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□モノクロセカイ
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※56話ネタ。過去捏造、捏造解釈を含みます











モノクロセカイ







 その人の瞳が空色だったのを覚えている。差し出された手の向こうで彼は太陽のように優しく明るく微笑んでいるように、その時の俺には、見えた。


 俺と彼、クリストファー・アークライトことクリスが出会ったのは、俺が父親の元に連れ戻されたすぐの頃だ。弟のハルトを失い焦燥に浸っていた俺に彼がデュエルを教えてくれたのは。元々デュエルの知識はあったし腕にもそこそこ自信があったのだが、俺は彼の足元にも及ばなかった。彼が一つのカードを効果を出せばそれは連鎖のように繋がって次々と結果を齎していく。それに俺は翻弄されているうちに負けてしまっていた。
「…強くなりたいか、カイト」
 倒れ込んだ俺に手を差し出し、その手を掴んだ俺の腕を引き上げながらクリスは言った。よろけながら立ち上がった俺に見せた視線は先程の穏やかなものではなく鋭い強さを感じた。
「君が強さを求めるなら僕が教えてあげよう。君に守りたいものがあるのなら」
「…守りたい、もの…」
 俺の頭には瞬時にハルトの姿が浮かんだ。俺はクリスにしっかりと頷いていた。

 それから、俺はクリスと何度もデュエルをした。クリスの教育方針として実戦を通して相手から盗むことが一番大切だと言われたからだ。俺は当然負け続けたけれど対戦を重ねるごとにクリスの戦略を肌で理解していった。
 もちろん気になることを問えばそれにクリスもしっかりと答えてくれる。
「…カイト、僕がデュエルで大切にしていることは繋がりだ」
「…繋がり、ですか?」
「例えば一つのカード効果でもたらした結果があったらそれを次の効果に生かしていく。このカード効果を使えるようにするにはこの場はどうなっていなければならない、どうすればこのカード効果を有効に使うことが出来るか、それを考えることは相手の手の内を読み先の展開を予想することに繋がるからだ」
 変幻自在に見えたクリスのデュエルにもタネという理屈はある。それをその時の手札でどう発動させていくか瞬時に読み解いていくためには自分のデッキのカード効果をしっかり把握しなければならない。
「カードを生かすも殺すもそれを扱うデュエリストによるということだよ」
 だから、クリスの戦略に隙はない。どんなカードが手札に揃おうとクリスはその特性を生かしきってデュエルを優勢に進めるのだから。
 俺はクリスの話を聞きながらおもむろに自分のデッキを眺めた。そのデッキを組んだのは確かに俺自身であったが元となるカードを提供してきたのはMr.ハートランドという胡散臭い男だ。だから必然的にその嫌悪から自分のカードの特性を把握できていなかったのかもしれない。
 自分が強くなるためであれば自分のプライドも嫌悪も捨ててやろうと、俺は必死にデッキを組み直しクリスとデュエルを重ねた。次第にクリスのライフポイントも削れるようになり、いつか絶対に超えてみせると思い始めた矢先。

 クリスは、研究所を出て行った。
 引き止めたが彼は何も語ってはくれなかった。ただ、いつもの穏やかな彼からは想像も出来ないくらいの敵意を彼から向けられた。その意味も、彼は教えてくれなかった。俺の、強さを与えてくれた心の支えは、雨音の中消えてしまった。

 そしてその直後、俺自身にとっての転機も訪れる。
 俺がクリスの元とは別に通っていたデュエリストの養成所にいた一人が、急に見たこともないエクシーズカードを出し人が変わったように暴れだしたのだ。俺はその相手とデュエルをし辛くも勝利した。そいつが医務室に担ぎこまれた直後、俺は例の胡散臭い男、Mr.ハートランドに呼び出された。
「…カイト、先程の男のことだが、どうやらこのカードが原因のようだ」
 そう言ってみせられたカードは暴れだした男が持っていた見たこともないエクシーズカードで厳重にガラスケースに入れられていた。
「このカードを手にした人間は己の欲が邪悪に支配され更に膨張してしまうのだ」
「…仰っている意味が、よく分からないのですが」
「ようするに異世界の力が宿ったカードということだ。カイト、君の弟――ハルトに宿る力と同様にね」
 ハルトの名前に、俺は思わずハッとして顔を上げていた。そんな俺を見て、Mr.ハートランドは笑みを深くした。
「…調査の結果、このカードはある一点から100枚飛び散ったようだ」
「…100枚」
「そして更に、その力があればハルトの病気を治せるかもしれないと分かってね」
「…っ…本当ですか!?」
 俺は思わずあげていた声を唇を噛み締めることで耐える。それでも遅すぎた。その反応は明らかにMr.ハートランドの俺への格好の餌となった。
「…どうだろうか、カイト、君の手でそのカード――ナンバーズを回収するのは」
「……俺が?」
「君の最近の成績の素晴らしさは知っているよ。君ならきっと誰よりも早くこのカードを集めきり、ハルトの病気を治すことが可能ではないかな?」
 それは――可能性であり確実ではなかった。少なくともその時点ではナンバーズカードを集めきればハルトの病気を治すことが出来るかもしれないという可能性の一つにすぎなかった。
 それでも俺は足踏みなどしていられない。可能性があるのならそれを求めて確かめるだけだ。そのためにクリスから得た力なのだから。
「……分かりました。俺がナンバーズカードを総て回収してみせます」
 それが例え罠で利用されるだけに過ぎないとしても。


 初めて魂ごとナンバーズを回収したとき、自分の手の中で簡単に弾けた魂を見て、その呆気なさに驚いた。こんなに簡単に人の心は壊れてしまうものなのかと。しかし同時に恐怖もした、目の前に生気のない人間が倒れているのを見て、そうさせたのが俺自身でありもうこの人間が元に戻ることはないのだと理解して。
「……カイトサマ…」
「…行くぞ、オービタル7」
 それでも俺には振り返ることは許されなかった。自分の選択を信じ、可能性を求めてナンバーズを回収することしか出来なかった。

 誰かは俺のその選択を、哀れだと言った。
 誰かは俺のその選択を、悲しいと言った。

 俺自身はそんな感慨を抱いていなかったし、興味はなかった。償いが必要であれば総てが終わったときに果たそう。それまで自分の前に立ちはだかるものは総て敵だと認識して。
 それでも――この強さを与えてくれたクリスがその存在として現れたときは流石に我が目を疑った。
 クリスは俺が無理していると変わってしまったと言っていたが、俺から言わせればクリスも随分と以前より変わってしまったように思った。それでもハルトを浚った人間として敵意を含めた俺の視線をクリスは柳のように受け流した。そしてまた、分かれた時と同じように何も語ってはくれなかったのだ。
 俺にとってはデュエルとは何だろうか。
 俺にとってデュエルで強く在るということは、ハルトを守るために必要なことであり延いては自分の存在意義とも言えるだろう。ではデュエルそのものに関してはどうだろうか。俺は何のためにデュエルをするのだろう。もちろんハルトを救うため守るためには違いない、ではその先は、ハルトのため以外にどのような意味があるのだろうかと。
 その答えを、教えてくれたのは久方ぶりになるクリスとのデュエルでだった。
 俺を勝利へと導いた一枚のカードからだった。

『未来への想い』

 俺の父であるDr.フェイカーから与えられ、俺がデッキに入れながら一度たりとも使ったことはなかったカード。
 今まで引いたとしても墓地に送るカードの一つとして扱っていたカード。
 それでも頑なにデッキに入れ続けていた自分を、俺自身もよく分かっていなかったが、そのカードがキーカードとなりクリスに勝利したことで俺はやっとその意味に気付いたのだ。

 俺はずっと親父を憎んでいた。周りから天才と持て囃され俺たち兄弟を辺境の別荘に放置した勝手な父親のことを。急に俺たちを必要だと無理矢理連れ戻し、ハルトに元々備わっていた異世界の力を使わせてハルトを苦しめ、そのハルトを利用して俺にナンバーズ回収をさせたことも。最低の人間だと非難し、あんな男を親だとも思っていなかった。そう思っていた。
 でも違ったんだ。俺はただ、俺たちを見ようとしない奴の視線をずっとこちらに向けさせたかったんだ。ただのお荷物や道具としか思っていないあいつの視界に入って目のもの見せてやりたかっただけなのだ。だから奴から貰ったカードをデッキに入れ、ナンバーズハンターになってでも、自分から奴の元を離れないようにした。そんな俺の感情は父親に向けるそれとは違うのかもしれない、しかし、俺が奴に対してそう思うのも結局、俺が奴を父親だと思うがゆえなのだ。
 クリスとのデュエルは、俺にそのことを教えてくれた。
 俺がデュエルをする本当の意味を知ることが出来たのだ。


 俺はクリスに勝利し、負けたクリスは悲しそうに笑っていた。
 それから彼にとっての父親への想いを吐露し、それはあまりに俺にとっての父親への想いと違っていた。

「…クリス、一つだけ問いたいことがある」
「…なんだ?」
「あなたはあの子供、トロンを自分の父親だと信じ復讐に従ったそうだな」
「ああ…」
「…その、トロンが偽者だとは思わなかったのか?」
「……その答えは逆に問い返そう、カイト。例えば君の目の前からハルトがいなくなり、性格が壊れて戻ってきたハルトを君は偽者だと思うか?」
「…それは…」
「私には無理だったんだ、カイト。トロンを父さまだと認めないことは、父さまが死んだことを認めてしまうことになる。私には、それがどうしても無理だった」

 苦しそうに微笑みながらクリスはそう言った。そう言ったのち、突如現れた渦に飲まれてその姿を消した。
 それを俺は黙って見送ったあと、オービタル7に命令しそのステージを後にすることにした。胸の中にはいくつかの想いが、渦巻いていた。

(…俺は、逆にあなたが俺の知っているクリスではないと思った。何故ならあなたのデュエルには繋がりがなかった。ダイソン・スフィアの能力だけに頼ったあなたの戦い方は、俺の知っているあなたではなかったから)
 何故、彼がそんなデュエルをしたのかは分からない。もしかしたら、それしか出来なかったのかもしれない。あのクリスは、本当に自分の知っているクリスではなかったのかもしれない。
 しかしもう、そんなことはどうでも良かった。
(…あいつの言葉の受け売りというワケではないが――俺たちは一度デュエルをした、そして俺はあなたの内側を知りその意志を受け継いだ。もう敵同士ではないということだ)
 宇宙を模した空を旋回し、俺は次のステージに向かった。その口元に、小さく笑みを浮かべて。

(…そうだな、俺がハルトを救い、Dr.フェイカーととも決着をつけたその時は――もう一度、デュエルをしよう、クリス)

















 その想いはもう二度と、叶わないとも知らずに。





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