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□いつかまた、この場所で
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いつかまた、この場所で







 あいつと俺が対峙したのは五回だ。一年前の全国大会決勝戦、俺を罠にはめたと暴露した工事現場、あいつの弟とデュエルする直前、WDC準々決勝前夜、そして当日。細かく数えればもっとあるかもしれないが、少なくとも俺たちはずっと相対する立場だった。顔と顔を突き合わせて片や睨み付け片や厭らしい笑みを浮かべて、敵対する構図がすべてだった。
 だから。


『さぁぁぁ大変なことになってきました!!ななんと、Wがタッグパートナーとして選んだのはあの神代凌牙!果たして二人はどんなコンビネーションを見せてくれるのか!?』
 ガンガンに耳に響く耳障りなアナウンサーの声、こいつと俺にコンビネーションもクソもねーよと思いながら俺はふっと横に視線を向ける。するといつもの服装いつもの出で立ち、そしていつものムカつく笑顔でニコリと笑ってきたWをきつく睨み付ける。
(……ああくっそ、なんで俺がこいつと…)
 そんなことを思いつつもデュエルディスクを構えてDゲイザーをセットする。対戦相手をWに向けたほどではない視線で睨みながら俺たちは声を合わせた。


『デュエル!!!』


 すべての始まりは、学校の放課後、俺が遊馬に、デュエルに誘われたことだった。





 面倒くさいと遊馬の誘いを断ろうとしたところで横にいた妹の璃緒に「敵前逃亡ですの?」と言われて渋々それに付き合った。それでも璃緒は買い物があるからとさっさと何処かへ行ってしまい、いつもデュエルをしているショッピングモールの広場は改装工事中で立ち入り禁止だった。
「ちぇーっ。せっかく久しぶりにシャークとデュエルが出来そうだったのに」
 そう言って拗ねたように口を尖らせた遊馬に、俺は苦笑しつつだったらショッピングモール内のカードショップにでも行くかと遊馬を誘った。すると遊馬はパァァと表情を明るくさせて「行く!」と食い付いてきた。その笑顔に俺はまた苦笑したが悪い気はしなかった。
 ショッピングモール内を目的のカードショップを目指して歩いていれば心なしか、少しずつ行き交う人が多くなっている気がしてきた。そしてカードショップの前に異様な人だかりが出来ているのに気付き、同時に周りから聞こえた言葉に、俺は思わず足を止めていた。

 ――極東デュエルチャンピオンのWが来ているらしいよ!
 ――プロデュエリストと模擬試合をしているんだって。

「……シャーク?」
 俺が立ち止まったことに遊馬は首を傾げて振り返ってきた。それでも遊馬にもあの声は聞こえたはずだ、この先に誰がいるかは分かっているはずだ。だから俺は視線を遊馬から逸らした。
「悪ぃ…やっぱ俺帰るわ…」
「…っ、ダメだ!」
 そのままそこから立ち去ろうとすれば、遊馬に腕を掴まれて止められた。
「…放せっ…!遊馬、お前だって聞いただろ!?あそこには…!」
「Wがいるんだろ?ちょうどいいじゃんか!仲直りしてこいよ!?」
「はぁ!!??」
 何言っているんだこいつ、と思った。だいたい仲直りも何も、俺とWはもともと仲がいいわけではない、最初から対峙して、敵対してきた相手なのだ。直す仲など何処にもないはずだ。
「おい、遊馬…!」
「シャークだって、Wと今のままじゃ納得行ってねぇんだろ、だったら少し何でもいいから話して来いよ!」
「話すって…俺は何も…」
「あ、そうだ!デュエルしてこいよ!そうすればシャークもWのことが分かってWにもシャークのことが分かるって!」
 なぁって笑いながら言ってきた遊馬の顔にはあまりにも屈託のない笑顔があった。強引に俺の手を引きながらも、俺のこと、Wのことを心配している。余計なお世話だとも思ったが、結局俺は遊馬のそれに逆らうことが出来なかった。
 何故なら遊馬の言う通りであったから、Wとの決着にはあまりにもわだかまりが残っていたから。

 遊馬に逃げないからと言って腕を離させて俺たちはそのカードショップに向かった。見るからにミーハーで集まったようなギャラリーを掻き分け中に入っていけば、奥のデュエルスペースで何やら賑やかな声が聞こえてくる。

『キター!!W、華麗に相手のモンスターを倒し、これで五連勝です!』
 どうやらアナウンサーまでつけて豪華にやっているようだから元々企画されていたイベントなのだろう。俺は何となく速くなる鼓動を抑えながらその奥へと進んでいく。
『さてさて、次なる挑戦者は……おおっとこれは…!!』
 そして、やっと人だかりの真ん中が見える位置まで来て、そこを覗き込めば――確かにそこには一人の男がいた。俺の大嫌いなあいつがいたのだ。
 深い赤と黄色に分かれた髪に、薄い褐色の肌、その頬には痛々しい十字傷があって、WDC前後によく見かけた特徴的な薄い黄色の服を着ている。俺の記憶とまったく齟齬のない姿のWがそこにいて、貼りつけたような笑顔を振りまいている。
 Wは会場内をぐるりと見渡したところですぐに俺の存在に気付いたようだった。走らせていた視線を止めて目を見開いている。それに俺もギクリとしたが、Wの顔にはふと笑みが零れる。
 それからあろうことか、Wはビッと俺を指差して来たのだ。

「……では、彼に!」
 その直後、会場内にいた人間のすべてがばっと俺の方を見た。それに俺が「え…?」と声を漏らすが、そんなことはお構い無しにアナウンサーの声が響く。
『おおっとー!!ここでW自らがタッグパートナーを指名したぞ!しかも彼は、何処かで…!?』

 神代凌牙だ、と誰かが言った。同時にそこから波紋が広がるように会場内が騒めき始める。中にはこちらを汚らわしいものでも見るような目で見てくる人もいて、とてもではないが、これ以上ここには居られない雰囲気が漂ってくる。が。

「――凌牙!」
 あろうことかWが、俺の名前を呼んだ。早くあがってきて下さいと言われて、すると周りも俺をWの下へ導くように左右に道を開いていく。遊馬にもポンと背中を押されて、俺はふらふらとWの方に向かった。
 人だかりの中心、Wが対峙している先には、対戦相手と思われる男二人が立っていた。Wと横に並んで彼らと対峙する。その構図には違和感しか抱かなかった。それでも。
「……お久し振りです、凌牙」
 横にいるWにそう言われてニコリと微笑まれた。いつものWのムカつく作り笑顔だった。顔に張りついたお面のようだとも思った。
「ずっと、会いたかったですよ」
 だからその口から出てくる言葉もすべてウソだろうと思った。

『さぁぁぁ大変なことになってきました!!ななんと、Wがタッグパートナーとして選んだのはあの神代凌牙!果たして二人はどんなコンビネーションを見せてくれるのか!?』

 そして、デュエルの火蓋は切って落とされたのだ。




 俺とWのタッグは決して息の合うものではなかった。
「僕はこのカードで凌牙のモンスターのレベルを倍、レベル8になったモンスター二体でオーバーレイ!エクシーズ召喚!」
「…!?W、てめぇ!俺のモンスターを勝手に…!」
「別にいいでしょう?そういうルールですし、凌牙も僕のモンスター、好きに使っていいんですよ?」
 そう言って笑いながら首を傾げてくるWを俺は睨み付けた。勝手にしろと思って、やはりこいつとコンビネーションなんか無理だと思った。

「ちっ…攻撃力が少し届かねぇか…」
「凌牙、僕のモンスターの効果を使って下さい」
「……っ、わかってンだよ…!!」
 それでも、何故か頭にはWの考えが見えてきてしまう。あいつの手札が見えているワケでもないのに、あいつのターンで立てた伏線に、まさかと思い、自分の手札にもそれに繋がるカードが来ていることに気付き、それをこそりと伏せていたら、まんまとそのコンボは繋がった。

『すごい!これはすごい!Wと神代凌牙ペア!息の合ったコンビネーションで相手に大ダメージだぁ!』

 目の前の光景に目を見開く俺に、Wはやはりニッと笑ってきた。それでもそれが今までより嫌味には感じなかった。
 そいつとデュエルをすれば相手のすべてが分かる、そんなことを言っていたのは遊馬だったか。俺はWのことをすべてとは行かないまでも少しは前より分かった気がした。
 デュエルは結局、俺とWのペアが勝った。沸き上がる歓声の中、Wはファンに向かって手を振り、俺は黙ってその様子を見ていた。

「いやぁ、急に指名してすみませんでしたねぇ、凌牙」
 Wに肩をポンと叩かれて俺はのそりと顔を向けた。相変わらずのムカつく笑顔。それでもほんの少しだけイライラする気持ちは納まっていた。
「……お前、なんでまだデュエルチャンピオン続けているんだよ」
「さて、何故でしょうねぇ」
「なんで俺を指名した」
「それは、あなたの姿が見えたから」
「最後のお前のターン、どうしてあの魔法カードを発動させずに伏せたんだ」
「その方がエンターテイメント性に長けていたからです。僕はあくまでファンを楽しませるデュエルをめざしていますから」
「…………そうかよ」

 そう返しながらも俺は内心気付いていた。Wがデュエルの世界に居続ける理由も、あの時俺を指名した理由も、デュエルの決着を自分のターンで着けなかった理由も。
(全部全部、俺のためだっていうのかよ……)

 Wがただの被害者面した偽善者だったなら俺への償いだとかバカなことを言って、デュエルそのものを辞めていたかもしれない。そんなことをしても、璃緒が失った時間も、俺が失ったものも何も戻らないというのに。
 そして俺が失ったものは何か、それはデュエリストとしての立場だ。
(……今日、こいつが俺を指名した時も、こいつのファンは明らかに俺に敵意を向けていた。それでもデュエルが終わる頃にはそれはすっかりなくなっていた。デュエルの締め括りを、こいつが俺に譲ったことも大きいとは思うが)

 そしてその理由を、こいつは俺に何も言わないのだ。すべての行動の集約を俺に向けながら、そのことを一言も俺に言わない。適当なことを言って、誤魔化して。
 俺に許しなど、求めてはいないように。

(あー…くっそ、なんで気付いちまったんだろうなー……)
 きっとこいつとデュエルをしてしまったからだ。敵同士ではないにしろ、同じフィールドで戦ってしまったから。


「凌牙」
 再びWが俺を呼ぶ。振り返ればWがいた。変わらずムカつく笑みをこちらに向けながら。
「いつかまた、公式試合で対戦しようぜ。俺のいるところまで、戻ってこいよ」
 蹴落としたのはお前の方だっていうのにどの口が言うのかと思ったが、それでも俺は苦笑した。バカで臆病で強がりのこいつに返すべきだと感じた言葉は。
「…今度はよそ見なんか、するなよ」

 その時が、俺たちにとって正真正銘の初対決だ。





 カードショップを出たところで、外で待っていたらしい遊馬に呼び止められた。興奮した面持ちでデュエルが凄かったと言ったあと、おもむろに俺を見てきて。

「…なぁシャーク、Wと仲直りは出来たか?」

 そう聞いてきたものだから思わず眉を捻った。それでも「そうだな」と視線を前に向ける。
「一年以内になら、出来るかもな」
「はぁ?なんでそんな先なんだよ?」
「そうか?俺としては短いくらいだと思うけどな?」
 首を傾げてくる遊馬に思わず苦笑する。

「ドン底から一年以内に、デュエルチャンピオン様に追い付いてやろうってことなんだからな?」





 それはきっと、俺とあいつの、六度目の対峙になるだろう。










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4/4に途中まで書いたやつを今更仕上げました。ちょっとWについて願望すぎてすみません。





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