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□ティータイム
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ティータイム







 Vはいつも女みたいな顔で笑っている。物腰柔らかく女みたいな仕草を見せる時がある。無意識なのかそれともそういう趣味でわざとそう振る舞っているのかは知らないし、俺は興味なんてなかった、けれど。
 あいつは時たま、本当に急に男の顔を見せる時があった。感情が昂ぶった時やとっさの仕草に、あいつの隠しきれない男の部分をみる時がある。
 それに気付くたびに思うのだ、あいつはどうしていつも女っぽく振る舞うのだろうかと、どうして素の男の部分を見せないのだろうかと。
 自分を抑え込むことは、とても窮屈なことなのに。






「…W兄様」
 その日、俺は帰宅してすぐVに捕まった。明らかに不機嫌そうな顔をこちらに向けていたけれどその意味も理由も俺には分かっていた。
「…なんだよ」
「またお戯れに興じていましたね?あれほど僕が立てたスケジュール通りに動いて下さいって言ったのに」
 そして案の定の返答をしてくる。それに俺は溜め息を吐きたくなった。
「いいじゃねぇかよ少しくらい。どうしてそこまでがっちりお前に管理されなきゃいけないんだ」
「そうしないと、兄様が勝手に何処かへ行ってしまうと思うからですよ」
 俺の呆れたような言葉にしかしVはキッパリとそう返した。可愛い顔をしているから怒っていてもそこまで怖いとは思わない、しかし、同時に不気味さも感じるのだ、Vを怒らせすぎたらとんでもないことになるのではないかと。
 それでも、俺にはVの言い草の方が気に食わなかった。
「…何処にも、行かねぇよ、俺は」
「嘘です。兄様はそのうち僕らを置いて何処かへ行ってしまいます。だから繋ぎ止めないといけないんです、それで…――」
「行かねぇって言ってんのに、どうして決め付けンだよ!!!???」
 俺は思わずそう声を荒げていた、どうして自分を信用してくれないんだと思いつつ、自分たちはもう家族だというのに。
 しかし、俺の言葉にVはカッと目を見開くと俺の腕を掴み上げて身体を思いっきり壁に押しつけていた。
「…っ、」
 その痛みに思わず声が漏れる。それでもそれのすべてを抑えつけるように、Vに捕まれている手に力が籠もる。視線をあげれば、鋭い目をこちらに向けてくるVが見えた。
 ああ、それはVが素の時の目だ。
「…うるせぇんだよ…あんたは大人しく、俺の言う通りに、していればいいんだよ…!!」

 そこに、いつもの物腰柔らかな弟の気配はない。その容姿にあまりに似合わない汚い言葉を荒げていた声で吐き出していて、俺は思わず、ごくりと喉を鳴らしていた。
 しかし、Vはすぐに我に返る。ハッとして今、俺にしたことを思い出したのか慌ててこちらから手を離し、一歩後ろに下がった。

「す、すみません…兄様…こんな、ひどいことを…」
「……いや」
 抑えつけられた手にはくっきり跡が残っていた、相当スポーツでもしてない限りこんなことは出来ないだろう。もちろん、スポーツに限ったことではないけれど。
「…でも、僕は本当に心配しているんです、兄様。兄様は僕ら家族には大切な存在なんですから、どうかお身体は労って下さい」
「……ああ、俺こそ悪かったな」

 Vの態度は完全にいつも通りに戻っていた。俺が返した言葉にホッと息を吐き、「では紅茶でも入れましょう」とパタパタと給仕室にむかっていく。
 そんな弟の背中を見送りながらパフリとソファーに座り込む。張り詰めた空気からの解放を求めるために、深く息を吐いた。

 俺は、Vという弟のことが苦手だった。嫌いではないが、あまりに自分を取り繕いすぎているせいか、あいつの本音が分からなくて、いとも簡単にあいつの地雷を踏んでしまうことがあるから。その度に素のあいつに罵声を浴びせられる、何より素のあいつはあまりにいつもより、狂暴なのだ。
(Vは……俺たちと義兄弟の契約を結ぶ前は、どちらかといえば不良に近かったらしいな。物凄く優しくて人当たりのいい双子の姉がいて、その姉への劣等感から、全く逆の道を選んで荒んでいた、のに、あろうことかその姉が、Vの身代わりになって死んだ)
 だから、Vが女みたいに振る舞うのは、死んでしまった姉に自分が成り代わるためなのだと以前、トロンから聞いたことがあった。死ぬべきは出来損ないの自分であり姉ではなかったのだと、誰しもが必要としていた姉を殺してしまった罪悪感から、大切だった姉の姿を失ってはならないのだと、その姿を自分自身で体現していた。それでも完璧は無理だから、たまに本当のVが出てきてしまうのだ。

(…バカだな、本当に)
 元々兄弟がいなかった俺には、Vの気持ちはよく分からない、それでもそうやって自分を押し殺し死んだものの写し身に成り代わるなんて、そんなの。

 程なくしてVは戻ってきた。ティーセットにお茶菓子を乗せて、誰にでもすかれる優しい姉を演じながら、そうやって自分を取り繕いながら。
 そんなVが俺は苦手だったが、嫌いではなかった、嫌えるはずはなかった、だから俺も僅かな笑みを浮かべながら、Vのティータイムに付き合うのだ。



 この気持ちがどうか、大切な義弟に届きますようにと。
















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