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□ユア・ホーム
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ユア・ホーム







「……私の負けだな」
 Wの攻撃に対して、目の前に広がる戦況を見ながら、Xはポツリと呟く。その言葉を言わせるために、戦術を駆使していたWでさえ、一息間を置いた後、おっしゃー!と声を上げ、持っていた手札をテーブルの上にバラ撒ける。
「Xに勝った!勝ったぜ!!よっしゃあああああ!!!」
「…お前は仮にも、アジアチャンピオンだろう。勝って当たり前だ」
 目の前ではしゃぐWを目の前に、Xはそれだけ言って、テーブルの上のカードを片付ける。自分のカードとWのカードが混ざらないように丁寧に。そんな、勝ち負けなどどうでもいいといった態度のXに、しかし、Wは上機嫌だ。
「そりゃ表舞台に出ているのが俺だけだからだろ?あんな大会、ヘボデュエリストだらけで俺は退屈だったね。あんなのより、お前に勝つことの方が俺にとっては意味がある」
 そう言ったWは腕を組み、Xを見下ろすようにふんぞり返っている。何十回も対戦したうちのたかが一勝ではないか、とXは思ったが、それを指摘したらWの思う壺だろう。

「…で、お前の要求はなんだ?」
「あん?」
「なんだ、自分で言っておいて忘れたのか。負けたら勝った方の言うことを一つ聞くんだろう?」
 Xはとんとんと束ねたカードを整える。忘れていたのならそのまま話を逸らせばよかっただろうかと内心思いながら。
 するとWは「そうそう」と言いながらニヤリと笑い、デュエルをしていたテーブルの上に足を乗り上げる。
「――おい、」
 その行動を咎めようとXは口を開いたが、それよりもWがXの目の前に降り立つのが早かった。ふわりと、風を受けてWの服が舞う。首から上が違っていれば、天使でも舞い降りたようだった。

「……X、俺のことを抱け」
 しかし、残念ながら目の前にいるのはWだ。Xの身体を跨ぐように膝立ちになり、その首に腕を絡めて、危ない遊びに興味津々といった笑みを浮かべる、むしろ悪魔の異名がよく似合う、血の繋がらない弟だ。
 Xは、眉を寄せながらWを見上げる。
「……勝ったのに抱け、か。抱かせろではないのだな?」
「なんだよ、お前のが突っ込まれてぇのか?」
「…そんなワケがないだろう」
 そう思うから、自分の方がイニシアティブを握れているこの状態で、抱かれることを望むWに何を考えているんだか、という思いを抱いたのだ。
「だーいじょうぶ、お前が初めてでも、俺がリードしてやるからな」
 そう言いながら、WはXに屈みこみ、ちゅっと口付けてくる。初めてではない、と返すべきだろうかと思ったが、Wからすればそんなことはどうでもいいのかもしれない。
(…まぁ、それでも、男相手は初めてか)
 そんなことを思いながら、Xはそっと瞳を閉じた。




 Xが、WやVと義兄弟の契約を交わしたのはもう数年前になる。自分たちが生きていた世界を滅ぼされ家族も居場所も生きる意味さえもなくした。そんな自分たちを引き合わせ、家族になろうと言ってきたのがトロンだった。そういう意味ではXはトロンに強い恩義を抱いているし、WやVとは大切と思える家族になろうと思った。
(…Vは…私のことを兄様と呼んで慕ってくれるし、トロンやWのことにも気が利くいい弟だ)
 しかし、もう一人の弟、Wは、言動は粗悪であるし自分のことを兄と呼んだことは一度もない。Vにも高圧的でトロンにも反抗的で…そのことを何度か、Xも咎めたことがあるほどだ。
(Wは…私たちのことを、家族だとは思っていないのか?)


 Xはそんなことを思いながらふっと腰掛けているソファの隣を見る。そこには猫のように身体を丸めたWが穏やかな寝息を立てていた。衣服は身体の上に掛けているだけで、細い肩が僅かに見える。そしてその目元には、微かな涙の跡が。
 そんなWの頭を撫でながら、Xは視線を細める。

(…今回のこともそうだ、セックスを請う…など、兄弟では本来有り得ないことだろう?)
 応じてしまった自分がどうこう言えることではないかもしれないがそれでも、Wがそんなことを求めてきた意図が、Xには理解できない。何故、どうしてという言葉が頭をよぎる。
(…気紛れか…それならあれだけ喜んでいた勝利の報酬に使ってしまうのはどうなんだ?それともWがそういう意味で私のことを?…もしそうであればそもそもの家族の定義を逸脱しているではないか)

 もし、自分と彼が本当の家族であれば、こんなことで頭を抱えたりはしないのだろうか、相手の行動の理由を理解でき、許容出来るのだろうか。
(私たちは…そんな本当の家族にはなれないのだろうか)

 Xはそんなことを考えながら一息吐くと、Wを起こさないようにそっとソファから立ち上がった。




 ジャーッと流れる水をすくい上げ、それをバシャリと顔にぶつける。熱を保った顔には気持ち良く、Xはそれを何度か繰り返した。それから洗面台の横にあったタオルに手を伸ばし、それで顔の水分を拭き取る。顔を上げれば、目の前の鏡に写る自分の姿が見えた。

「X」
 不意に名前を呼ばれて振り返れば、小柄な身体にいかつい仮面を付けた少年――トロンがいた。ただ、洗面所と廊下の間に立っているだけだというのに、存在感を強く感じる、いつものように手を後ろで組み、欠けた仮面の隙間からXの姿を捉えていた。
「トロン…」
「Wにデュエルで負けたんだってね。さっきWに聞いたよ」
 そしてその口から弟の名前が出てきて、Xは思わずギクリとする。そういえばWは、服をちゃんと着せないまま置いてきてしまった、トロンがWに話を聞いたというのはどのような状況で、だったのか――そんなことが一瞬にしてXの頭を巡ったが、ごくりと一つのどを鳴らすとその動揺を表に出さないよう努めて冷静に、Xはトロンに「ああ」と短く答えた。
 それに、トロンは「へぇ」と声を漏らす。

「XがWに負けるなんて珍しいこともあるもんだね。まぁWは外で色々なデュエリストと戦って来ているし、力を付けて来たのも事実かな」
 肩を竦めてトロンがそう言えばやはりXは「そうだな」と短く答えた。するとトロンはXの心情を知ってかしらずか――目元だけでニッと笑ってみせる。

「…Xは寂しいかい?弟に追い抜かれてしまって。それとも悔しいかな?」
 首をこてりと傾けながらそう問い掛けてくるトロンに、Xは僅かに眉を寄せた。しかし、それはほんの一瞬で、Xは感情を抑えるように瞳を閉じると、それを開きながらその問いに答える。

「いや…むしろ歓迎するべきだろう?Wが強くなれば、それだけナンバーズを惹き付け集めやすくなる」
「そう?それならむしろ、寂しく思うのはWの方になるのかな」
 しかし、トロンが顎に指をあて考えるような仕草をして言ったことに、Xは「え」と顔を上げた。その表情の変化を今度はすぐには崩さずに。

「…W、が?」
「ああ、だってWはずっと君に勝つことを目標にしていたからね、そんな君に勝ってしまって、達成感もあるかもしれないけれど寂しさもあるんじゃないかな」
 わりとあっさりトロンが言ったことに、Xは「そう…なのか…?」と心底意外そうな声を漏らす。実際、Wが自分のことをそんな風に思っていたとは考えもしなかった。確かに面と向かって『お前に勝つことに意味がある』とは言われた。それでも、XはWの言うことなど半分も信じていない、それくらいWの言葉は嘘ばかりだからだ。

(……あ、)

「…トロンには、Wの考えていることが分かるのか?」
「え?」
 Xがポツリに問い掛けたことに、今度はトロンが驚くように目をパチクリとさせた。それでもXは言葉を続ける。
「…私には、よく分からない、Wの行動の意味も言葉の意図も。それは私が――Wの兄になれていないせいなのでしょうか?」

 家族になると彼に誓った。新たな家族になろうと、大切な存在になろうと。その誓いを自分は果たせていないのだろうか、そんな風に思えて。
 トロンは暫くXの様子を伺っていたが、不意に口元を緩め、それから柔らかい口調でXに語り掛けてきた。

「X――家族っていうのは、相手を完全に理解することではないよ。エスパーじゃないんだもの、相手の考えていることが総て分かるはずがない」
 それでもハッキリきっぱりしたトロンの言葉には力がある。それはXの中のわだかまりを振り払うかのように、清々しいほどに。
「それでも僕らは元々、別々の家族の中にいた。だからそれぞれ家族の定義が異なるのは仕方ない、それで君が不安に思ってしまうのもしょうがないことさ」
 こてりと、トロンが首を傾ける。Xに語り掛けるように。
「……もしも、君がWは僕たちを家族とは思っていないんじゃないかって、疑っているのなら、少なくとも僕は、そんなことはないと思うよ。だってWは帰ってくるじゃないか」

 Wは外に出れないトロンと違い、極力外に出ないようにしている他の兄弟と違い、外の世界を生き一部では名を馳せている。外の世界にも居場所はあるのだ。自分たちの復讐に拘る必要などありはしない。総てを捨てて、外で生きていくことも出来るのだ。
(…それでも、Wは帰ってくる。私たちのところに、文句を言いつつもトロンの指示に従い、それをこなして、帰ってくる――それが、Wが私たちを家族だと思っている証拠、か…)

「……ね、答えなんて最初から出ているものだろう?」
 Xの心情を察したのか、トロンはそう続けてくる。Xはハッと顔を上げた後、僅かに頷いた。
「…まぁ、確かにWの家族の定義は歪んでいると思うから、真面目なXにはちょっと分かりづらいかもしれないね。あの子は――傷つられることに、愛情を感じているから」

 それからトロンはそんな含みのある言葉を吐いてから、何処かに行ってしまった。Xはその背中を見送った後、僅かに視線を逸らした。
 確かに自分は知らないのだ、WとV、彼らと家族になる契約を結ぶ前、二人はどのように生きてきたのか。自分もトロンにしか話していないから、彼らが自分の生い立ちを知ることはない、知る必要はないことだと思っていた。
(…そしてこの先も知らせることもなければ知ることもないだろう。知らなくても、私たちは家族になれる、なろうとしているのだから)
 それが例え歪で不恰好でも、そうなろうとすることに、意味があると思うから。



 XがWのいるフロアに戻れば、Wはもう服を着ていて、むしろ身仕度を整え、何処かへ出かける準備をしていた。
「…W、」
 Xが呼べば、Wは僅かに身体を震わせた後、持っていたカードを、カードケースにしまった。
「…仕事の呼び出しを受けたから出かける」
「身体は、大丈夫なのか?」
「大丈夫も何も、こんなのは日常茶飯事だっつの」
 そう言ってWは肩を竦めてみせる。それは彼のいつも通りの態度のようで何処か少し違う気がした。

「――じゃあ、行ってくる」

 だから、Wが自分の横を擦り抜けこの部屋から出ていこうとしたその時、XはWに一言だけ告げた。

「…ああ、いってらっしゃい」


 その直後、Wが「え」とこちらに振り返ってくるのが分かった。それでもXは小さく笑みを浮かべたまま「どうした?」とWに返した。
 Wは目をパチクリとさせた後、何やら微妙な表情を浮かべつつもそのまま出ていく。それを見送ってから、Xは部屋のソファにどさっと腰掛けた。





 ああそうだ、ここが彼の居場所であり、帰る場所なんだ。
 だから待とう、君の帰りを。それが、家族なんだ。

















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