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□不器用な人形遣い
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※57話ネタ。捏造設定を含む











不器用な人形遣い







 そっと触れてきた指はひんやりとしていてとても冷たかった。まるで体温などないように、まるで人形の手かのように。
 そんな手で頬を撫でられ顔を上げれば、僅かにニッと微笑まれた。

「…大丈夫、大丈夫だよ…君に足りないものは、全部全部、僕が埋めてあげるから」

 そう言われて、そのままぎゅっと抱き締められた。自分の身体を包み込むその腕はやはり冷たく、それでもじわりじわりと、自分の中に何かが流れ込んで来るのが分かった。
 それに身を任せるように――そっと瞳を閉じた。







「…トロン」
 呼ばれて振り返れば扉の端からこちらを伺っている姿が見えた。淡い赤色のふんわりとした髪の持ち主に、トロンは笑みを浮かべて「なんだい、V?」とその相手をこちらに来るように促した。呼ばれた少年――Vは、遠慮がちにしかし真っ直ぐ背筋を伸ばして部屋に入ってくると、トロンの座っている椅子の横に来た。トロンが視線を向ければ、Vは少し迷いながらも口を開いてくる。
「…カイトたちとの、デュエルですが――勝てませんでした、すみません」
「いや、かまわないよ。時間稼ぎは十分出来た。ハルトの力を僕は手に入れることが出来たからね」
 そう言いながら、トロンは肘掛に乗せていた手の掌をおもむろに上に向けた。するとそこに、急に丸い光の渦が出来始めて、周囲の空気を飲み込み始めた。Vは思わず目を見開く。
「…トロン、これは…」
 それでもその渦が掌の幅より大きくなる前に、トロンは掌を閉じてそれを消滅させた。そして改めて、Vに視線を向けた。
「見ての通り、計画は順調に進んでいるから大丈夫だよ、V。むしろ君たちはいい働きをした」
「そう、ですか…」
 そんなトロンの返答に、それでもVの表情は冴えない。やはり何か言うことを躊躇っているようで、トロンが「V?」と問い掛ければ。
「…あの、トロン。W兄様は、あの後どうされたのでしょうか?」
 Vはおずおずとそんなことを言ってくる。まさかVの兄、Wのことを聞かれるとは思わなかったのでトロンは目をパチクリとさせた。
「Wなら…部屋で休ませているよ、力を少し使いすぎたみたいだし、感情も昂ぶりすぎたようだったから」
「…そう、ですか…」
「Wのことで、何か気になることでも?」
 トロンがそう問い掛ければVは「…はい」と言葉を続けてくる。
「…今日のデュエル中に、兄様が仰っていたので、『俺たちが受けた苦しみを忘れたか』と。確かにDr.フェイカーのせいで父様はいなくなり、僕たち兄弟はバラバラにならざるを得なくなりました。それでも兄様のその言葉がどうしても引っ掛かって――」
 複雑に絡み合った糸を解くように、慎重に言葉を選んで、Vは自分の考えを口に出していく。答えはまだ彼の中に出ていない、だからこその言葉にも聞こえた。
「僕は――W兄様とは違う施設に預けられたので、その後、W兄様の身に何があったのかは知りません、あの傷の理由も。でも、あの言葉はまるで――」
「……V」
 そこで、トロンはVの言葉を遮るようにその名を呼んだ。その声の低さに、Vの身体がピクリと震える。
「あ……」
「…それ以上はダメだよ、V。それ以上は、君の踏み込むべき領域じゃない」
「す、すみません…トロン…」
 Vはそう言いながら身を縮こませて一歩後ろに下がる。Vは素直だから、それ以上、自分に詮索してくることも誰かにこの話をすることはないと、思うのだが。
(…それでも、用心に越したことはないか。Vは丁度、九十九遊馬のことを気に掛けているようだし、ハルトから奪ったこの力を、紋章の力に応用させるのも試さなきゃと思っていたしね)
 トロンはおもむろに自分の掌を見つめる。その口元にニッと、笑みを浮かべて。





 そっと触れた少年の頬はまだ暖かかった。総てを失い、脱け殻になっていてもまだその身体には血が通っていて、足りないものを満たしてあげればまた動くことは出来るだろう。
 だから、その身体を抱き締めた、足りないものを与えるために、生きる意味と行動する理由を与えてあげた。

(…君はまだ動ける、大丈夫、僕の人形にだって、なることが出来るんだ)








 灼熱のマグマフィールドに浮かぶ二つの影、対峙しているはずの二人にぼんやりと浮かんだ少年が、片方の影を煽った。
『僕が神代凌牙を操る理由はDr.フェイカーを倒す刺客とするため、君たち兄弟よりも、凌牙の方が――』
「…っ、ふざけるな!!俺は認めない!!断じて認めない!!こんなやつより俺の方が強いって証明してみせる!!Dr.フェイカーを倒すのはこの俺だ…!!」
 絶叫するような影――Wの言葉に、対峙している凌牙も明らさまに眉を寄せてWを睨み付ける。
「…おい、W!!Dr.フェイカーだかなんだか知らないが今、お前の目の前にいるのは俺だ!!しっかり俺を見やがれ!!」
「うるせぇ!!凌牙!!てめぇに何が分かる!!」
 凌牙の言葉に、Wが食って掛かってくる。いつもは逆の立場なだけに、凌牙ははっと笑い、少し冷静さを取り戻したようだった。
「なんだぁ?不幸自慢でもしたけりゃ話してみろよ。それでも俺のお前への復讐心は変わらないと思うがなぁ!」
 煽るようにそう言ってやれば、Wは凌牙を睨み付けた後、ハハハッと乾いた笑いを零す。
「いいぜぇ、凌牙!俺たちがなぁ、俺がDr.フェイカーを憎む理由、それは――」
 しかし、Wがそう声を荒げた直後、急に表情が一変する。怒りに歪んでいた顔から急に表情が抜け落ち、代わりに戸惑うような表情が浮かんだ。
「…っ、ぁ…おれ、が…あいつを憎む、のは…やつ、がわたし、を…裏切り、すべてを、奪われ…だ、から…」
 途切れ途切れに聞こえてくるWの声に、凌牙は意味が分からず眉を寄せる。しかし、凌牙とWのデュエルを伺っていた遊馬たちには、その違和感が何となく分かったようだった。
「……おい、アストラル」
“ああ…今、Wが口に出した、彼がDr.フェイカーを憎み、復讐しようとする理由、それは――今はトロンとなっている、バイロンの憎しみ、そのものだ”



『――W』
 先程までとは打って変わり、頭を抑え荒い呼吸を繰り返すWに、後ろから少年の影、トロンがそっと囁き掛ける。
『…理由なんて、どうだっていいから、早く凌牙を闇の中に突き落としてやってよ。君は君の役割を全うしなきゃ』
「…っ、おれの、役割…」
 その言葉に、Wの乱れた呼吸は次第に納まっていき、最後に大きく呼吸をした後――余裕は戻っていないが、再び鋭い視線を凌牙に向けた。

「…御託はいい、デュエルを続行するぞ凌牙!俺はお前を、絶対にぶっ潰す…!!」




『……そう、そうだ。君はそれでいいんだよ、W』
 ジッと乱れた映像のようなトロンの姿が宙に映る。Wから少し離れた、その声が誰にも届かないであろう場所から、目の前の少年に噛み付くようにデュエルをするWの姿を見て、微笑みながら。
『Wが預けられた施設で何があったのか、正直僕も知らない。だが、見つけてきたWは心がボロボロに壊れていて、自分の意志で動くこともままならなかった』
 トロンはそっと正面に手を差し出す。それはあの日――ボロボロのWに向けて差し出した時と同じように。心はぐちゃぐちゃに壊れ、脱け殻だったけれどその身体の温もりはまだ残っていた頬に触れた時と。
『…だから、僕の記憶を少しだけ分けてあげたんだ。Dr.フェイカーを憎むこの気持ちを。そうすればそれが脱け殻だったWの生きる意味になるから、動く理由になるから』
 それがWを操る、糸になったのだから。

 トロンはニッと笑みを浮かべると差し出していた手をぎゅっと握り締めた。

『さぁ…やっちゃいなよ、W、神代凌牙を僕の新しい人形にするために、君にはたくさん働いてもらったからねぇ、終わったら僕が与えた記憶は全部返してもらう。そしたらまた脱け殻になってゆっくり休むといいよ』


 僕は不器用だから、二つの人形を同時に操るのは難しいんだよね――そんな言葉を、後に残して。








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