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□ノラ猫のタンゴ
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※Wに対して捏造多々。
三兄弟が義兄弟である設定前提のため、Wの親の話が出てきますが他の二人の親と異なります。
Wは本来は一人っ子。あと、34話を見る前に書き始めたため、シャークさんにも兄弟がいない。

Wのあの性格が自虐による偽悪だったら、という話なのでW美化にあたるかもしれません。

上記をご了承の上、大丈夫の方のみご覧下さい。
















 その姿を、俺は何処かで見たことがある気がした。
 誰かに、似ているようなそんな気がしたんだ。






ノラ猫のタンゴ







 雨がザァザァと降る日だった。傘を片手に凌牙が歩いていれば、道端にしゃがみ込んでいる人影を見つけた。その人物はこの土砂降りの中だというのに傘も差していない、それでもその容姿、服装に、凌牙は眉を寄せた。
 それは凌牙が見知った相手ではあったが、出来ればその姿を視界に入れたくはなかった、それだけに嫌悪する相手――Wだった。向こうはこちらに気付いていないようだったからそのままさっさと素通りすればよかった。それでも、じっと前を――川沿いの道だったから川岸の方を――見つめるWの表情がらしくなく切なそうなものであったから、思わず足を止めてしまって。
 それに気付いて、Wがこちらに視線を向けてくる。雨粒でびしょ濡れになった顔にはいつもの笑みが浮かんでいた。

「おや、凌牙じゃないですか」
「おやじゃねぇよ、てめぇこんなところで何してやがる」
 どうせ自分がここを通り掛かるのを分かっていて待ち伏せていたのだろうとは思った。それでもWはニッと笑みを浮かべ、肩を竦ませて見せた。
「いえ、たまたまここにいるだけですよ、お構いなく」
 そう言ってまた、川岸の方に視線を戻す。その、Wの態度に凌牙は眉を寄せたが、向こうが関わって来ないというのなら都合がいい。
「ああそうかよ、じゃあ勝手にそこでそのまま野垂れ死んどけ」
 凌牙はそれだけ言うと、そのままWの横を擦り抜けて歩いていこうとする。それでも20メートルくらい先を行ったところで、何を思ったのかギリッと歯軋りをすると、一気にWのところに引き返し、彼の腕を取って立ち上がらせる。
「来い」
「…凌牙?」
「ここは俺の通学路なんだよ、明日も通るんだよ、朝からてめぇが野垂れ死んでるのなんて見たかねぇんだよ。野垂れ死ぬならもっと他の場所に行きやがれ」
 相手をまくし立てるように早口に凌牙はそう言う。そんな言葉に、Wは目を見開いた後、僅かに微笑んだ。


「へー、ここが凌牙の家ですか」
「おい、誰も家にまで入れるとは言ってねぇからな」
「おやおやここまで来てそれはないでしょう?」
 凌牙の家をしげしげと見つめながらWが呟いた言葉に、凌牙はそう釘を差す。それでもWの言うことも正論でここまで連れてきてしまった手前、雨の中置き去りにすることも出来ない。
 ちっと舌打ちしながら、凌牙は家の門を開け、庭を通り、軒下の前までくる。ちなみに凌牙の家はよくある普通の一軒家だ。
 「ただいま」と言いながら凌牙が玄関の戸を開ければ、丁度通り掛かった母親が「あら、お帰りなさい」と言葉を返してくる。その母は当然、その次にはWの存在に気付き「どなた?」と首を傾げてくる。
「――こいつは…」
 凌牙がそれに答えようとしたが、Wが口を開くのが早かった。
「どうも初めまして、凌牙くんの友達のWといいます、凌牙くんのお姉さん」
「おねえ…」
「さん…!?」
 いつもの営業スマイルを浮かべWがあっさりと言ったことに、凌牙だけでなく、母親まで目をぱちくりとさせている。Wだけが、「ん?」とボク、何か間違ったことを言いましたか?という顔をしていて――いや、分かっている、これはこいつの演技なんだ。Wの本性を知っている凌牙にはそれがすぐに分かったが、そんなこと露と知らない凌牙の母親は口元に手を当てホホホと笑った。
「いやねぇ、お姉さんだなんて、私は凌牙の母親よ」
「ああ、お母様でしたか。あまりにお若かったので間違えてしまいました。失礼しました」
「ふふふ、お上手ねぇ」

 たったその一言で完全に母親のご機嫌取りに成功したWに凌牙は寒気に近い嫌な予感がした。ずかずかではなくひたりひたりと自分の領域に入ってくるような。
(……こいつ…!!)
「あら、あなたよく見たらびしょ濡れじゃない」
「あ、はい…傘を忘れてしまいまして…走って家に帰っていたところを、凌牙くんと遭遇しまして…」
「あ、じゃあ、うちで暖まって行きなさいよ。よかったらご飯も食べていくといいわ」
「ちょ、おふくろ…!」
「え、本当ですか?ではお言葉に甘えてしまおうかな…」
 しかし、そんな凌牙を尻目に、母親はWを招き入れていく。凌牙が慌てて声を上げたが遅かった。Wは「お邪魔します」と言いながら凌牙の敷地内に入ってきて――そして、凌牙の横をすれ違う直前、チラリと凌牙を見てきた。
 その瞳は、凌牙を見ながら怪しく光り、微笑んでいた。

「寒かったでしょう?先にお風呂に入るといいわ」
「ワオ!お風呂も貸して頂けるんですか、ありがとうございます!」
「ふふふ、着替えるついでよ、どちらにしろそのままじゃ風邪を引いてしまうわ」
 そうこうしている間に、Wは母親に家の中へ通されていく。そんなWの腕を、凌牙は慌てて掴んだ。
「…おい、W…」
「なんです?」
 Wはいつもの澄ました顔でこちらに振り返ってくる。凌牙はWを鋭く睨み、それでも抑えた声でWに言った。

「…うちの家族に何かしやがったら、ただじゃおかねぇからな」
 湿ったWの服をぎゅっと握り締めて。しかし、それにWは僅かに笑みを浮かべただけだった。
「…ご心配なく今日は何もしませんよ。大体この家に連れてきたのはあなたの方でしょう?」
「それは……」
 肩を竦めてそういうWに、凌牙は何も言葉を返せず、そのままWは母親に案内されて脱衣所の方に向かっていった。
 その背中を睨むように見つめつつも、凌牙はふと、自分の手に視線を向ける。先程までWの服を掴んでいたそれは僅かに湿っていた、それだけWの服が濡れていた証であって。
 そんななるまで、あの場所にしゃがみこんでいたのか――別にあいつがそれで風邪を引こうが肺炎になろうが知ったことではなかった、が。

「…つか、そもそもなんで、あんなところにいたんだよ」

 そう呟きながら、その手をぎゅっと握り締めた。






「凌牙」
 ふと呼ばれて、振り返れば母親だった。凌牙はどうにもWを放って置くことが出来ずに自室で着替えてからは風呂場を伺えるリビングにいたのだが、その、一番Wの餌食になりかねない母親の存在に、自然と口調が強ばる。
「…なんだよ」
「この着替え、Wくんに渡してきて」
「……ってそれ、俺の服じゃねーかよ…」
 その手には凌牙の下着とシャツ、ジーパンが一式。いつものあの服のイメージが強いせいかいまいちWが着ているイメージが出来ない。
「いいじゃない、貸してあげなさいよ。Wくん、あんたとサイズ同じくらいだから大丈夫よ。むしろあんたより細いくらいじゃない?」
 何処を見ているんだこの母親は。凌牙は内心そう突っ込みつつも「わーったよ」と言って立ち上がる。そして母親から服を受け取ったところで、ふっと苦笑される。
「…お友達なんでしょう?お母さん嬉しいのよ、あんたがお友達を連れてくるなんて久しぶりだから」
 そう言ってにこりと微笑む母親に、凌牙は何も言えなくなってくる。ばつが悪そうに視線を外してから衣類を受け取り――母親からしたら、それはただの照れ隠しに見えたかもしれない。しかし、実際には全く違う。
(……友達?ちげぇよ、あいつは仇だ。俺の敵だ。俺を追い詰め、あいつを傷つけた、根源だ)
 本当に今、同じ屋根の下にいるのだと思うだけで吐き気がする、嫌悪に顔を歪めたくなる。自分にとってWとはそんな存在だ、そう考えるべき相手なのだ。

 それでも、凌牙は服を持って脱衣所へと向かった。「W?」と呼び掛けながら、ガチャっと脱衣所の戸を開けば。

『あ』

 思わず二人の声がハモる。そこには風呂にあがったばかりらしい、何も身に纏っていない、素っ裸のWがいたからだ。
 その姿に凌牙が目を見開いてフリーズしていれは、次の瞬間にはドバンッとその扉が勢い良く閉まる。それに凌牙もハッと我に返った。
「…W…」
「ノックくらいしろよ、バカ」
「……わるい。替えの服を持ってきたんだ」
 いつもの悪態の付き合いからは想像も出来ないほど、よそよそしくお互いに大人しい会話、凌牙もまさか、Wに「わるい」なんて、言葉を吐く日が来るとは思ってもみなかった。
 凌牙の言葉から僅かな沈黙を挟んで、一度ピシャリと閉じた扉が、少し開き、そこからにゅっと腕が伸びてくる。その腕は凌牙を急かすように上下して、凌牙は黙って持っていた服を、その手に渡した。
 するとその手はすぐさま引っ込み、僅かに開いていた戸の隙間も再びきっちり閉じられた。

 凌牙はしばらくその扉の前で立ち尽くしていた。その板越しにその扉の向こうにいる人物を見据えるように。
 それからチッと舌打ちすると頭を掻きながらリビングの方に戻っていく。

 どうにも調子を狂わされてばかりな気がした。







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