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□変わらないもの
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変わらないもの







 こてりと額を合わせればそこから感じる体温は明らかに高く、はぁはぁという熱くて荒い息も頬に感じた。いつもの弟であれば、急に顔をここまで近付ければ突き放して来そうなものだが、その気配はない、視線だけは鋭くこちらを睨み付けていたが。
「……全く、こんななるまでどうして何も言わなかったんだ?」
「う、るせぇ…な…」
 弟から顔を離し、ため息混じりにそう問い掛ければ可愛くないそんな返答が戻ってくる。恐らく風邪か何かだろうがかなりの高熱だ。何か食べさせて薬を飲ませ、安静にさせるべきだろう。そう思い、Xは弟のWが寝ている傍らから立ち上がる。そして、視線だけでこちらを追ってくるWに、口を開く。
「何か食べるものと…薬を持ってくる」
「…なにも、食べたくねぇ…」
「だがそうもいかないだろう?」
「…だった、ら…Vに言えばいいだろ」
「Vなら取り込み中だ。お前が急に寝込んだりしたから、な」
 Xとしては嫌味ではなく事実を言ったまでだった。Wが極東エリアチャンピオンとして詰めていた今日予定を、Vが今、各所に連絡を取って必死に対応している。だからこそXも重い腰を上げてWの看病を任されたのだ。
 Xの言葉に、Wは僅かに眉を寄せたがそれ以上は何も言ってこなかった。呼吸が辛そうで言いたくても言えないのだろう。XはWの額に当てている濡れタオルを一度取り替えると、そのままWの部屋を出た。

(……全く、バカは風邪をなんとやらとはいうが、まさかWが寝込むとはな…)
 Xが向かったのはキッチンだったが、決して料理をするためではない。そもそもXは料理をしたこと自体なく、それでもVが作りおきしておいたお粥の温めぐらいは出来るものだ。椀に冷めた粥を適量移してからラップを掛け電子レンジに入れる。異様にしっかりものの末の弟はXのためにわざわざ電子レンジにメモ書きまで貼りつけてくれていた。
 Xは電子レンジのボタンを前に指先をふよふよと揺らしていたがなんとか指定したボタンを押すことが出来、電子レンジがブーッと起動を始めた。
 ふぅと思わず息を吐く。

(…何年ぶりだろう、Wが風邪で寝込むなど。昔は身体が弱かったからよく熱を出して寝込んでいたが)
 記憶を探るようにXは視線を僅かに上げる。今より自分もWも幼かった頃、外ではしゃぎすぎたWが熱を出し、おぶって連れて帰った時のことを思い出していた。あの頃のWは今では面影もなく素直で、熱で赤く染まった頬に垂れたウサミミでも見えるようなしゅんとした表情で、Xにしがみついていた。
『……にいさま、ごめんなさい』
 弱々しく呟いたWに苦笑して『大丈夫だよ』と自分は返した。弱い弟を守ってやるのが自分の役目だと思っていた。
 あの頃のWは身体の弱さも相成っていつも自分の後をとてとてとついてきていた。Xの服の裾をぎゅっと握って振り返って顔を合わせれば、にこりと無邪気に笑ってきたものだ。

(…ああ、俺たちは変わってしまったな…何もかも)
 Wはあの頃の純粋さは見る影もなくなったし、自分もWに優しくなくなった自覚はある。やんちゃだった末の弟のVも物腰柔らかい態度を取ることしかなくなった。
 何もかも変わってしまった。そしてその原因を、Xはしかと理解していた。


 チンと音がして、Xはふっと我に返る。粥の温めが終わったらしく器を照らしていたライトが消えていた。Xは電子レンジを開けて中のものを取り出す。その熱さに危うく器を取り零しそうになったが、なんとかトレイに移すことが出来た。
 コップに水を注ぎ、薬と一緒にトレイに乗せて、XはWの部屋に戻った。デスクの上にトレイを置き、Wの様子を伺えば、相変わらず荒い呼吸をしている。

「……W、起きれるか?」
「…っ……むり…」
 相当弱っているのがその返答で見て取れた。それでも寝かせる前にやはり薬は飲ませるべきだと思って。
 Xはトレイから粥の入った器だけ取ってくると片腕で器用にWの身体を起こす。それから器はベッドの上に乗せ、蓮華で一口分掬ってからそれにふうふうと息を吹き掛け、そのまま自分の口に運ぶ。そしてそれを飲み下すことはなく――Wの身体を抱き寄せて、彼の唇を塞いだ。

「――ん、」
 薄く開いた唇から冷ました粥を流し込めば、Wは苦しそうに顔を歪めつつもそれを受け入れた。Xも飲み込むのを手伝ってやれば、Wの喉がごくりと蠢く。
 それからXはWから唇を離し、またその口に粥を運ぶ。そんな動作を何度か繰り返した。

「……もういい」
 5回ほどそれをしたところで、Wがそう音を上げた。Xは蓮華をカチャリと器の上に戻すと、粥で少し汚れていたWの唇を舐めて綺麗にしてやる。それから今度は薬と水のはいったコップをトレイから持ってきたところで。
「……いい、それは自分で飲む」
 またそれを口移しで飲まそうとしていたXを、Wの言葉が止める。拙い動きで、Xの手から薬とコップを取り上げるとそれを一気に飲み干した。
「くはぁ…」
 そのままWは、コップを持ったままポスリとベッドの上に倒れこんだ。はぁはぁと荒く呼吸をしていて、全く、と思いながらXはWの手に残ったままのコップを取り上げた。
(…本当に、素直ではないな)

 こういう時くらい、自分を頼ってもいいだろうにと思う。昔のように、少しは甘えたらどうだろうと。
 Xは何とはなしに一息吐くと、トレイを片付けようと腰を上げれば。
 引き止められるような、服を引っ張られる感覚がして、視線を下げれば、毛布の隙間から伸びているWの手が、Xの服を掴んでいた。

(……あ、)

 Wの顔を伺うが、目を閉じて穏やかとは言えない呼吸を繰り返しているだけ、その手に関して、自分に言及してくることはない、それでも。
 それが彼の精一杯の甘えなのだと気付いて思わず苦笑する。立ち上がるのをやめて、器とコップをトレイの上に戻すだけにした。

(…そういえば、先程のVに任せろと言ったのも、ようは私にこの場を離れて欲しくなかったということか。本当に今のお前は分かりにくいな、W)

 別に傍にいてくれと言われれば傍にいてやるのに。そんなことを思いながら、XはWの髪に触れる。薬が効いてきたのか、Wの呼吸は次第に穏やかになっていた。Xの服を掴むWの手も緩くなっていったが、暫くはこのままここに居てやろうと、Xは思った。













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ハートランドシティに電子レンジなんて化石のようなものが分からないけれど
何となく機械に弱いX兄さんが書きたかっただけです

5000打リクエストで『風邪で弱っているWが、看病?心配?してくれてるXに対していつもは反抗的だけどほんの少し甘えてみるXW』でした。
成様、素敵なリクエストありがとうございました!





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