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□歪んだ愛をあなたへ
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 兄とWさんは大会を順調に勝ち進み、それぞれ一日目を終えた。早くも周りでは決勝戦は神代凌牙とWになるのではないかと噂が立ち始めていて私はそわそわしだしていた。二人が勝ち進んでくれたら私はそれは嬉しい、それでもいざ二人が対決した時、しかも全国大会決勝という舞台でそうなった場合、私はどちらを応援すればいいのだろうかと思った。迷わず兄だろうと思ったが、Wさんにも勝ってもらいたいと思ってしまう。
(うーん、でもやっぱり始まったら凌牙かな…やっぱり一番近くて頑張っているの見てきたし)
 いくらバカにされて憎まれ口を言い合ったとしても、結局自分たちはずっと一緒だった兄と妹なのだ、兄のことは心からすごいと思っているし、デュエルチャンピオンという夢を叶えて欲しいと思う。


「―――さん」
 そこまで考えていたところで不意に名前を呼ばれて振り返る。するとそこにはWさんがいた。いつものにこりとほほえむ笑顔、しかし、夕日に逆行だったせいか、とても暗く見えた。
「Wさん!今日はお疲れさまでした!ずっと勝ち進んでいて、すごかったです」
 それでも私が駆け寄ってそう言えば、Wさんは「ありがとうございます」と言って笑った。その手が不意に私の肩に触れた。
 私の胸は思わず強く跳ねた。

「……Wさん?」
「ちょっと、今から一緒にデュエルをしませんか?」
「え?私とですか?」
「ええ、今日強い相手と戦って、明日は更に強い相手に勝ち抜いて行かなければいけない、だから少し、リフレッシュしたいんです」
 私は、夢でも見ているのかと思った。あのWさんが私を必要としてくれている!私とデュエルすることをリフレッシュだと言ってくれている。そのことに私の心は踊り、デッキを握り締めて喜んで!と頷いていた。
 Wさんがまた笑う。その笑顔が明らかに今までと違っていることに、浮かれていた私は気付くことが出来なかった。



 Wさんは誰にも邪魔されない場所がいいと人通りの少ない裏路地でデュエルすることになった。ドキドキ早まる鼓動を深呼吸をして抑えながら、私はデュエルディスクを構えた。
 ドロー。
 モンスターをセット。

「…そういえば」
 そこで不意にWさんが声を掛けてきて、私は思わず顔を上げる。
「…優勝候補の神代凌牙、彼はあなたのお兄さんだったんですね」
 一瞬、ドキリとしたけれど隠すこともないと思ったので「はい」と頷いた。

 カードを二枚セット。
 ターンエンド。
 Wさんのターンに移る。
 ドロー。
 モンスターを召喚。

「それを聞いてなるほどと思いました。あなたがわざわざ遠くのブロック予選で勝ち抜いて全国大会へ行こうとした理由、そのブロックでは兄が既に内定していたから」
「…私も、予選は出ましたよ。でもブロック予選にも進めませんでした」
 そう言いながらも、Wさんはどうしてこんなことを聞いてくるのだろうかと思った。

 Wさんのモンスターが私の裏守備モンスターに攻撃。
 私は罠で防ぎ、Wさんのライフポイントにダメージを与える。
 Wさんはカードを二枚セット。
 ターンエンド。

「…悔しかったですか?」
「え?」
「兄がいるだけで回り道が必要だったことに、自分は大会に出れないのに、兄は出れるということに」
「そんなこと…!だって私は凌牙が今までどれだけ頑張ってきたか知っているもの!だから凌牙が選ばれて当然なの!私は、私は…凌牙がデュエルチャンピオンになれたらって、心から…!」
「…どうしてあそこにいるのが私じゃないのって、一度も思ったことはありませんか?」
 声を荒げる私とは違いあくまで淡々と告げてくるWさんの言葉にぎゅうと胸が締め付けられるように痛かった。
 なぜ、そんな、ことを言うのか。

「……Wさん、なんでそんなことを言うんですか」
「いえ別に、哀れだと思っただけですよ。優秀な兄弟を持てばそれだけ押し潰される可能性もあるということ。我慢はいけません、あなたの本音、曝け出してしまっていいですよ」
 そう言って、にこりと笑うWさんがやはり私は何処かおかしいと思った。Wさんがこんなことを言うはずがない、言うはずがないのに。
「……我慢、なんてしてない。私は凌牙が大好きだもの、凌牙に頑張ってほしい、勝ってほしいって私は…」
「『凌牙なんて負けてしまえばいい、負けて悔しがって私と同じ気持ちになればいいのに』」
 Wさんの言葉に私は思わずハッとする。Wさんの顔を見れば見たことない笑みを浮かべていた、こんな笑顔知らない、こんな厭らしい笑顔のWさんを、私は知らない。
「図星、でしょう?」
「ち、ちがう…!なんで、なんでそんなこと…!」

 私のターン。
 ドロー。
 モンスターを召喚。
 バトル。

「…それは、僕があなたと一緒だからです」
「……え?」
「僕にも優秀な兄弟がいましてね…仲良くもしてましたが、心の中では嫉妬や嫉みの渦でした。だから、分かるんですよ、あなたの気持ちが」
「わたしの…きもち?」

 Wさんはにこりといつもと同じ笑みを浮かべた。

「大切と好きは、同義語じゃないんです」


 魔法カード発動。
 その直後、目の前は炎の渦に飲まれた。






 熱くて苦しくて、身体が動かなかった。誰かに支えられて身体が動いているのは分かったが、それが誰かも分からない。朧気な意識の中、それでもその声は聞こえた。

「…トロン、これはどういうことだ」
「あのカードを発動させたようだね、よくやったよW」
「ふざけるなよ!!俺はこいつに取り入るだけでいいって言ったじゃねぇかよ!!なんでここまでした!!??」
「必要だったから」
「…そんなわけ、あるか…!」
「それよりW、人が来ないうちに早くこっちへ。あ、その子は置いてね」
「はぁ!?ふざけるなよ!?こんなところに置き去りにしたら――」
「そうだね、死ぬかもしれないね、でもそんなのどちらでも構わないよ」
「…っ、トロン…!」
「重要なのは…結果だって言っただろう?さぁ、W…」
「いや、だ…!やめろ、トロン!!いやだ!!やめてくれ…!!」

 不意に身体を支える腕が無くなり、その場に倒れこんだ。暑い、苦しい、身体中の痛みは、もはや感じない。

「―――!!―――!!」

 何度も私の名前を呼ぶ、Wさんの声が聞こえた。それが心地よくて私は僅かに笑っていた。
 大好きな、あの人の声を聞けて。




 私はそのまま全身大火傷を負ったが、奇跡的に一命を取り留めた。兄は明日も大会があるというのに病室に来ては何度も手を握ってくれた。弱々しい声で、私の名前を呼んでくれた。私は僅かな力でなんとかその手を握り返す。すると凌牙がハッと顔を上げるのが空気で分かった。そんな凌牙に私は告げた。

「…凌牙、絶対、優勝して――私は、大丈夫だから」

 凌牙が確かに頷き、手をぎゅっと握るのが分かった。その手は震えていた、どうしようもないくらいガクガクと震えていた。こんな状態でデュエルをして、冷静な判断が出来るだろうかと思うくらい。
 それでも私は凌牙を止めなかった。大会に行かないようにはしなかった。きっとそれが、Wさんの目的なんだろうと思ったから、自分の対戦相手になるだろう凌牙の、妹である私に取り込み、精神ダメージを与えるという。だから、私は敢えて凌牙を行かせた、勝てるとは思えない大会に臨ませた。

 私は、凌牙が勝てるとは全く思っていない、むしろ負ければいいとさえ、思っていた。負けて、苦しみ、大切なものを失えばいい、そうすれば、私の心は満たされ、私の欲しいものは手に入るのだから。

(Wさんがね、私の名前を呼んでくれたの、何度も何度も。その必死のWさんの声を私は初めて聞いた、私の知らないWさんだったの、そしたら気付いたんだ、私は、Wさんの心の壁の内側を見れたんだって。だからね、私、感謝しているよ、凌牙)

 私、凌牙の妹でよかった。
 デュエルの強く、Wさんがターゲットとした選手が凌牙で、よかった。
 きっと、Wさんは私を忘れない。勝利の代償として不要に傷つけた私のことをきっとWさんは忘れない。それだけでどうしようもなく嬉しかった。私はあの時あの瞬間から、Wさんの特別になれたのだから。



 頬につーっと涙が伝った。
 どうしてだろう、こんなに満たされているのに、こんなに嬉しいのに。
 どうしてこんなにも、苦しいんだろう。







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