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□針は進まない
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 好きだと言ったのは、あいつの方だった。





「……全く、お前はどうしてそう、高圧的な物言いなんだ」
「…あん?」
 溜め息混じりに言われたことに、Wは片眉を寄せてXを見る。いつものように、トロンやVへの口調を咎められた後のことだった。
「別に俺がどう言おうと俺の勝手だろう?」
「それが私の怒りを買うとしてもか?」
 言いながらギリッとXが睨み付けてくる。WはそのXの目が、どうにも苦手だった。うっとなりつつもその視線から逃れるように顔を逸らす。
「…てめぇには、関係ねぇ」
 そしてそれだけポツリと返せば、Xはますます眉間に皺を寄せ、Wに何事か言おうと口を開いたその時。

「Xーっ」
 そんな、Xを呼ぶ声が聞こえて、Xはハッとしてその方向に顔を向ける。
「ちょっと手伝って欲しいことがあるんだ。こっちに来てくれないかな?」
「…はい、今すぐ行きます」
 それはトロンの声だった。当然Xはそれを聞いただけで、その意識を完全にそちらに向けて、今の今まで言葉をぶつけ合っていたWには何も言わずに、そそくさとトロンの方に向かっていく。
 そんな背中をWは睨むように見つめた後、ちっと舌打ちをして傍らのソファにドサッと腰を下ろした。


(…ちっとも変わってねぇな…Xの態度)
 ソファに身体を預けたまま天井を見上げて、Wはふと思う。その表情にはXに咎められたことへの不満と、ほんの少しの寂しさが写っていた。

 Xに好きだと言われたのは昨日のことだ。今日みたいに口喧嘩になった時、どうせ俺のことなんて嫌いなんだろう、みたいなことを口走った直後、Xに全力で否定され、むしろ恋愛感情で好きなんだと言われた。その時は呆気に取られて何も言葉を返すことが出来ず、口をパクパクとさせただけだったが、大人しくなったWにXはそれで気が済んだのかさっさと自室に引き払ってしまった。
 Xからの直球の告白をもろに受けて混乱していたWを置き去りにして。

(…確かに、俺のことなんて嫌いなんだろうっつったのは本心じゃねぇし言いすぎだとは思ったさ、それでも逆にあんなことを言われるとも思わねぇって…そんで言った本人は何処吹く風だしよう…)
 単純にからかわれただけなのだろうか。しかし、変なところが真っ直ぐなXにそんな真似が出来るとも思えない。だったらなんで、Xはあんなことを言ったのだろうか。
 自分はどう受けとめたらいいのだろうか。

「あーもう、分かんねぇー!」
 Wはそう声を上げると、ソファの上で全身を伸ばし、のびをする。それからほあああと大欠伸をすると、次第に頭がボーッとしてくる。
(…そういや、最近、取材続きでろくに休めてなかったな…加えて昨日はXのせいで寝付きが悪かったし…)
 そんなことを思いながらも、視界がうつらうつらとし出して、Wはその睡魔に逆らうことなく瞳を閉じる。それでもまだ、僅かに意識は残したままで。

「……W?」
 するとXが戻ってきたのかそんな声が聞こえた。それでもWが何も答えないままでいれば「…寝ているのか?」というXの声、そしてこちらに近づいてくる気配。
 そのまま隣にでも座るのかと思いきや、全くそのような気配を感じなくて、Wが薄らと瞳を開けば。

 目の前に見えたのは近すぎてボヤけたXの顔――その直後、唇を覆う感触がした。それはもちろん、Xの唇で。
「んッ…!」
 跳ねるようにWの身体が反応する。それにXが「ん?」気付き、唇を離してくる。
「…なんだ、起きていたのか?」
「なんだじゃねぇ!何やってんだてめぇ!」
 思わず触れられたところを手の甲で抑えた。顔が火照っているのは、自分でも分かった。
 それでもXは何を言っているんだという顔でWを見ている。
「何って…キスだろう?」
「だーもう、だから!!なんでキスしたのかって…!」
 あっさりとしたXの言葉にWは声を荒げるが、再びぐいっと寄ってきたXの顔にビクリと身体を震わせる。その近さと、真っ直ぐ見つめてくるその視線に、ドクンと心臓が大きく跳ねた。
「…何故?昨日言っただろう?お前のことが好きだと、だからキスしたいと思ったからした、それだけのことだ」
 いつもと変わらない表情で淡々と告げるXに、何故だか胸の高鳴りが止まらない、そんなときめくような殺し文句なんて言ってねぇだろとWは内心言い聞かせつつ、Xを睨み返す。
「……俺は、お前のことが好きだなんて、一言も言ってねぇぞ…」
 そしてWがポツリと呟いたことに、Xの表情が初めて変化を見せる。思ってもないことを言われたように目をパチクリとさせて。
 それからWから身体を起こして、腕を組み、顎に手を当てて考えるようなポーズをしながらやはりあっさりと言った。
「……そういえばそうだったな」
「は…?」
「それはすまなかったなW。好きでもない相手にキスなどされてさぞかし気分が悪かっただろう」
「ちょ、ちょっと待て…!ちょっと待て、X!!」
 勝手につらつら言葉を続けるXにWは慌てて声を上げた。Xの言葉を制止させるようにどうどうとXに向かって伸ばした手を上下させて。
「た、確かに好きだなんて言ってねぇが、嫌いだとも言ってない!」
「む…なんだそれは、ハッキリさせないか」
「だーから、お前が!俺に返事を言う隙を!与えてないんだろうが!!」
 はぁはぁ軽く息切れをさせながら、Wはそう叫び、再びXを睨み付ける。やはりというか、Xは思ってもみなかったことを言われたような顔をしている。なんだかこんな、ムキになっている自分が、バカみたいだ。

「…では、お前の気持ちを聞かせてくれないか?」
 そして、何事もなかったかのようにそんなことを言ってくる。なにがではだと内心思いつつも、Wはごくりと喉を鳴らす。じっとこちらを見てくるXの視線を、痛いほど感じた。
 Wは、への時につぐんでいた口を、ゆっくりと開いた。

「……俺も、好きだって、言ったら…?」

 そして出てきた言葉はらしくもなく小さく擦れたものだった。しかしその直後、Xが一瞬にして距離を縮めてきて、再び唇を塞がれる。
「んっ…!!」
 しかも今度は、先程の触れるだけのものとは違う、噛み付くように口付けられ、思わず開いた唇からはねっとりとした舌まで入れられた。
「ふぁ、あ…」
 その口付けの勢いに、Wの身体から力が抜けて、そのままソファの上にずるりと倒れこんでしまう。Xに完全にのしかかられた状態となり、Wは本能的にまずいと思った。
「…W…」
 そして粗方、Wの予想を裏切らずに、唇の隙間からXがそう囁いた直後、ごそりとXの手が、Wの服の内側に滑り込んでくる。
(ちょ、ま…!!)
 Xの唇はWの口を離れた後、顎を伝い首筋を撫でた。呼吸が解放されてはぁはぁと荒い息を吐き出すWもそのむず痒さに身体を捻る。
「…ぶ、い…ッ」
 それでもなんとか意識を保つと、ぎっとXを睨み付け――思いっきり、Xの頬をつねった。
「ひぎぃぃぃぃぃぃ」
 Xのものとは思えない、高貴の欠片も感じない悲鳴が上がる。
「ひゃに、ふるんだ、ふぉー!」
「うるせぇ!てめぇこそ急に襲ってくるんじゃねぇ!!」
「ひゃんだほ!?ほまえもわはひのほとがふひなんへはないほか!?」
「あーもう、何となく分かるけどよく分かんねぇよ!とりあえず、離れろ!」
 Wが叫ぶようにそう言えば、XはしぶしぶWから身体を離し、WはXの頬を解放した。Xは赤く腫れた頬を抑えつつ、眉を寄せてWを見た。
「…お前も、私のことが好きなのではないのか?」
「…好きって言ったら、って言ったんだ、たらればの話だっての」
 Wも起き上がりながらそう答える。それから僅かに、視線を細めた。
「――それに、兄弟なんだ、好きなのは当たり前だろ。でも俺の好きは、Xと同じものなのかは、よく分かんねぇ」
「……そうか」
 それでやっとXも納得したのか、そうポツリと呟いて肩を落とす。らしくない彼の落ち込み方に、Wは「うーん」と頭を捻る。

「…まぁ、この先どうなるか分からねぇし、お前のこともそういう意味で好きになるかもしれねぇし」
 ガタッ
「なんだと!?」
「だから!かもだって言ってんだろ!!」
 言った傍から身を乗り出してくるXにそう叫んだ後、Wは小さく息を吐く。
 そして、そっとXに自身の手を差し出した。

「…ん、だから、まぁ…」
 それはまるで、愛犬にお手でも求めるように。


「……とりあえず、手を繋ぐことから始めねぇか?」






針は進まない








 何事も順序よく、進めていきましょう?












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世葬さまに提出させて頂きました(*´∇`)





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