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□夢しるべ
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※65話捏造








夢しるべ







 静かで真っ白に清潔が保たれている病室、凌牙はそこのベッドでぼうっと天井を見つめていた。特にその先に気になる染みがあるとかではない、ただ医者から絶対安静を言われているから下手には動けないだけだ。とはいえ、衰弱し切っていたその身体はそもそも上手く動かすことが出来なかったけれど。
 WDCの準決勝、凌牙は敗れてそのままこの病院に担ぎ込まれた。肉体的な損傷よりも精神的な衰弱が圧倒的に酷かったのだが、それでも凌牙の心は洗われたように穏やかだった。それはずっと自分を支配し惑わしていたナンバーズの力から解放されたからだろう。そもそもそれが凌牙の衰弱の原因であったし、凌牙の中では何も解決されていないから手放しに喜ぶことは出来ないが、それでも内心ホッとしているのもまた事実だった。医者も今は休息が必要だと言っていた、少しずつゆっくり、気持ちの整理をつけていけばよいのだとも。
(……気持ちの整理、か)
 思えばあの日、WDCに出場するつもりがなかった自分が、出場することを決意したあの時から、自分の心が穏やかになれたことはなかったかもしれない、それほど凌牙は気持ちを酷使しすぎた、感情を昂ぶらせすぎていたのだ。

 ――と不意に、一つの電信音が静かな病室に響く。それは凌牙が寝ているベッドの横のデスクに置いていたDゲイザーだった。ここは病院であるが、Dゲイザーからは精密機械に悪影響を与えるような電波が発せられることはない、だから凌牙も特に気にせずデスクに手を伸ばしてそれを取った。

『シャーク!大丈夫か〜?』
 その、小さな画面から顔を出したのは――凌牙をナンバーズから解放してくれた張本人、学校の後輩でもある遊馬だった。心配そうにこちらを伺っているものだから、「大丈夫だよ」と苦笑して返す。すると遊馬も嬉しそうにニッと笑った。

『なぁ、そっちってテレビが見れたりするか?』
「ああ…一応、備え付けられてあるぜ」
『ハートランド専用チャンネルとか映る?』
「あー…でも、ここは一応、ハートランド内にある病院だから映るんじゃねーかな…」
 身体を起こし、備え付けの台にあったリモコンを手に取る。ベッドに座っていてもちゃんと見える位置にあるモニターに向かってそれを操作すればパッと画面が映し出されたので、チャンネルを回してみる。
「…あ、あるみたいだな、なんでだよ?」
『…これから、決勝なんだよ』
 遊馬の言葉と同時くらいに、テレビ画面にもWDC決勝の対戦カードが映し出された。遊馬とトロン、トロンは自分にナンバーズを与えた張本人だ。その姿を見て自然と身体は震えた。
「……そうか」
『シャーク、俺、絶対勝つから、だから見ていて欲しいんだ』
 いつになく真剣な目付きで遊馬がそんなことを言うものだから、凌牙は一瞬目を見開く。そこには自分のためだけでなく様々な人から受け取った気持ちを抱いている少年がいて、凌牙には少し窮屈そうにも見えた。
 それでも今更、遊馬の決意をどうこう言うつもりもなかった。凌牙はフッと苦笑を浮かべた。
「…ああ、行ってこいよ、お前のかっとビングで」
『おう!俺のかっとビングを見せてやるよ!!』
 遊馬はそれに力強く頷くとそのまま通信を切った。その機器を暫く見つめた後、凌牙はテレビ画面の方に視線を戻した。

 大会運営委員長であるMr.ハートランドが決勝戦を持ち上げ、そして選手が会場内に入場する。遊馬が連絡してきたのは本当に直前だったらしい、たったさっきまで話していた後輩の姿が今度はモニターの向こうに見える。遊馬対トロン、パッと見はどうにも子供同士の対戦に見えるが、そんな単純な組み合わせではないことは凌牙も分かっていた。
 その証拠とも言える事実として、決勝戦の舞台はスフィアフィールド、ナンバーズ召喚に優位なフィールドだった。まるでファイナリスト二人がナンバーズ遣いであることを見越したようなフィールド設定に、凌牙も僅かに眉を寄せた。もしかしたら今回の大会の裏側では自分の想像以上の陰謀が潜んでいたのかもしれない。
 そして自分も、その駒の一つに過ぎなかったのではとも。
 そうこうしているうちに決勝戦の火蓋は切って落とされた。

 序盤から二人はフィールド効果を使って続々と自身のナンバーズを召喚していく、それは自分が見たことのあるナンバーズもいれば遊馬はいつの間にあんなナンバーズを手に入れていたんだと思うようなものも含まれていた。ナンバーズは特別なモンスターであるからARビジョンで映し出されるその姿には迫力があり色鮮やかさもある。ナンバーズの正体がなんなのかも理解していないであろう観客さえもその姿にを感嘆の息を漏らしていた。凌牙もその様子を圧巻に思いつつも、トロンの出した一体のモンスターがその身体を強ばらせた。

 それは凌牙が見たことのある数少ないナンバーズの1つ――破滅のアシッド・ゴーレムだった。
 凌牙はそのナンバーズに対してあまりいい印象を抱いていない、というかむしろ嫌悪するというか胸クソが悪くなる。凌牙がそのナンバーズに遭遇したのはそれを操るナンバーズ・ハンターと対戦した時だった。そいつからナンバーズのコントロールを奪おうとして手に入れたのがアシッド・ゴーレム。だが、アシッド・ゴーレムは破滅のナンバーズでありそれを手に入れたことで自分はその巨大なリスクを与えられそれを抱え切れず、そのままそのナンバーズ・ハンターに破れてしまった。だから、そのナンバーズの姿を見るとその時のことを思い出してしまうのだ。
(…あの時の俺は、相手がナンバーズ遣いだと知ってならそれを奪ってやるって気持ちに気を取られすぎていた、それをあいつに逆に利用された……遊馬とした時みたいに、自分のカードでナンバーズを倒してやるってつもりで臨めば、ああはならなかった、はずだ)
 それは自分を負かしたナンバーズ・ハンターへの怒りではなく、自分のデュエルを見失った自分自身への情けなさともどかしさだった。
 しかし――トロンがそのナンバーズを持っているということはあのナンバーズ・ハンターもトロンに負けたということではないか。更に試合前の遊馬とトロンの会話からすると、どうやらそのナンバーズ・ハンターであるカイトは魂を抜かれてしまったのだとも。
 ナンバーズを回収する時はその人物の魂と共に回収しなければならないらしい、そう考えると自分は運がよかった、二度もナンバーズに操られながら、相手が遊馬だったおかげで魂を奪われることはなかったのだから。
(……魂といえば、)
 凌牙はふと、カイトの話をしていた時に遊馬とトロンが同時に話題に出した人物のことを思い出した。それは自分が遊馬から解放される前、準々決勝で対戦した、Wのことだ。トロンの言葉によれば、今はWも紋章の力の後遺症で魂を抜かれた状態なのだという。凌牙がWDCに参加するきっかけというか原因になった人物であったから、そう聞いて気にならないこともなかった。
(…俺は、Wに言いたいことや聞きたいことが山ほどあるし、言わせたいことも山みたいにある)
 だから、というわけでもないが、遊馬が勝つことでその魂が戻るというのなら、遊馬には勝てと心から思った。

 試合の様子を伺い、凌牙がそんなことを考えている間にもデュエルは続行している。トロンが召喚したアシッド・ゴーレムを始めとする三体のナンバーズの攻撃をなんとか交わした遊馬が、今度は次々にナンバーズを召喚していく。そしてその中には、凌牙があまりに見知ったナンバーズが紛れていた。

 羽を広げ空に向かって咆哮を上げる龍――凌牙が最初に意識を囚われたナンバーズ――リバイス・ドラコン。
 その姿に、凌牙は思わず目を見開いた後、それを細めた。

 ナンバーズには発現した人の心の闇を増幅させる力がある。そのせいか、その姿や名前は、その人の心の闇そのものであるイメージがあった。その人の分身とも言えばよいのか。そういう意味でその龍は自分の闇であり自分の心そのものだと感じていた。
 だから、だろうか。その姿を見るとどうしようもなく心が騒ついていた。それが自分の目を逸らしていた弱さであったから、目の前にされると嫌悪に近い気持ちを抱いていたのは。

 だが――その時の凌牙には、その龍がとても雄々しく逞しく見えた。羽を広げ咆哮する姿に、嫌悪など全く抱かなかったのだ。
 何故だろうと考えて、それはもしかしたら、その龍を呼び出したのが遊馬だからかもしれないと思った。かつて自分の弱さを肯定し自分がそれを受け入れ乗り越える切っ掛けをくれた、遊馬がその龍を、自分の分身であり弱さそのものであるその龍を仲間として使ってくれているから。
 身勝手な想いかもしれない、それでも、凌牙にはそれが、自分も遊馬と戦えているような、遊馬の力になれているような、そんな気持ちになったのだ。

(……勝てよ、遊馬)

 誰かのためではなく自分のために。その力に少しでも自分がなれたなら、それ以上に嬉しいことはないのだから。




 『リバイス』という言葉には改めるや修正するという意味がある。自分の心の闇としてあの龍が現れたのは、きっと自分がそれを望んでいたからだろう。もう一度改めたい、出来ることなら自分の間違いを修正したいと。心の奥底で、そんなことは無理だと冷たく言い放ちながら。
 でも、あの時自分は、そんな自分自身を初めて受け入れられたのだ。自分の誤りを認めて、正していこうと思えた。あの龍のように何度だって咆哮し、立ち上がってみせると。

(だから――今はお前のことを、誇りに想うぜ、リバイス・ドラゴン)

 今ならお前のようになりたいと、心から思うのだ。















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