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□路地裏ブルース2
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※暴力・暴言描写注意









 隙のない相手の不意を突く方法として、相手が他の誰かを襲おうとする瞬間を狙えばいいと何処かで読んだ気がした。Wが襲われたのはまさにそれ、挑まれたデュエルに応じ、人気のない場所でデュエルをし、相手にとどめを刺そうとした瞬間、全く意識を向けていなかった方向からガスッと鈍い音がした。
 視界がぐるりと一回転し、遅れてやってきた痛みに自分が殴られたのだと気付く。憎しみの視線を向けてくる相手を、視界の端に捕らえた。よろけつつもなんとか倒れるのだけは堪える。唇を噛んだのか、僅かに鉄の味がして、Wはそこを手で拭いながら相手に笑ってみせる。
『…勘弁して欲しいですね、スターは顔が命なんですよ』
 しかし、次の瞬間背後から両腕を抑えつけられハッとWは振り返る。それは今の今まで自分とデュエルをしていた相手で、Wを慕うような顔はもはや欠片も見られない。

『――これは復讐だ、覚悟しろ、W』

 その重くて低い声に、Wは悪寒を覚える。目の前の殴ってきた相手は、はぁはぁと息を切らしながら――その手にはきらりと光るナイフを持っていた。
 冷静な男に抑えつけられ、感情的な男に襲われる。それほど恐ろしいことはない。

『死ねっ、W!!!』

 そのまま男が突進してきて、Wに体当たりをする。もちろん衝撃はそれだけではない、腹部に走った痛みに、Wは『かはっ…!』と呻きを漏らした。



 ――その後のことは、あまり覚えていない。気が付けば汚いゴミ捨て場に打ち棄てられていた。意識も混濁していて、自分がどういう状況なのかもすぐには思い出せず。

『――W?』
 それでも自分の名前を呼ぶ聞き慣れた声に、顔を上げれば、目の前に見えたのは一人の少年で。その姿を捕らえた後、Wは思わずニッと笑っていた。










路地裏ブルース2








 そこでWは薄らと瞳を開く。目の前に見えたのは見慣れた自室の天井で、それでも身体を動かそうとすると上手く動かせなかった。Wが顔を顰めて「うっ」と声を漏らせば、「W兄様?」という声が聞こえた。
 それにWが視線を向ければ、こちらを心配そうに伺ってくる、弟のVの姿があった。
「気が付きましたか?」
「……すりぃ…おれ、は…」
「…腹部を刺されたようですね。幸い内臓に損傷はありませんが、出血が酷くて…」
「……刺さ、れた…?」
 その単語に、Wの記憶が少しずつ甦ってくる。元自分のファンだと思われる輩に襲われたこと、そのまま打ち棄てられたこと、そして。

「…驚きました。W兄様から連絡が来たかと思ったら、出たのが凌牙だったので」
 倒れている自分の目の前に現れた少年のことを思い出すとほぼ同時に聞こえたVの言葉に、Wはハッとする。
「…そう、だ…凌牙、が…」
「……兄様、一応確認して置きますが、兄様を刺したのは、凌牙ではないんですよね…?」
 穏やかを絵に描いたような弟にしては珍しく眉を寄せ深刻そうな面持ちでVが問い掛けてくる。それにWは僅かに目を開いた後「ちがう」とハッキリと返した。
「…刺された…無様な、姿を…見られただけだ…」
「無様って…そういう問題ですか!あのまま連絡を貰わなかったら、死んでいたかもしれないんですよ!」
 Vが身を乗り出し、叫ぶようにそう声を荒げる。それがらしくなく、高貴という行動から程遠かったことは、V自身も気付いているのか、唇を少し噛んでから、またWの寝ているベッドの傍らの椅子に、ちょこんと腰掛ける。
「……確かに、僕たちの身体は、この世界の人間よりは丈夫、ですけれど、死なないワケではないんです」

 Wが予定の時刻より遅れて連絡を寄越すのはいつものことだ。全く連絡を寄越さず夜中にひょっこり帰ってくることも、翌朝になって探しに行こうかと話していたところで呑気に帰ってくることもあったのだ。
 つまり、Wから連絡が来なければ明日の朝まで探しには出なかっただろうということ、そうなっていたらWの身体は完全に冷たくなっていただろうと、Vが言いたいことは、つまりはそういうことで。

「…血塗れの、W兄様と凌牙を見たときは――僕は、気が振れるかと思いましたよ」
 きゅっと唇を噛み締め、そういうVに、Wは「…そう、か」としか言葉を返せなかった。
「…で、その凌牙…は、どうしたん、だ…?」
 もうとっくに帰ったのだろうかと思ったが、一番見られたくない姿を見られたにも等しかった。だからWは気になって、そう問い掛けたのだが。
 Vは口をへの字に結んだまま僅かに視線をあげる。それからそっと、横に視線だけ向けた。

「……凌牙なら、そこにいますよ」
 言われて「え」とWは少し身体を起こし、その、Vが視線を向けた方を見る。すると、Vの隣にWが横になっているベッドに突っ伏した状態で寝ている凌牙の姿があった。その服は、VのものかWのものを勝手に引っ張ってきたのか清潔で真っ白なシャツに着替えていた。

「……W兄様が起きるのを見届けるまでここにいるって聞かなくてですね…それでもさすがにずっとは無理みたいでしたが」
「…V、一応、聞くが…俺はどれくらい、寝てたんだ…?」
「そうですね…そろそろW兄様が担ぎ込まれて来て、一日経ちます」
 部屋の時計を見ながらVはあっさりとそういう。丸一日、それまでずっと凌牙はここにいただと?その事実に、Wは目を丸くすることしか出来ない。
 そんなWの耳に、Vの落ち着いているように静かで、それでも何処かWを責めるような、声が聞こえた。

「…凌牙は言っていました。W兄様に言って寄越してきた通信機で連絡を取ってきたのだと。それってつまり、W兄様自身が僕に連絡を出来るのに、しなかったってことですよね?凌牙に言われてやっとしたんですよね?W兄様は――そのまま自分が死んでもよかったとか、思っていたんですか?」
 Wは何も言わない。ただ天井をその先の遠くを見るよう見つめている。それでも頭の中ではVの言葉を反復させていた。そうだったのだろうか、自分は、自分はあのままあの場所で、野垂れ死んでも構わないと思っていたのだろうか。
「…もしそうなら、W兄様が凌牙に言われて僕に連絡を寄越す気になったのだとしたら、僕は――」

 Vの言葉が止まる。それでも膝の上に乗せた手をぎゅっと握ってから、Vは絞りだすように言葉を続けた。

「……僕は凌牙に、お礼を言わないといけないんですよ…?」

 悲痛にも聞こえるVの声。Vは凌牙の存在をそこまで快く思っていない、Wと敵対している相手でもあるし、Vは凌牙にデュエルで負けたこともあるのだから。
 それでも彼が切っ掛けで何よりも大切な家族が救われたとしたら話は別だ。それが例え凌牙だとしても、Vは頭を下げるのだろう。それでも極力避けたいことであるから、こうもWに問い掛けてくる。果たしてWが命拾いをしたのは、凌牙のおかげだったのか。

(……分からない…)
 意識は戻り覚醒したが、その問いの答えを、Wは出せないでいた。
 確かに自分は、ハメられ殴られ刺され放置され、それに気付いても自分からVたちに連絡を寄越そうとは考えなかった。それから凌牙の存在に気付いて、それが自分を絶対に助けない存在だと気付いて、ああこんな不様な死が自分にはお似合いなのかもしれないと、むしろそれを、受け入れようとしていた気すらした。

『…死ぬなよ、俺は、お前の死なんて、望んじゃいねぇんだよ!!』

 そんな自分に、凌牙が言ったこと。愚かすぎて意味が分からないと思った。何故なら自分は、彼に死を望まれても当然のことをしたと思っている。それこそ、自分を刺した元ファンと同じように、むしろそれ以上に。
(……どうして、あんなことを言ったんだ、凌牙…)
 今更ながらにWは眉を寄せ、顔を顰めた。
 その時。

「うっ……」
 ベッドに突っ伏していた凌牙が小さく呻く声、それからゆっくりと、その閉じられていた瞳が、開かれていくのが見えて。

(……俺は、どんな顔を、凌牙に向ければいい?どんな顔を、すればいいんだよ…)

 強ばる身体を慰めるように、Wはぎゅっと毛布の下で、拳を握っていた。














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