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□マリオネットは笑わない
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※捏造展開注意






 その糸に、絡み付かれているのはどちらなのか。






マリオネットは笑わない







「りょーが、キスしようぜ」
「……ああ」
 Wのその言葉に、その少年は僅かに頷いた。ソファに座っている少年に抱きつくような格好のWの身体を引き寄せ、腕を回す。するとWは甘えるように、彼の首に腕を絡めた。
 その少年の顔は能面のように表情がなく、その瞳は虚ろだったが、Wの言葉に従う動作には迷いや躊躇いのようなものはない、まるで糸で操られている人形のようだった。屈み込んでくるWに合わせて顔を上げ、唇を合わせる。それは決して激しいものではない、唇を合わせるだけのバードキスだ。
 ――その様子を、盆にティーセットを乗せたVが僅かに眉を寄せて見ていた。普段は天使のような真っ白な表情を浮かべる彼には珍しく、その瞳には鋭い光が宿っていた。

「……W兄様」
「…っ、なんだ、V」
 その感情をそのまま声に出したが、当のWは気にも止めず、まるで邪魔をするなとVに煩わしいものでも見るような目を向ける。
 それが、ますますVの瞳を鋭くさせた。
「神代凌牙を引き入れたのはナンバーズ回収のために必要だから、でしたよね?」
「ああそうだったな。だが、その役割はちゃんとやらせているぜ?ほら、今日凌牙が回収してきたナンバーズだ」
 少年に抱きついたままWは器用に懐から三枚のカードを取出し、Vに掲げてみせる。よく見るエクシーズカードのようで、特殊な力が宿り、この世界に存在するカードでは倒せないという、ナンバーズ。
 それを確認するでもなく疑うでもなく、Vが黙っていれば、Wは再びそれをしまった。

「…だから、ご褒美をあげているんだろう?そうだよなぁ、凌牙」
「……ああ」
 Wの問い掛けに、やはり少年はそれだけ頷いた。それにWの表情が綻び、少年の頭を自分の胸に埋めるように抱き締めた。
「…凌牙はもう、俺たちの言うことに忠実に従う人形だ。それにトロンだって、計画に支障がなければ好きにしていいと、言っていただろう?」
「……それは、」
 VはWの言葉に反論しようとして――口を開いたがそのまま言葉は発することなく、口をつぐむ。持っていた盆をテーブルに置き、ティーカップに紅茶を注いでいく。
 その間にも、ソファの上では、Wが逆らうことのない少年に口付けを繰り返し、それは唇だけでなく額や頬、鼻の頭や首筋にも降らせていた。
 飽きもせずそんな行為を繰り返すWに、Vは小さくため息を吐いた。



 WDCで神代凌牙にナンバーズを取りつかせてから暫く、最初はナンバーズの闇に打ち勝ったように見えた凌牙だったが、その闇は着実に彼の心を蝕み壊していった。ナンバーズの意志こそ表に出ては来なかったが、それを抑え込むために、凌牙自身の意志も表に出てくることはなくなり、結果的に人形のように感情を出すことはなく、淡々とこちらの言うことだけを聞くようになったのだ。
(…トロンには、凌牙の闇がなんなのか分かっていたんだろうな――凌牙の妹の、事故の後遺症を治すことを条件に、ナンバーズを集めることに協力させている)
 今では自分を罠にはめたと激昂していたWの言うことにも従うようになっていた。キスをしろだの、ナンバーズを集めるという目的を逸脱した行為にまで。
 確かに、兄のWが神代凌牙に異様に執着しているのは知っていた。凌牙に反則勝ちした全国大会の後しばらく、ファンサービスと称して荒れたデュエルを影で繰り返すくらいには。
 そして今回のナンバーズ収集に神代凌牙を利用するという話が出たあと、どれだけ表情を生き生きさせたことか――Vの知る限りでは、恐らく昔、初めて長兄のXにデュエルで勝ったとき以来だったかもしれない。
 Wはトロンに凌牙をWDCに引きずり込む餌となるよう指示されたとき、とても面倒そうな顔をしていたが、内心歓喜していることをVはなんとなく気付いていた。恐らくトロンやXもそれが分かってWに話を持ち出したのだろう、Wの神代凌牙に対する執着は功を奏すると見込んで。
(……それでも、ここまで来たら逆にまずいんじゃないのか…?)
 二人分の紅茶を注ぎ終えて、Vが顔を上げる。今は、Wと凌牙はソファに仲良く横に並び、Wは凌牙の方に身体を傾けていた。その体重がずっしり掛かっても、凌牙は表情一つ変えずに座っている。
 それでもWはご機嫌だ。ずっとその手に入らなかった玩具を手にしたように。

「……凌牙」
 ため息を漏らすように呟いたWの声、それがその月日と深さを表しているような気がした。その目にはもう、凌牙のことしか写していないように。
(――ああこれじゃあ、どっちが操られているのか分からないよ)
 まさか兄がこのような方向に執着してしまうとは思わなかった。
 Vは唇をきゅっと噛むと、一度は閉じた口を再び開いた。

「……W兄様、あまり神代凌牙に執着しすぎないようにして下さいね」
「…執着なんてしてねぇ。これは一つの凌牙への絶望さ」
「…絶望?」
 Vが問えばWは「ああ」と頷く。

「憎むべき俺にこんなことをされて、いいように扱われて――凌牙の意志が戻ったとき、あいつのプライドをどれだけずたずたにできるかってなぁ」
 言いながら、Wは凌牙の頬から顎の辺りを撫でている。
「……つまり、兄様は凌牙への嫌がらせのためにそんなことを?凌牙の意志が戻り、僕らの人形ではなくなった後のことも想定しているってこと?」
「当たり前だろーが」
 Wは笑いながらそう言ってくる。そういう風に言われてしまったら、Vはもうこれ以上、Wに何かを言うことは出来ない。自分の行動は演技であるのだから、本心ではないのだと言われてしまったら。

(――じゃあ、W兄様、これには気付いていますか?)

 先程、Wが凌牙を頭から抱えるように抱き締めたとき、凌牙がWの表情の見えない位置で、僅かな笑みを浮かべていたことを。むしろ、Wから表情の見えない場所で、そんな笑みは何度も浮かべていた。
 この意味をWは、分かっているんだろうか。



 Vは一言声を掛けてからその部屋を出る。閉じられた扉に振り返りながら、僅かに視線を細めた。

 意志を奪われた凌牙に感情はない、故に表情が浮かぶことはない。それは即ち、笑みを浮かべたということは――凌牙がもう、ただの人形ではない証拠。
(…でも、そうだとしたら逆に分からなくもなる。だったら何故、凌牙は兄様の前で人形を演じているのか。そこにメリットでもあるのか?)

 分からない。それでも。
 お互いにその行為を望んでいないと思っていながら、それに没頭してしまうというのは本当に。

(――ただの、人形遊びじゃないか)



 Vは呆れたように、小さく息を吐いた。












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前にMEMOに書いたネタですが相変わらず着地に失敗しました。





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