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□君と僕と彼らの時間
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君と僕と彼らの時間







 その日の放課後は特に怪我や病気の生徒がおらず平和なものだった。だからWも呑気に保健室のデスクに腰を落ち着けて事務作業をしていたのだが。
 不意にドドドドッと何かが突進してくる音が聞こえたかと思えばドバンッと保健室のドアが開く。ここは保健室ですよ、静かに――とWがドアをあけた生徒に言おうと口を開くがその相手の方が早かった。
「W先生!俺と一緒に遊園地に行かねぇ!?」
「………はい?」
 ドアを開けたのはWもよく見知った生徒、一年の九十九遊馬だった。とはいえ、遊馬は別に病弱な保健室の常連というワケではない。違う意味で保健室の常連である生徒と仲が良いだけだ。
 と、疑問符を向けたWに遊馬はずかずかと保健室に入ってきて、手に持っていた二枚の紙をWに向けた。
「これ、遊園地のタダ券。姉ちゃんが仕事で貰ったんだよ」
 そこには確かにハートランドの優待券と書かれていた。それを確認してからもやはりWは目をパチクリとさせてから遊馬に視線を移した。
「…それは分かりましたが、どうして私に?」
「W先生となら楽しめそうだなーって思って」
「いや、そうではなくて――」
 Wが遊馬の言葉を遮るように口を開いた直後、更にそれを遮るように、傍らのベッドの唯一掛かっていたカーテンがガーッと開いた。
「…そうだぜ、遊馬。お前が誘うならそこの変態教師じゃなくて天城……先輩だろーが」
 開いたカーテンの向こうにはとても具合が悪く寝込んでいるとは思えないくらい顔色がよく、見るからに不機嫌そうな雰囲気を醸し出している少年がいた。
「シャーク」
「おやおや、変態教師とは酷い言い種ですねぇ、神代くん」
 その少年に向かって、遊馬とWは各々そう言葉を向ける。彼はシャークの愛称で呼ばれる神代凌牙、この保健室に居座るサボり魔であり、遊馬とは学年は違う二年だったがそれなりに仲が良かった。
 その凌牙はベッドから立ち上がると、遊馬とWの間に立ち、チラリとWを一瞥する。
「変態だから変態っつったんだよ。遊馬にまで手を出したら承知しねぇぞ」
「授業をサボってばかりの君に言われたくないですよ」
 凌牙の言葉にそう返しつつもWの表情にはニッと笑みが浮かんでいる。それに凌牙がますます睨み付ける目を鋭くした。
「それに手をだすも何も、今回は九十九くんからのお誘いですよぅ?」
「…そうだ遊馬、なんでWなんかを誘ってんだよ」
 凌牙が腕を組みWから遊馬に視線を移せば、遊馬の方は口を尖らせてそっぽを向いた。
「……そりゃ、カイトも誘ったけどさ…ハルトが一緒じゃないと無理っていうんだよ…チケットは二枚しかないし、それに……」
「……悪い、遊馬。それは全面的に天城が悪いな」
「…全く、天城くんのブラコンにも困りものですねぇ」
 Wは呆れたように息を吐くと、口元に小さく笑みを浮かべる。
「…分かりました。私でよければご一緒しますよ、九十九くん」
「ホント!?W先生!」
 Wの返事に遊馬の顔がパッと明るくなる。しかしそれに「おいおい!」と慌てて口を挟んだのは凌牙だ。
「だ、から…なんでWなんだよ!お、俺だって、いるのに…!」
 ほんのりと頬まで染めてそういう凌牙に、しかし、遊馬はキョトンとした目を向けてからあっさりと答える。

「え、だってシャークと行くよりW先生と行った方が楽しそうだから」
 悪意は欠片も感じないその一言に凌牙の顔からは完全に表情が抜け落ち、その横でWがクスクスと笑っていた。

「じゃあ、W先生、今度の日曜の10時にハートランド入り口前な!」
「はい、楽しみにしていますよ、九十九くん」

 そんな凌牙を尻目に、遊馬とWはそんな約束を交わしている。
 凌牙はガタガタと身体を戦慄かせるとダッとその場から駆け出す。
「…っ…シャーク!?」
 驚いた遊馬が凌牙のことを呼ぶがその影はすぐに廊下の向こうに消えてしまう。その背中を、Wは面白そうに見送っていた。




 凌牙が向かった先は3年の教室だった。上級生の教室だというのに、凌牙は構わずズカズカと入り込み、一つの机の前で足を止め、ダンッとその掌をその机に打ち付ける。
「天城…!!」
「…先輩くらい付けたらどうだ、神代」
 その机について、本をぺらぺらとめくっていたのは天城カイト――この学校の現生徒会長であり、件の遊馬が付き合っている相手でもあるんだが。そのカイトの冷たい視線と言葉に、凌牙は物怖じなどしなかった。むしろ更に鋭く睨み返す。
「…てめぇのせいで…」
「……あ?」
「てめぇが遊馬の誘いを断ったせいで遊馬とWがデートすることになっちまったじゃねぇか!!!」
「なにぃぃぃぃぃぃぃ!!!???」
 その教室にクラスメイトも初めて聞くようなカイトの絶叫が響き渡った。







 そして次の日曜10時過ぎのハートランド入り口前。
 そこには時計を気にしつつ立っているWの姿があった。学校で見るようなセーターに白衣ではなく、ブイネックのシャツにパーカーを羽織りGパンを着ている、17歳という彼の実年齢にかなり近い服装だった。
 と、しばらくするとそんなWに一人の少年が駆け寄ってくる。特徴的なつんつん頭に赤いジャケットのいつもの普段着を着ているその少年はWと約束していた遊馬で、その姿を見たWの表情がホッと和んだようにも見えた。

「せんせぇ、遅れてごめんなさい!」
「…5分の遅刻ですが、まぁこれくらい待ったに入らないのでいいですけれど、せめて一言連絡が欲しかったですね」
 言いながらWは手元のDゲイザーをつんつんと叩く。そして顔を上げてきた遊馬ににこりと笑って言った。
「折角、連絡先を交換したんですから。それに事故にでも遭ったのかと心配しましたよ?」
「…ごめんなさい」
「だからこれくらいは遅れたに入らないですって。さぁ早く入りましょうか」
 平謝りを続ける遊馬にWはそう言いながらハートランドへの入り口に歩いていく。遊馬もそれに導かれるように続いた。



 そんな二人のやり取りを伺う二つの影があった。明らかに普段の彼らとは違う服装で更に怪しいサングラスまで掛けて、まるで二人を尾行でもするかのように物陰からWと遊馬を見ていた。それは――カイトと凌牙だった。
「…くそっ、Wのやつ…5分遅れたくらいであんなこと言いやがって…」
「……しかし、W先生は約束の10分前にはあそこにいたからな…特に強く咎めたワケでもないし」
「はぁ?お前、Wを庇うのか?惚れたなら譲るぜ、俺はいらねぇから」
「惚れてないし俺には遊馬がいるからいらん」
 きっぱりとそう言い切るカイトに凌牙はチッと舌打ちした後、入場口に入っていく遊馬たちを確認してからその後に続いた。


 ハートランドは全体でいくつかの区間に分かれており、休日は特に多くの子供連れやカップルで賑わっている。アトラクションは何十分待ち、何百分待ちという札も並んでおり、一日のうちにすべてを回り切るのは不可能に近い。
 だからセオリーとして特に行きたい場所をピンポイントに狙うべきだ。Wは園内のマップとイベントの開始時刻などを確認しながらふむと顎に手を当てている。
「…九十九くん、どれに乗りたいですか?」
「えっとね、俺、バーニングコースター乗りてぇな!」
「今人気の絶叫系ですね。でもそれはどうやら120分待ちです」
「120分!?1時間20分ってことか!?」
「2時間ですよ」
 遊馬の素っ頓狂な声にWが冷静に突っ込みを入れている。それでもその視線は地図から外していない。
「……九十九くんは、パレードとか興味はありますか?」
 そしておもむろにWが問い掛けた言葉に、遊馬は目をきょとんとさせる。
「うーん、俺はああいうのあんまり興味ねぇかも…それよりももっといろいろなの乗りてぇなぁ」
「…そうですか」
 その返答にWの口元ににっと笑みが浮かぶ。
「だったらこうしましょう。バーニングコースターはファストパスを取って置きます」
「ファストパス…?って、並んでる横をすいすい行けちゃうやつ?」
「ええ、なるべく一番混みそうな時間帯で。それから後、30分後に隣のエリアでパレードがあるみたいなので逆のエリアのを乗りに行きましょう。きっと空いてます」
「そうなの?よっしゃあ、行こうぜ!」
「あ、その前にファストパスですよ、九十九くん!」
 はしゃぎながら駆けていく遊馬にWがそういいながら慌てて追い掛けていく。そんな二人のやり取りを物陰から伺っていた他の二人は何やら複雑な表情を浮かべていた。

「……やべぇ、Wが完璧に遊馬をエスコートしてやがる」
「彼氏力というのか…俺でもあそこまでは出来たことはないぞ」
 遊馬はわりと好き勝手行動することがある。ああしようこうしようと言っても「これでもいいだろ!」と素直に言うことを聞くことはあまりない。しかし、Wは自分の提案の裏付けを説明し、自然と遊馬を誘導しているんだ。
(……酌だが、勉強になるな)
 今度、遊馬とデートすることになったら自分もそうしようとカイトは密かに思っていた。
 しかし、このまま遊馬をWにとられたらそれもなくなってしまうかもしれない、それだけは避けなければと思いながら。
 ぐっと拳を握り締めながら、カイトは凌牙と一緒に、Wと遊馬の後を追った。







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