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□埋められない距離
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 思えば、第一志望の高校に受かったことを報告したときも、あいつはとびきりの笑顔をくれたあと、少し寂しそうな目をしていたかもしれない。













埋められない距離











 空に伸びる飛行機雲は真っ青なキャンパスに真っ直ぐと白線を引いていた。それが次第に薄れ、青の中に混ざっていく。そんな様子を、カイトはぼうっと見つめていた。昼休みのせいか、何処か遠くから、生徒のわきゃわきゃという声が聞こえてくる。それを風の流れにそうように聞いていたカイトは、ふと自分の腕の中、正確には自分に抱きついた格好になっている一人の少年に視線を向けた。左右に伸びた特徴的な髪型だけが視界に入る。顔は完全に、カイトの胸に埋めていた。

「――遊馬」
 カイトはその背中に手を添えつつもその少年、後輩でもある遊馬の名前を呼ぶ。しかし、遊馬は顔を上げない、むしろ更にむぎゅっと抱きついてくる。
「…いつまで、そうしているつもりだ?」
「……チャイムが鳴ったら離れる、それまでいいだろ」
 カイトの問い掛けに、遊馬はそれだけ答える。その返答にカイトは小さく息を吐く。ここ暫く遊馬はずっとこんな感じだった。
「…今日だけの話ではない、明日も明後日も、お前はこうしているつもりなのか?」
「…っ、だって…一秒でも長く、カイトと一緒にいたいんだよ」
 遊馬はむぎゅっとカイトの制服を掴む手を握る。

「…ねぇ、なんでだろ。なんで俺は一年で、カイトは三年なの」
「…遊馬、」
「なんで、一年しか同じ学校にいられないんだよ」

 切々とした遊馬の言葉に、カイトは視線を細める。その、どうしようもない訴えには、頭を撫でて宥めてやることしか出来ない。

 思えば自分たちが出会ったのもこの場所だった。まだ桜の花弁も完全に散り切っていない頃、自分がたまたま見回りに来て、屋上で眠りこけている遊馬を見つけたのだ。風に揺れる髪と服と、薄暗い日陰でもその白さが分かる肌と――それに僅かでも視線を奪われてしまったことは今でも覚えている。
(……あの時は、見るからに授業をサボったようだったから、すぐに叩き起こして担任に引き渡してやったが)
 出来ることなら、その姿をずっと見ていたかった、そんなことまで考えていた自分は恐らく一目惚れだったのだろう――それでも遊馬に出会うまでそんな感情とは無縁であったから、自覚するまでに随分時間が掛かってしまった。
(…それがこの結果、か…)
 気持ちを自覚して、付き合うようになった時には自分は部活動も会長を務めていた生徒会も引退し、受験生となっていた。遊馬とは出来る限り傍にいようと思ったがそれは遊馬の方が遠慮していた。それでも寂しがっているのは手に取るように分かった。
 そしてカイトの進学先が決まってからはずっと今のような調子だった。

(…俺と、同じ高校に来ればいいと言ってやりたいが、遊馬の頭では天変地異でも起きない限り受からないような高校だからな…)
 カイトは一つ息を吐くと、ふっとまた空を見上げた。

 カイト自身も、寂しくないといえば嘘になる。そしてそれ以上に遊馬のことが心配だった。遊馬はいとも簡単に無茶と無理を繰り返すから、本人が気付いていないところで悩みを抱えそれを吐き出せずにいる。自分が傍にいなければ、誰が遊馬のそれを癒してやれるのか。
(…いや、俺が単にその役を担いたいだけだ。そういう時は、俺が遊馬の傍に、居てやりたいと思うだけだ)
 彼が苦しんでいるときはそれを助けたいと思う、彼を悩ませるものがあればそれを排除したいと思う、彼が世界を敵に回しても自分だけは味方でありたいと思うのに。
(……じゃあ、遊馬を悩ませている原因が俺自身の場合は、どうしたらいいっていうんだ)


 流れる風が、そっとカイトの頬を撫でる。まるで自分を慰めてくれているようで、カイトはそっと瞳を閉じる。

「……カイトぉ…」
 ふっと呼ばれてカイトが視線を下げればこちらの顔をじっと見つめてきている遊馬の顔。その瞳は不安げにゆれて、それでもしっかり、カイトの姿を写していた。
 その瞳が何を求めているのか、カイトにはすぐに分かった。

 カイトはそっと遊馬の身体を引き寄せれば、そっとその唇を自分のもので塞ぐ。遊馬の腕もそっとカイトの首に回されて、抱きついてくる。
「…っ…カイ、ト…」
「遊、馬…」
 互いの名前を囁きながら何度も交わす口付け。




 恐らくもうじき昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響くだろう。でもせめてそれまでは、ここでこうしていたいと、二人はただただ思っていた。

















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