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□DRIVE
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 たぶん俺は、あいつのそういうところが一番嫌いなんだ。













DRIVE











「――凌牙ッ!!」
 そう名前を呼ばれて俺が振り返った直後、目の前をぶわっと白い物体が舞った。それが白というよりは薄い黄色掛かった服だと気付くのに一秒、次の瞬間、その服を着ているであろう人物の顔が思い浮かんで顔をしかめる。その色で、そんなひらひらした服を身に纏っている奴なんて、俺はこの世に一人しか知らない。
「…Wっ…!?てめぇ、何して…!」
 そいつがそのまま俺の乗っているバイクに乗り込んで来るものだから、俺は思わずそう叫んだ。しかし、当人は特に悪びれた様子もなく、かといっていつもの、ムカつく笑みもその顔には浮かべていない。乗り込んで来た方向から見て、俺の影に隠れるように座席の端にするりとしゃがみこんだ。
「…すみません、ちょっと追われているので乗せて下さい」
「はぁ!?追われてる?誰に?」
「あれです」
 Wが示した方を見れば、それは俺たちが今いる大通りから、横に逸れる脇道。最初そこには何もないと思っていたが、よくよく見ているとその道の奥からこちらに向かってドドドドッと突進してくる人だかりが見えた。

「Wさーん!」
「Wー!」
「Wさまあああ!」

 一人や二人ではない、数十人から下手したら百にも達するのではないかというそれは各々そんな風にWのことを呼びながら走ってくるのだ。その対象は老若男女、下手したら自分と同じ年くらいの男が一番多いかもしれない。
 俺は信号が青になっているのを確認してから、慌ててアクセルを踏み付けた。

「ちょ、おい!なんだよあいつら!」
 どうやらWが俺のバイクに乗り込んだのが見えたのかその人だかりはそのままこちらを追って突進してきている。乗り物に乗っているこちらが有利かと思いきや、中にはその辺の放置自転車を勝手に持ち出していたり、タクシーを止めたやつまで見えた。
 すると俺の問いに、Wはあっさりと答える。風ではためくその髪を片手で抑えながら。

「なにって私のファンですよ」
「はぁ!?」
「近くでイベントを開催していましてね、一般客の一人のデュエルに応じたらこれです」
 言いながら、Wは頭を抑えていない方の手で通信機を取り出し、何処かに掛け始めた。それは程なくして通じたのか「俺だ」とWはその通信機に話し掛ける。
「…そっちの方は………ああ、そうか。こっちもまぁ、追われちゃいるがなんとかするさ。………あ?知るかよ、応じてやれって言ったのは向こうだぜ?」
 誰と話しているのかは分からないが、大方Wと血が繋がっているとは思えないくらい物腰柔らかなあの弟だろう。普段、表向きファンに見せるような口調とは想像もつかない言葉を吐きながら、Wは通信機のスイッチを切る。そしてこちらに見せてきたのはあのいつものムカつく笑みだ。
「ほーんと、ファンを一人特別扱いしてしまうとこれです。熱狂的なファンが多いのも困りものですねぇ」
「…振り落として、その熱狂的だっていうファンの中に落としてやろうか?」
 肩を竦めてそう言ったWに俺は刺々しくそう返した。それでもWの表情は崩れない、むしろ笑みを深くして。
 そっと、後ろから、俺の首に腕を通してきた。

「…そんなことをしても、私が逃げ込んだバイクということであなたも追われる対象には代わりないと思いますよ?」
「…んだと!?」
「――…だから、私の言う通りに運転して下さい。彼らを上手くまいてみせますから」
 Wの息遣いが聞こえてきそうなほど近くでそっと囁かれ、俺はごくりと息を飲む。こんなやつの口車に乗るのも、言う通りにするのも気に食わない、だけど。

「……わあったよ…」
「フフフ、いい子ですね」
 鼻に掛かるような小馬鹿にするような笑み。それでもWがそっと俺のハンドルを握る手に触れてきて、そのことへの文句は俺の口から出てこなかった。
「…上手くまけたら――そうですね、そのまま一緒に海にでも行きましょうか」

 誰がと、俺は思った。







 それから20分後、俺は何故だがWと一緒に海に来ていた。ハートランドシティには海がないからわざわざ隣の街まで出てきて。何故かと問われても俺は答えられない、Wの言われた通りに走っていたらいつのまにか海沿いの道を走っていた。
「おー、いい眺めですね」
 自分のファンから隠れるために、座席の横にしゃがんでいたWも、いつの間にか身を乗り出し、バイクのサイドに腰掛けてそんなことを言っている。奴の小豆色と黄色の髪が風を受けて揺れていた。今のこいつの態勢であれば俺が少しハンドルを切れば振り落とすことも出来るだろう。それでもそうしないことを見越しているのか、Wはこちらを気にも止めず、海を見ている。
 Wの髪の色にも似た夕焼けが沈み始めていた。それを綺麗に一望できるところで俺はバイクを止める。ゴーグルを上げて、俺もWと同じように夕日が沈みかけている海を見た。

「W」
 ふと、こちらに背を向ける形で座っているWの名前を呼ぶ。Wは俺にチラリと視線を向けてきながら「はい?」と返してきた。
「…お前、ファンに特別扱いをすると面倒なことになるって言っていたじゃねぇか。だったらなんで、俺のバイクに乗り込んできた?」
「そんなの、たまたまあなたが通り掛かったからに決まっているでしょう?」
 ニッと目元を細めてWはいう。何となくこちらの意図を見透かされたようで俺はムッとした。別に俺はお前の特別なのかって聞きたかったワケじゃない。

「…それとも、俺の特別になりたいか――凌牙?」
 夕日から逆光になり、影の掛かったWの顔がそう言って微笑った。そんな余裕の表情がムカついて、それを崩してやろうと思って、俺はWの腕を引っ張ると、そのままバイクの座席に引き込む。とさりとWの身体が座席の上に倒れこみ、その上にのしかかるように覆い被さって、そして。


「――ダメですよ、凌牙」

 口付けようとしたところで、その口をWの手で抑えつけられる。もう片方の手は人差し指を立て、その、俺が今塞いでやろうとした唇に当てていた。
 まるでお預けでもさせるかのように。

「…スターはファンに総てを捧げるもの、でもそれは等しく平等でないといけません。あなただけに特別なファンサービスはしてあげられないんですよ」

 何を今更、という言い分ではあった。俺とこいつはとっくにキスもセックスもしたことがあるんだ。そしてこいつからすれば、その対象は俺以外にもいる、その行為は特別でも何でもないことなんだ。だからその手もその笑みも無視して振り払ってやろうかと思った直後、逆にWの腕がするりと俺の首に絡まってくる。

「…だから――そうですね、あなたの特別をくれるなら、私の特別もあなたにあげていいですよ?」

 そう言うとこちらの答えも聞かずに口付けてくる。恐らくこちらが引き剥がしたりしないことがイエスの返答なんだと勝手に解釈するつもりなんだろう。
 本当に手前勝手なやつだと思いつつも、元々Wにそれをしようとしたのは自分だ。俺がWを引き剥がせるワケがないことも、そうする理由も意味もないことをこいつは完全に見越している。
 そうやって俺の逃げ道ばかり塞いで、そうしなければ自分の中に引き込めないと思ってる。俺の中に入り込めないと思っている。俺は、お前のそういうところが大嫌いだ。




 ムカつくことに、俺にとってお前は、とっくのとうに特別なのだから。













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凌牙さんのあれは正確にはバイクではないそうなのですがじゃあどう表記せぇいうんじゃい!ということでバイク表記にしています。





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