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□キミトキス
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キミトキス







 凌牙はキスが好きだ。
 そういうことをする関係になってから気付いたことがそれだった。実際に好きかどうかは直接聞いたワケではないけれど、少なくとも嫌いではないのだろうとは思う。
 何故なら出来そうな距離になれば必ずといっていいほどしてくるから。ちょっと横に並んだ時とか、人気のない道に入った時とか、二人きりで部屋にいる時なんてしょっちゅうだ。俺も別に凌牙とのキスは嫌いではないから好きにさせているけれどどうしても「どうして」という思いが拭い切れない。
 少し前まで凌牙からは荒々しいキスしかされたことはなかった。唇を今にも噛み千切ってしまいそうなほど鋭く激しく、痛みすら伴うもの。そんなキスが当たり前だったから、今のキスは正直戸惑いを隠せなかった。
 凌牙は決してキスが上手いワケでもない、本当に唇に触れてくるだけであったし、俺が舌を絡めるキスを教えてやってからはそれをすることもたまにあるけれど、大抵は触れ合うだけのバードキス。口喧嘩をして顔が近くなった直後それをされた時はさすがの俺も驚きで目を見開いた。本気で何事かと、何を考えているんだと思うこともあった。それでも凌牙は、何事もなかったような顔をしてくる。それにムッとすることも何度かあった。

 凌牙にとって、俺とのキスは何なのだろうか。凌牙はどうして俺にこんな風に簡単にキスをしてくるのか。そんなことを悶々と考えるようになった。そして俺以外のやつにも簡単にこんなキスをするんだろうかとも。そう思ったら何だか気持ちがすごく沈んだ。あらぬことを考えた頭を左右に振ってその映像を打ち消す。そんなこと考えたくはなかった、それでも自分が凌牙のキスを独占できる立場でもないし、そんなこと有り得ないと思うと、やはり自分以外の相手にも気軽にキスするキス魔なんだろうかと思ってしまう。

 そっと唇に触れた。瞳を閉じれば何度も交わした凌牙とのキスの感触が蘇ってくる。最初は酷かった、それでも今は優しく気持ちのいいキスばかり、それを思い出したら身体が震えた。
 俺は、凌牙のことが好きで、だから、凌牙とのキスはそれと同じくらい愛おしい。

 だから、自分以外にもこんなキスを知っている相手がいるのがどうしても嫌だった。






 その日、俺は凌牙とデュエルをしに部屋に来ていた。外でやったりすることもあるが、自分たちの顔がわりと知られていることもあり、凌牙の部屋ですることはよくあることだった。何度か対戦して勝敗が並んだところで少し休憩することにした。
「飲み物でも持ってきてやるよ」
 そう言って凌牙は一旦部屋を出ていった。床に座っていた俺は身体を起こし、背中にもたれていたベッドの上に座った。そのままバフリとそこに寝転んだ。
(…凌牙のベッド…あいつの匂いとかすんのか…?)
 我ながら気持ち悪いことをしている自覚はあったが、顔を横にしてそのシーツに顔半分を埋める。シーツは変えたばかりなのか太陽の匂いしかしなかった、それでも、自分の意識を鈍らせるには十分だった。
 次第に俺はうとうとし始める。昨日遅くまで仕事をしていた疲れも出てきたのかどっと強烈な眠気が襲ってくる。目蓋が重かった、視界が開いたり閉じたりを繰り返した。
「…W?」
 そんな中、凌牙が部屋に戻ってくる気配がした。名前を呼ばれたけれど意識が覚束なくて起き上がることも言葉を返すことも出来ない。
「…寝ちまったのか…?」
 そのまま凌牙が近づいてくるのが分かった。早く起き上がらなければと思うのに身体が気怠くて動かない。言葉を出したくても口は本当に寝ているかのように穏やかな呼吸を刻むだけだ。

 だが不意に、その呼吸が乱される。その口を抑えるように重なってくる感触――凌牙にキスをされたのだとすぐに分かった。
 ドクンとWの胸が大きく跳ねる。

「…っ…、りょう、が…」
 唇が離れてすぐ、凌牙にそういえば「なんだ起きてたのか」とさらりと言われた。キス、した相手にする態度とは思えないほどあっさりしたもの。それに口がぐっとなる。
「…りょーがって…なんでそんな簡単にキスすんだよ…」
「あ?」
「誰にでもするのかよ、こんな簡単に…っ」

 まるでそれが当たり前の行為のように重ねられた唇。それがあまりに気持ち悪いくらい自然に思えて。
 しかし、そう言った俺に凌牙は少し眉を寄せただけで何を言っているんだという顔を向けていた。

「はぁ?俺がお前以外にこんなことするかよ」
「…………は?」

 そしてその口が言ったことに思わず目を見開く。それってそれってと凌牙の言葉を頭の中で解析するが有り得ないと思う言葉ばかりが浮かび、口をパクパクとさせた。
 そんな俺の様子に不思議そうな顔をしていた凌牙も少しずつ自分の言ったことの意味に気付いてきたのか、カッと頬を赤く染めた。

「ばっ…!!だ、だからって別に!お前としたいからとか、そういうのじゃねぇからな…!」
 その慌て方が逆に先程の凌牙の言葉が本音である裏付けになる。そのことにきっと凌牙も気付いていない。こちらに覆い被さるようにしていた身体を慌てて起こすとそのまま拗ねるようにそっぽを向いてしまった。
 俺もベッドから身体を起こせば、凌牙の耳まで真っ赤になっていることに気付いて思わず苦笑する。そのままその背中にぎゅっと抱きついた。

「りょーが」
「…なんだよ」
「もっかい、キスしようぜ?」
 いつもより甘えた声でそういえば「キモい声出してんな」といいつつも、凌牙は振り返りざまに口付けてきた。甘くて柔らかくて優しくて気持ちのいいキス。それを強請るように、首に腕を絡ませながら。



 このキスを知っているのは自分だけなのだと、それを知れただけで、こんなに機嫌がよくなる自分は、本当に単純で、ゲンキンで、幸せものだと思った。










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某方への捧げものとして書かせて頂いたものです。





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