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□路地裏ブルース
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路地裏ブルース
「……バカ、ですか、あなたは…」
はぁはぁと荒い呼吸をしながら、Wがポツリと呟く。それをチラリと一瞥しつつも、凌牙は気にせずWの服を脱がしていく。そして脱いだ上着の袖を強引に破ると、それを露出したWの腹部に巻き付ける。それでもそこからはすぐに、赤い染みが広がり始めて、凌牙は顔を顰めた。
「…やっぱり、救急車を…」
「…それ、だけは…やめてください、って…」
「なんだよ、やましいことでもあるのか?」
Wを探るようにそう言うが、肝心のWは血の気のない顔ではぁはぁと荒い呼吸を繰り返すだけだ。自分では応急処置のようなものも上手くは出来ない。
恐らく、このままだとこいつはそのうち死ぬ。
そう気付いても、それがこいつの自業自得だと思っても、凌牙はどうしても笑うことが出来なかった。
ざまぁみろと、笑ってやることが、出来なかったのだ。
凌牙がそんなWを見つけたのは人気のない路地裏、ゴミ置場に打ち棄てられるように倒れていた。いつもの綺麗すぎる服は乱れ黒く汚れていて、腹部は薔薇でも咲いたように真っ赤に染まっていた。
一瞬、死んでいるのかと思ったが、凌牙の存在に気付くと、Wは僅かに顔を上げて笑ってきた。いつもの、自分をからかうような、小馬鹿にするような笑み。今、自分の目の前に広がる情景すら嘘であると言わんばかりの。
それでも蒼白の顔と、どくどくと腹部から流れ出る血は本物だ、偽物ではない、こいつは誰かに襲われ、刺されたんだと。
(…俺は…なにをやっているんだろうな)
なんとか止血を出来ないかと試みてみたが、どうにも上手く行かない。このままではWは本当に失血死してしまう。どうしたらいいんだと思う反面、どうして自分は死にそうになっているこいつを必死になって助けようとしているのかと思っていた。
こんなやつ、死んで当然だ。こんな汚いゴミ捨て場に打ち棄てられて死ぬとかお似合いすぎる最期だろうと。
そう思うのに、頭の一辺ではそう思っているのに何故か身体は自然と動き、Wの身体をゴミ捨て場から抜け出させ、なんとかその出血を止めようとしていた。いつの間にか凌牙の手にも服にもWの血がついていた。血塗れになっていた。
「…一体、何があったんだよ」
「…知る、かよ…急に、復讐してやる、って…言われて、殴られて、刺された…」
「…てめぇの元ファンとかか?」
「…だろう、な…いちいち覚えてなんか、いねぇけど…」
そう言ってから、Wは笑う。凌牙にむかって、おかしそうに。
「…凌、牙…お前も、俺が、こうなることを、望んで、いたんじゃ、ねーのか?」
確かに。復讐という言葉は凌牙もWに使った。Wからされた仕打ちに怒り、傷つけられた大切な存在のためにも、Wに復讐してやると。
それでも自分はWにこうなることを望んでいたかと問われたら、そうとも言えない気がする、現に自分は今、Wを助けようと必死になっているのだ。その行動が、Wの死を望んでいない証拠とも言える。
「……違う、俺はお前に、デュエルで借りを返すんだ。こんなやり方で、お前に復讐するつもりはねぇ」
「…ほ、う…」
「だから、お前が死んだら困るんだよ。お前に復讐出来なくなるだろが!だから、だから…俺は…」
なんて言えばいいんだと、凌牙は一瞬、言葉に迷う。それでも頭に浮かんだものを、そのまま口に出していた。
「……死ぬなよ、俺は、お前の死なんて、望んじゃいねぇんだよ!!」
どうしてこの血は止まらない。
どうしてお前はいつものように俺をからかってこない。
どうしてお前の口数がこんなにも少ない。
笑えよ、悪魔のように、それが、お前だろう?
凌牙の叫びにも近い言葉を、Wは荒い息のまま黙って聞いていた。それからへっと小さく笑って、覚束ない手つきで、懐から通信機を取り出す。
「…そこに、繋いで…出てきたやつに、事情を話せ…」
「…分かった」
凌牙が素直に頷きそれを受け取ればWはまた、さっきとは違う、笑みを浮かべる。
「…ホント、お前はバカだよ」
それは異様に穏やかで優しいものに見えた、気がした。