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□最高のファンサービスを君に!
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 ARビジョンによるモンスターの直接攻撃はその立体映像による臨場感と実際に伝わる衝撃によってそれなりの痛みを伴うことがある。もちろんそれは命に関わる衝撃であるはずはないのだが、敗北という精神的な衝撃も心を通して身体に伝わるものだ。最も、その時のWには敗北による精神的な打撃などないに等しかった。むしろ、それが目的でデュエルの手を抜き、止めを刺されてみせたのだから。

「がっ…!!」
 その衝撃を受けて、Wはその場に弾むように倒れこむ。ブーッというブザーと共に対戦相手の顔とその脇に『WIN』の文字。
 Wと対峙していた少年は、その結果が半ば信じられなかったのか、最初は放心したような顔をしていたが次第にその表情に喜びを写していく。
「よっしゃああああ!!あのWに、アジアチャンピオンのWに勝ったああああ!!!」
 その場でガッツポーズをして雄叫びを上げるように空に向かって彼は言う。引っ繰り返っていたWも、ゆっくりと、身体を起こした。それに気付いて少年がWに駆け寄ってくる。
「Wさん、大丈夫ですか!?」
「ええ…完敗です。君は素晴らしいデュエリストでした。きっとすごい練習を重ねたのでしょうね。僕も君を見習わなければ」
「そんな…」
 Wの誉め言葉に、少年は嬉しそうに照れ笑いを浮かべている。そんな少年に、Wも柔和な笑みを返した。

「これで僕はリタイアとなってしまいますが――君は僕の分まで、頑張って下さい」
「はい!Wさんの分まで頑張ります!絶対優勝します!!」
 少年は嬉々としてそう声を上げると、Dゲイザーに映し出された案内に従って次のステージに向かっていく。
 Wはその背中を見送った後、ふっと視線を横に向けた。

 するとその先の物陰から、一人の人物が姿を現す。Wよりいくつか年下に見えるその少年は、その年齢に相応しくはないと思うほどの、冷たく鋭い視線をWに向けていた。
 しかし、その視線に、Wはニッと微笑んで見せる。

「なんだ――いたのか、凌牙?」
「…てめぇ、これはどういうことだ」
 Wの言葉に答えることなく、凌牙と呼ばれた少年はツカツカとWに歩み寄ってくる。そして、未だに地面に座り込んだままのWの目の前に立つと、その姿を見下ろした。しかしその視線は決して、Wを負け犬として見下すものでもなく、怒りとそして、絶望を写していた。
 凌牙はWの襟首を掴むと、乱暴にその身体を持ち上げる。

「決着はWDCで、そう言っていたのはてめぇだろ、なのになんで、俺以外に負けてやがるんだ」
「さて、何故でしょう。それだけ私が弱かったってことではないでしょうか?」
「ふざけんな!!お前が今のデュエル、手を抜いていたのはお見通しなんだよ!!」
 凌牙の怒声は、静かなその空間に強く響いた。その奏でを心地よく聞くように、Wは瞳を閉じる。
「…買い被りですよ。今のが私の実力です。残念でしたね、凌牙」

 そう言いながら、Wは自分を掴み上げている凌牙の手に触れる。凌牙の手は震えていた。それは果たして怒りによるものなのか、それとも。
 Wはチラリと凌牙の表情を伺い――その先に見えたものに、満足気な笑みを浮かべた。

 Wが凌牙の手を引き離せば、それはあっさりと外れた。Wは倒れこんだ時に出来た埃をはたき、立ち上がる。左目に写った紋章がDゲイザーと同じ役割を果たし、Wに退場を促している。

「……今すぐ、俺とデュエルしろ」
 その案内に従おうとした矢先、凌牙がポツリと呟いた。Wは足を止め、ふらりと凌牙に振り返る。
「残念ながら、敗者の私は退場するしかありません。あなたはまだ負けていないでしょう?先に進んだらどうですか?」
「俺に先なんてねぇ!お前と戦って、復讐してやることが俺がこの大会に参加した総てだ!今すぐ俺とデュエルしろ!」
 ガッガーッと音がして、凌牙の左腕のDパッドが変形する。凌牙がそれをWに向かって構える――が、Dゲイザーをセットした直後、ブーッというブザーがけたたましく鳴り響いた。

 それは、凌牙がWに不正で負けた時と一緒、しかし、今度は反則の赤い×印に囲まれているのは――凌牙ではなくWだった。
 Wは笑みを浮かべながら両手を広げる。

「――ホラ、敗者の私にはもうデュエルをする権利はないんです。あなたとの決着もお預けですね――いや、私の負けで構いませんよ」
 さも興味なさげにそれだけ言って、Wはひらりと凌牙に背を向けた。そんなWの姿を、目を見開いて見ていた凌牙はハッと我に返り「…っ、ふざけるな!!!」とまた、声を荒げた。

「そんなの…!認められるワケがねぇだろうが!!俺がこの手で、お前を倒さなきゃ、俺は、あいつは…だからっ…!!」
「…もうそんなくだらないことに拘らず、大会を楽しんだらどうなんだ?凌牙」
 ふっと一瞬だけ、Wは振り返ってきて、凌牙に向けて肩を竦めてみせる。その瞬間、ガーッとWの四方を冷たい板が囲った。

「ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 その壁越しにも、凌牙の叫びは聞こえた。Wは思わず高らかに笑いだしそうになるのを、必死で腹を抑えて堪えていた。
 Wの四方を囲った壁は、そのままエレベーターとなっているらしく、僅かな浮遊感と共に、地面が下がっていくのが分かった。
(……ああ、本当に、最高だぜ、お前は)
 Wは狭い空間の中、ククッと笑みを零した。



 先程の少年とのデュエル、確かにWはわざと負けた。しかも、物陰から凌牙がその様子を伺っていることが分かっていて、それを敢えて見せ付けるように。
 何故わざわざそんなことをしたのか――それは、Wが分かっていたからだ、自分の実力では、凌牙には勝てないということが。
(WDCでの、あいつの戦績は全部確認した。あのVとの対戦もな。その結果よく分かった、今のお前の強さは、そして俺も一応、自分の力量も見極められないバカじゃないんでね)
 そしてそれに気付いたとき――Wの頭によぎったのはそれによる結果だ。この先、凌牙と対戦して負けたら、自分は何を失うだろう、自分たちの関係はどう変わるだろう――それがWには手に取るように分かった。
(きっと――あいつのいう復讐ってやつを果たしたら、あいつは俺のことなんてどうでもよくなくなるんだろうな。今みたいに必死に俺を追い掛けてきたりしない、あいつにとって俺は、ただの負け犬になるんだ)
 だが、そんなこと許されていいはずはない。自分はこんなにも凌牙に執着しているというのに、凌牙が自分から興味を無くすだなんて。
 では、どうすればそうならないか考えた。凌牙に負けないように、凌牙との対戦を回避しつつ、凌牙の意識を変わらず自分に向けておくには、どうしたら。
(…簡単なことだ、俺があいつ以外の人間に負ければいい、あいつの目の前で、不様に負けてみせればいいんだ!)

 そのためなら、例え兄の折檻が待っていようと、自分たちの復讐がどうなろうとどどうでもよかった。自分が、今、欲しいのは、手放してはならないのは、それなのだから。
 Wは堪え切れずにその場で笑い始めた。目の前の壁に身体を預け、ひっくひくと声を引きつらせて、身体を震わせ、全身で歓喜するように。

(――復讐という希望を与えてやり、目の前で負けてみせることでそれを奪う。ああ、凌牙、お前の顔は本当にいい顔をしていたよ、美しかった。今まで見た絶望に染まる顔の中で、最もだ)

 その顔を思い出すだけで、幸せで死にそうになる。絶望に染まったあいつの目は、きっとこの先も自分を捕らえて離さない。絶対に捕まらない鬼ごっこはまだまだ終わりになどさせない、むしろ一生付き合わせてやる。俺の、一番のファンであるお前に。













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