TEXT

□染まらない紅と蒼
1ページ/1ページ

染まらない紅と蒼







 WDCで街全体が沸くハートランドシティ、様々な場所で決闘者たちがデュエルを行っている中、凌牙はその喧騒から幾ばかりか離れた場所にいた。薄暗い路地裏で身を潜めるように背後の壁に身を寄せ、そっと壁の向こうを伺っている。その先は表通りより静かで少し開けた場所となっており、そこでも現在デュエルが行われていた。
「――俺は、ギミック・パペット-ジャイアントキラーの効果を発動!貴様のフィールドのエクシーズモンスターを総て破壊し、その攻撃力分のダメージをプレイヤーに与える!!」
「なにっ!?」
 普段は紳士的とも言われる態度をかなぐり捨て、対戦相手に向かってそう高らかに宣言するのは――現極東エリアチャンピオンであるW。彼の攻撃は対戦相手のエクシーズモンスターを一蹴しその効果ダメージにより、相手のライフポイントはゼロになる。Wはそれに更に追い討ちを掛けるように対戦相手へ鞭を打ち付けて、デュエルは終了しARビジョンのデュエルモードは解除された。対戦相手からWDC予選で収集が必要なハートピースを回収するWの様子を伺いながら、凌牙は顔を顰めた。
 よくもまぁ、敗者にあれだけ無慈悲なことを行えるものだと思った。Wに慈悲を求めること自体有り得ないことだとは思うが、今日見ていただけでも3回目、毎度毎度同じような文句と共にWは勝利を収めていく。もちろん、相手によってその展開は異なってくるが、大抵最終的にWのナンバーズが相手を仕留めるという流れだった。それが単に相手に肉体的精神的ダメージを与える残虐行為であったなら嫌悪を抱くのみで済むのだが、Wの決闘はそれだけに済まないだけ厄介だった。Wが対戦相手を追い詰めるその戦略は――皮肉にも――鮮麗された芸術品のように美しいと言えた。確かにそれを行う彼の言動がその美しさを台無しにしているワケだが端から冷静に見れば、その戦い方には惹かれるものがある。
 そう、凌牙がWのデュエルを見るのはこれで3回目だ、つまりはデュエルを3回も行う間、凌牙はWに対して何か行動を起こすということを一切しなかったのだ。正確にはしなかったのではなく、出来なかったのかもしれない。それほどまでに、Wによる勝利の方程式は鮮やかで目まぐるしく、凌牙の意識を惹きつけたからだ。
 それは腹立たしく、悔しくもあった。

 凌牙は本来、この大会に出場する予定ではなかった。だが、Wに凌牙がかつて彼と対戦した時にわざと自分を不戦敗に追い込んだこと、妹の事故が彼の故意によるものだと暴露されて、WDCの出場を促されたのだ。凌牙はWへの怒りを覚えると共に、迷うことなく大会への出場を決意した。そしてWDCが開幕したのが今朝のこと、それから凌牙はすぐにWの姿を見つけたが、そのまま彼の前に立ち塞がることはなく暫くその様子を伺うことにしたのだ。相手は伊達に極東デュエルチャンピオンではない、相手の力を探ることも必要だと思ったからだ。
 だがしかし、その選択は逆に凌牙へ想定外の考えを持たせることとなってしまった。

(……今の俺で、果たしてこいつの勝てるのか?)
 自分の力には自信がある、絶対Wに勝ち、やつに敗北の二文字を叩きつけてやろうと思う強い意気込みもある。しかし、それ以上にWの強さに魅せられてしまい、凌牙の足はその場に留まっていた。



 対戦者からハートピースを回収したのか、Wが立ち上がる背中が見えた。そのまま次の対戦相手の元に向かうのだろうかと、思っていればWはその場ではぁと遠目からでも分かる溜め息を漏らしたあと、くるりとこちらに振り返ってくる。

(やばっ…!!)
 凌牙はギョッとして慌てて顔を引っ込める。まさかという思いとどくんどくんと高鳴る鼓動、そしてその耳にはツカツカとこちらに近づいてくる足音が響いていた。
 やっぱりバレてる、この場から離れないと――凌牙がそう思い、Wがいるとは逆方向に向かおうとすれば。

「――おい、いつまでそうしているつもりだ、凌牙?」
 背後から聞こえてきた声にギクリと身体を震わせる。凌牙がぎゅっと拳を握り締めて振り返れば、そこには――ニヤリと笑みを浮かべた――Wの姿があった。
「ったく、こっちはいつお前が出てくるのかと思っていればずっと俺を伺っているだけだしよ、ビビってんのか、凌牙?」
「……いつから、気付いてたんだよ」
「最初からだよ最初から」
 凌牙の問いに、Wは肩を竦めて答える。つまり、自分の行動は目の前の男に筒抜けだったのか、凌牙は舌打ちしたいのを堪えながら、Wを見返す。動揺する気持ちを見せないように、鋭い視線を持って。

「…ビビってなんかいねぇ。それに俺がお前を見つけたのはたったさっきだ」
「へぇ…そう言うこと言うんだ、凌牙くんは?」
 首を傾けて笑いながらWは笑う。こちらのすべてを見透かすようなその視線が気持ち悪く、背中には嫌な汗が滴るのを感じた。

「…つまり、これからお前は俺に、デュエルを申し込もうとしていたと?」
「……ああ」

 だったらなんでこいつが声を掛けたときに俺はこいつに背を向けていたんだよ――内心、自分にそう突っ込みながらも、凌牙は頷く。しかし、凌牙の明らかな嘘もWは指摘してくることはなく、更に笑みを深くするだけだった。

「…いいぜぇ、そういうことなら受けてやるよ、凌牙」
 言いながら、Wは凌牙に向かってまだ畳んでいなかったデュエルディスクを構える。それに凌牙も慌てて、デュエルディスクとD・ゲイザーをセットしようとして――。

「…バーカ」
 その頭を、ガシリとWに掴まれる。そのまま無理矢理顔を上げさせられて、凌牙は痛みに顔を顰めた。
「…ッ…」
「俺にビビってるくせに、デュエルしようとしてんじゃねーよ」
「…っ、ビビってなんか…!!」
 Wの言葉に、凌牙が食って掛かるようにそう声を荒げれば、Wはチッと舌打ちしてから、凌牙の身体をそのまま横の壁に押しつける。
「ぐっ…!」
 そして凌牙の前を覆うように屈みこみ、その唇が合わさる直前まで顔を近付けられる。


「…凌牙、それを何ていうか、知っているか?『勇気』じゃねぇ、『無謀』って言うんだよ」
「…っ…!」
「そんな面でいる限りお前は俺の足元にも及ばねぇし、そんなやつとデュエルする気はさらさらねーんだよ」

 そう言うWの目にはもう笑みは浮かんでおらず、冷めたような無感情な瞳で凌牙を見ていた。その、自分にすら興味を無くしたようなWの目に、凌牙は目を見開き身体を強ばらせた。
 だから――Wの顔がそのまま近付き、唇と唇が合わさっても、凌牙は身動き一つ取れなかった。

「……そうやって、てめぇは縮こまって怯えているのがお似合いだぜ、凌牙」

 Wはそれだけ言ってニヤリと笑えば、すぐに凌牙から離れていく。カツカツという足音が少しずつ遠退いても、凌牙はその場から動くことが出来なかった。強ばった身体は次第にカタカタと震え始めて、凌牙はドカッとその手を背後の壁に打ち付けた。じんわりとその手に広がっていく痛みと生暖かい液体が滴るのを感じた。それに構わず凌牙は何度もその手を打ち付けた。鈍い音がその場に響いた。

「…くそっ…くそっ…!」
 ――Wの言う通り、自分はWにビビっていた、直前に見たデュエルの様子から、あの鮮烈な戦い方に驚異を感じて。だから、あのままデュエルをしていれば確実に負けていただろう、自分は為す術なくあっさりと。そう思ったら、腹立たしさにハラワタが煮え繰り返りそうだった。それは自分をからかうように去っていったWにではない――他ならない、自分自身に対してだ。

(…俺は…バカか!!俺は何のためにこの大会に参加した!?なんのためにWに復讐してやると決めた!?それなのに、Wの強さにビビってんじゃねぇよ、ふざけるな!!てめぇの覚悟はその程度だったのかよ!!?)

 最初から、間違っていたのだ。あいつの様子を伺うなんてバカげたことをして。あいつの強さなんて関係ない、自分にはあいつを倒して敗北の屈辱を味わわせ復讐するしかないのだ。そのためだけにあいつの目の前に立ち塞がる、自分の総てをぶつけて、あいつを倒す。

(覚悟が――足りないっていうのなら、他の決闘者とデュエルするんだ。自分の力に自信を付けろ、俺は絶対にあいつを倒さねぇといけねぇえんだ――絶対に)

 ドカッと一際大きな音をさせて、凌牙は壁に打ち付ける手を止めた。はぁはぁと息が切れた、もはや痛みは感じず、赤い雫だけが地面にポタリポタリと落ちた。
 それをぎゅっと握り締めて、凌牙は歯を食い縛る。自分への腹立たしさ、Wへの憎しみを飲み込みそれを力へと変えるように。

(…W、今度お前の前に立ったとき、俺は今度こそお前とデュエルする。お前を絶対に倒して、俺は――)








「……W兄様」
 Wが凌牙から離れたあと、表通りを歩いていればいつの間にいたのか、弟のVが背後から声を掛けてくる。
「…Vか」
「あまり目立つ場所での行動は控えて下さい。もし、神代凌牙に見つかって、デュエルすることになったりしたら…」
「わーってるさ、トロンの計画に支障をきたすっていうんだろ」
 Wは肩を竦めてVに言葉を返す。それでもその口元にはニヤリと笑みが浮かんでいた。何かを楽しむような。
「…安心しろよ、あいつがあんな目を向けてくる限りは、俺は凌牙とデュエルしようなんて思わねぇから」
「…W兄様?」
「俺のファンサービスは希望に満ちた状態から絶望に突き落とすことに意味があるんだ――あんな目のやつを叩き潰したところで、意味なんてねぇからなぁ」

 Wは顔を上に向ける。そのまま鼻歌でも歌いだしそうなほど、Wは上機嫌だった。横で不思議そうにVが首を傾げるのも気にせず、そのまま深呼吸でもするように両手を広げた。

「凌牙――もっと俺に憎しみの感情をぶつけてこいよ、てめぇにはそんな目がお似合いだ、復讐に満ちたその目、ぞくぞくするぜ――それを俺の手で叩き潰し、絶望を与えてやったら、なぁ?」

 お前は、どんな美しい顔をするだろう。そう考えただけで笑いが止まらなかった、その時を今か今かと待ち望んだ。そのための舞台を、自分は彼に用意したのだ。
 だから。








「――見つけたぜぇ…W、俺はお前に今ここで、復讐してやる…!!」
「復讐ねぇ…いいぜぇ、好きだよ俺は、そういうのが」


 俺たちが対峙したその場所が、始まりであり終わりなんだ。













----------
某MAD見ていたら無性にW凌が書きたくなったので





[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ