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□だから俺たちが交わすのは
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だから俺たちが交わすのは







 100歩譲って俺が凌牙のことを好きなのは認めよう、でも凌牙が俺のことを好きだなんて絶対に有り得ないことだ。自分がそこまでした自覚はあるし、そのために凌牙の感情を弄んだのも事実であるから。俺から言わせれば利用されたり騙される方が間抜けなんだと思っているが、それを理由に自分の行動を正当化するつもりはない。俺は確かに罪と呼ばれることをしているだろう、それにより恨まれることもいつかは天罰みたいなのが下ることも覚悟しているというか、きっとろくな死に方をしないだろうということは何となく分かっている。それでも俺はこの生き方を選んだ、ただそれだけのこと、誰かに愛されたり大切にされる資格もなければそんな必要もないと思っていた。
 復讐という目的をせめて面白可笑しく達成してみせようと、ただそれだけを考えて、だから。


 あろうことかあの凌牙に抱き締められた時は、いったい何がどうしたんだと思った。このまま、俺を絞め殺そうっていうのか?それにしちゃ、優しすぎるだろ、もっときつく締め付けたらどうなんだ。首元を擽るように髪を擦り付けられて、やめろよなんか猫が懐いてきているみたいじゃねぇか。腰回りをさわさわと撫でられて、待てそれはセクハラじゃ、ねぇか…!?
 その腕から逃れようとして身を捩る。それでも凌牙の腕にがっちりと抑えこまれて全く身動きが取れない。この腕から逃れないと自分がどうにかなってしまいそうで、勘違いをしてしまいそうで、だから逃げたくて逃げたくてたまらないのに。
「…っ、はな、せ…凌牙…!」
「……W」
 それでも、耳元に囁かれた声に、思わず身体をビクリと震わせる。身体が急に動かなくなって、抵抗も出来なくなった。何故そうなったのか、気付いていたけれど認めたくはなかった。
 ドッと身体をその辺の壁に押しつけられてそのまま口を塞がれた。それはもちろん凌牙の唇で、だ。その身体を押し返そうとしたけれど力が入らなくてまるで凌牙に縋り付いているみたいになってしまった。凌牙の唇は荒っぽく俺のに覆いかぶさって来たけれど、その口内を撫でる舌の動きはあまりに優しい。

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。
 そんなもの欲しくない、いらない。お前から欲しくなんてないんだ。お前が俺に与えるものはもっと別にあるだろう?射殺すような視線でも詰るような暴言でも振り上げた拳による暴力だって構わない。少なくともこんな優しくて暖かいものは違うはずだ。どうしてこんなものを寄越すんだ。
 俺はお前からこんなものはいらない。

「…っ、なせ…!」
「W……」
「やめろっ、凌牙…!ふざけんなよ!!どうしてお前がこんなっ…」
「……したいから、してるだけだっての」
「…だから、なんで…!?」
「…そんなの、俺が聞きてぇよ」
 凌牙は顔を顰めたまま再び押さえ込んできてまた、唇を塞がれる。

 息が出来ない。このまま窒息死しそうだ。ああ、そうやって凌牙は、俺をころすつもりなんだな。
 そう思ったらすっと身体から力が抜けた。自分が欲しかったものはそれだと気付いてそれならばいくらでも貰おうと凌牙の首に腕を回す。
「…ん、はぁ…りょ、がぁ…」
「…W…」
 お互いを貪るようなキス、綺麗でもない甘さの欠片もない獣が交わすようなキス、夢中になって凌牙と、そんなキスを繰り返した。

 ああ知っている。俺が凌牙を好きになっているのは、最初はただの手駒として利用してやるつもりだった、自分が家族のそうであるように自分の操り人形にしてやるつもりだった。けれど俺は凌牙に関わりすぎたちょっかいを入れすぎた。知らなくて良いことを知りすぎて、俺は凌牙から逃げられなくなった。操り人形の糸に絡まってしまったんだ。
 そして恐らく、凌牙もそう。凌牙も俺と関わりすぎた、最初は憎しみの感情しか向けてこなかったくせに今ではそれ以外の感情を抱いてやがる。でなきゃ、抱き締めたりなんてしない、そうだろう?

 分かっているんだ全部。それでもそれを受け入れてはいけない、認めてはいけないんだ、凌牙も俺も。認めてしまったら、それは家族への“裏切り”だから。

 だから俺たちが交わす言葉は暴言。
 だから俺たちが交わす手は暴力。
 だから俺たちが交わすキスは荒々しいだけ。

 それでも凌牙は甘ちゃんだから酷くしすぎることが出来ずに、やさしさを出してしまうことがある。だったらそうなったら、俺がそれを拒絶してやるしかねぇだろう?

「りょ、がぁ…」
「…W…」
 唇が離れてはぁはぁと荒い息を吐きながら、また凌牙に抱き締められる。頭が酸欠でぼうっとする。それでも凌牙の腕の暖かさは感じていた。感じていたけれど気付いていないふりをして、俺は目を閉じた。



 好きだとしても認めてはならない、甘い関係は拒絶しなければならない、それでも受けてしまった愛撫には気付いていないふりをしなければならない。
 そうやって曖昧な関係を続けている、だから俺たちが交わす愛情は嘘に塗れた本当なんだ。


















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