきりとした跡が残っているのが分かる。きっと鏡などを覗けば手形がくっきりと残っているのだろう。あいつの、手形が。
 そのことにWは薄ら笑みを浮かべた。本当は空に向かって大声で笑いだしてやりたかった。

 WDCが始まったのが前日、そこでWは自分がこの大会に誘い入れた人物と遭遇した。今にもこちらを射殺そうとするような彼の視線に、Wは笑った。そして、彼を誘い入れた時のような挑発の言葉を再び並べ――気付けば相手はこちらの首を捕らえ、Wの身体を地面に抑えつけていた。
 その視線からは激しい憎悪と怨恨を感じたが、Wはそれ以上に、その、彼の瞳に、自分の姿が写っていることが、それだけが写っていることに、歓喜と高揚を感じた。

「ハハハ…ハハハ…ハハハッ…!!!」
 Wは堪らず笑いだす。空に向かって、廃墟に囲まれたその場所で、暗闇から光が差す方へ、高らかにそして狂ったように。
「凌牙ッ…!凌牙…!!」

 お前は何も知らない。
 あの日、俺がお前に伝えた言葉に、どれだけ虚偽が含まれているのか。
(…お前の大切な人の事故が俺の仕組んだことだって?俺がお前を陥れるためにわざとデッキをぶち撒けたって?)
 そんなものは全部嘘っぱちだ。あの事故に自分は全く関わりはないし、あの時、自分がデッキを落としたのは全くの偶然だ。いや、もしかしたら兄弟の誰かがお前を陥れるために仕組んだことだったのかもしれない、少なくとも自分はそれを全く知らなかった、そのことに全く関わりはなかった。
(それなのにどうしてあんなことを言ったと思う?あれは総て仕組まれたことなのだと、総ては俺が仕組んだことなのだと言ったと思う?)
 気に食わなかったからだ。
 不戦勝であいつに勝って、それから局地ではあるが決闘チャンピオンとなった。それでもあの日、倒せなかったあいつのことが、頭の中からなくならなかった。不戦勝などにしてもらわなくとも、俺はあいつに勝てたんだ。あいつに絶望を植え付けるのは俺自身の決闘であるはずだった。
 そのわだかまりはいくら勝利を重ねても消えなかった。それなのに、そうだというのに、再会したあいつは、不正で負けた事実に頭がいっぱいで、俺の顔すら覚えていなかった。
(…そんなこと、許されることか?俺はお前のことが頭から離れなかったのに、お前は俺を綺麗に忘れていた、だと?)
 答えは否だ。
 だから深く刻み付けてやろうと思った。俺の存在をあいつの中に、その視線が決して逸らせなくなるくらい、あいつの感情が俺だけで埋まるくらいに。



 Wの笑い声は暫く廃墟の中に響いていたが不意に喉を引きつったような声を上げて、それを止める。首の痛みがじくじくと響き、Wはそこを抑えながらぜぇぜぇと荒い息を落とした。それでもその口元は笑っていた。
(…凌牙、お前はもう俺から逃げられない、俺から視線を外せない、お前の頭から俺の存在は消えない)
 例えその根源が、憎しみ、恨み、嫌悪からだとしても、その意識を独占できているという事実に、Wは震えていた。

 その手を空に掲げ、歪な笑みを湛えたまま。

(――凌牙、お前の心が、欲しかった)












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それは狂った恋の唄





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