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□傷痕
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※WDC後の話、捏造注意











傷痕







 その少女と顔を合わせるのは一年ぶりだった。正直、もう彼女の目の前に立つことは、ないと思っていた。



「――そう、負けたんですか、凌牙に」
 こちらに背を向けた少女がポツリと言葉を紡ぐ。濃い青色の髪が風になびき、それを片手で抑えている。もう片方の手は松葉杖を掴んでいた。彼女は未だ、満足に一人で歩くことは出来ない。
 それでも彼女は訪ねてきた自分を病院の外に連れ出した。他の患者や医師も周りにいる、まるであの狭く四角い病室では自分の話を聞きたくはないと言いたげに。

「…ああ」
 Wは少女に短く言葉を返した。
「…そして凌牙に、謝るなら俺だけでなく妹にも言えと言われた」
「……だから、私のところに来たってこと」
 少女はWに背を向けたままだった。手足にはまだ包帯が巻かれていて、顔にも右目を隠すように白い布が覆われている。それでも最新の医療技術の賜物と言うべきか、露出している肌は全身大火傷の重傷を負ったとは思えないほど綺麗に癒えている。髪に至っても、当時の長さまではいかないまでも肩に触れるほどには伸びていた。

「…俺は別に、凌牙にもあなたにも許されたいとは思っていない。俺を恨んだままでも構わないと思っている」
「…だったら、謝る必要もないんじゃないの?」
「……それは、いろいろこっちにも事情があるんだよ」
 少女の返答に、Wはバツの悪そうな顔でそう返す。勝手な言い分であるのは自分でも分かっていた。それでも自分が口を滑らせて凌牙に、彼ら兄妹へやったことが父親の命令であることを知らせてしまった。だとしても自分に向けられた憎しみを父親に移して欲しくない、そうするには凌牙に謝罪してでも父を憎まないで俺を憎めと伝える方法しかWには思い浮かばなかったのだ。
(…んで、その凌牙は自分だけでなく妹にも言わないとダメ、だからな…)
 だからこうして、凌牙の妹の元に現れた、もう顔を合わせるつもりも謝罪をするつもりもなかった彼女の元に。

 Wは少女の背に視線を細めた後、一歩踏み出し、そのまま少女の正面に回り込む。包帯に隠れていない少女の左目をしっかりと見つめて。
「…怪我を負わせて、すまなかった。許してくれとは言わない、俺を一生憎んでくれても構わない。それでも、悪かったと思っている」

 伝えられることはそれだけだと思った。それだけ伝えられたらそれでもう終わりだと。後は彼女が自分をどう思おうと構わないと、自分には関係のないことだと、思っていた。

 しかし、Wを目の前にした少女は、その、包帯に阻まれていない左目でじっとWを見ている。兄の凌牙よりは淡い、マリンブルーの瞳にWの姿を写して――それからそっと、松葉杖を持っていない方の手を、伸ばしてくる。
 それは、Wの右頬の、十字傷に触れた。

「…これ、あの時に出来たんですか」
 ぱっくり開いたその傷は見た目ほど痛みを感じない。Wは短く「ああ」と答えた。
「ここまで綺麗に割れていたら、むしろ簡単に治るんじゃないかな…」
「……いや、この傷は、治すつもりはない」
 少女の手が離れる。視線を僅かに細めてそう言えば、少女はチラリとWに視線を合わせた。
「…けじめとか、そういう?」
「ただの俺自身への戒めだ。別に同情を求めたり、見せ付けているつもりもない」
 Wの答えを聞いて、少女は僅かに視線を落とす。
 それから少し、眉を寄せた。

「……Wさんは、そうやって、私に謝って、傷を見せて、全部終わりにするつもりなんですか」
 そして唐突に口を開いてきたことに、Wは思わずハッとする。
「いや…だから、俺は許されるつもりはないって、憎んだままで構わない、俺はもう二度とお前たち兄妹には関わらないって……」
「…ホラ、そうやって私たちから逃げようとしてる。私との関係を、終わらせようとしている」
 少女の視線は鋭くはない。むしろ何処か苦しそうな目でWに訴えかけてきている。まるで縋るように。何故。彼女からすれば、自分ともう関わりたくはないのではないかと思ったのに、だからその話を切り出したのに。
 彼女の言う通り、彼女との間にあった関係を終わらせにきたのに、彼女がそれを、望んでいると思って。

「…そんなの、私は望んでいませんよ」
 少女のその言葉に、Wはハッと顔を上げる。少女はそんなWを見て僅かに微笑むと、おもむろに彼女の頭に巻いている包帯に手を掛けた。彼女の右目から頬に掛けてを隠した包帯を覚束ない、それでもゆっくりとした手つき外していく。それが露になっていく度に――Wの顔は少しずつ引きつっていった。
 パサリと包帯が外れる。少女の右目がパッチリと開いてWを見つめた。その右頬には――くっきりと痛々しい火傷の跡が残っていた。
 まるで、Wの傷跡と対応するかのように。

「……っ、それ、は…」
「わざと、残したんです。Wさんが、私を忘れないように、私から離れてしまわないように」
 目を見開き、身体を強張らせるWとは対称的に穏やかな表情、笑みを浮かべて少女は言う。Wの手を取り、それをそっと自分の頬に触れさせる。ざらりとしたその傷跡を、その心に刻み付けるように。

「…こんな傷がある女の子なんて、誰も相手はしてくれないですよね」

 ギクリと身体が震えた。それでもWは少女の言葉を察して、ぐっと唇を噛み締める。
 それが、少女の選んだ道だというのなら、それが自分の行動の結果だというのなら。
 自分は。

「…名前、呼んでくれませんか?」

 少女にそう問い掛けられて、Wは少女の頬に触れている手を滑らせると、その髪を撫でながら屈み込み、そっとキスを落とす。火傷の後遺症か無理矢理伸ばしたせいなのか決して綺麗とは言えない髪をそっと撫でながら。

「――…リオ、」


 その声に、彼女は嬉しそうに微笑んでいるだろうか。
 もしかしたら自分と同じように、歪な笑みを浮かべているかもしれない。

 こんな傷が無ければ保てない、縛り付けなければ終わってしまうような、自分たちの歪んだ関係に。








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