NARUTO

□一夜限りの
1ページ/1ページ

「……月が綺麗だな」

ヤマトは、はるか頭上で燦然ときらめく月を見上げた


漆黒の夜空に無数の星々を従え君臨する黄金の月。
その姿は、誰もが脚を止め見惚れる程


日ごとに形を変えながらも美しさには変わりがなく、優しく下界を照らして悪しき闇を払い、そのまばゆい光のお陰で旅人は道に迷わずに済み、悪事を働かんとする者は見顕される

謂わば夜の監視者と言える存在


任務後、帰還中である事をスッカリ忘れてしまう程の美しい輝きにヤマトは目を、細める

「今日は、また一段と…」

一段と煌めく月を見て、こういう日には縁側に座り月を見上ながらお猪口片手に月見に限るな、と焼酎で一杯やる自分の姿を思い描き笑みが溢れる

里に戻ったら、カカシ先輩を呼んで時期的に違うけど家で満天の星ぼしの下で月見をしようと心に決めた

「さて、そろそろ行きますか」

お月見も良いが、そろそろ行かなくては

少しばかりの小休憩となってしまってしまい足早にその場を後にする

夜が明ける迄には里に戻らなくてはならない
けれど、これと言って急用な用事は有るわけでは無いが今回の単独任務で単独での任務にしては少しばかり骨が折れる任務であり心身的にも肉体的にもそろそろピークなのだ

一刻も早く里に戻り、この身体を休めたい、その一心だった


雑木林の枝を蹴る力が自然と入る

ヤマトは月に見送られるように里への道のりを駆けた











あれから、どのくらい進んだのか
体力がそろそろ尽きそうで集中しきれない
頻繁に駆ける脚を緩めていた

「ちょっと…ここで少し休憩にしよう」

一刻も早く里に戻りたい気持ちはあるが、ここで身体を酷使し倒れてしまったら本末転倒だ

体力に限界を感じたヤマトは、目の前に僅かに見える湖で身体を休める事にした

少しばかり動いただけで、これだけキツイなんて…と自分の身体の衰えを自覚させられてしまう

ノロノロと重い足取りで湖に近付く

そこは湖とは言い難い、少し大きな池だった
まあ、池だろうが湖だろうがヤマトには関係ない

この疲れきった身体を休めれれば、何処だって良いのだから

「……これは…」

ヤマトは息を呑んだ

池の水は桔梗のように青く神秘性を漂わせ目の前に広がるのは月の光に照されキラキラ輝く水面

銅鏡のような鏡面に黄金の光を真っ直ぐに落とし、ずっと奥が暗闇の中でも透き通り水の底が見える

なにより、他とは違う空気を纏い
澄んだガラスのようで、どこか別の場所に来たような錯覚を覚える



チャポン……

突然の水の跳ねる音にヤマトは素早く距離を取った

十分な距離を取り、そちらに顔を向ける

「!」

ヤマトは、はっと息を呑み目を丸くした
音の出所に、一人の女性が湖に脚を着け腰かけていた

その姿は、まばゆい光を放つ黄金の冠を戴き、きらきらと輝く裾長の衣装を身にまとい、背には長い翼

その姿にヤマトは一瞬呼吸を停止し文字通り輝くばかりの美貌でヤマトは一瞬にして言い様のない胸の高鳴りを感じた
一目見た瞬間、それまでどちらかと言えば冷ややかな方だったヤマトの胸に熱い恋情の火が点いたのだ

魅せられたヤマトは吸い寄せられるように、彼女に近付いた

真珠を垂らしたような白く滑らかな肌が水につけられ、そこから湖の水が浄化されているような神秘的な光景

膝裏までありそうなミルクブラウンの長い髪を首筋を通り、毛先を水についてしまっているが、気にする様子もなく彼女の瞳は水鏡に映る月を見ていた

「キミは、誰………?」

ヤマトはもう一度声を出した

少しばかり、その声は震えていたかもしれない
緊張で声を震わすなんて、それだけ目の前に腰を下ろしている彼女は神秘的なのだ

ヤマトの声にようやく気が付いた彼女は顔を上げた
初めて向けられた両の眼は深い憂いを湛えた蒼く美しい目だった

だが、その瞳もヤマトの心を踊らすには十分な材料で、薄く空いた唇と白く陶器のような滑らかさと絹のような柔らかさのある頬

とてもじゃないけど、彼女の持つ雰囲気やオーラからは、人間味が感じられない
 
とても美しい人



何処かの物語に出てきそうな









「貴方は」

ヤマトの言葉に少し間を置いて、逆に問い掛けられてしまった

その声は鈴を転がしたように澄んで鳥がうたうような、まるみのある声音

「ボクはヤマト、木の葉隠れの忍びだよ」
「……人間」

彼女は再び間を置き、呟くように言った
その言葉に、疑問を持たない人はいないだろう

人間

何故そこで、この言葉なのか


「キミは、一体…………」

何者なのか

そう思えざるえない


「夜天を統べる聖なる月神の女王、春歌」
「え?」

思いがけない言葉に素っ頓狂な声を上げた

は?え………?


「こちらの言い方ではギリシア神話における月神は、その名をセレネ……だったかかしら」
「ギリシア……?神話…セレネ……?」
「月の女神」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ…女王だとか女神だとか冗談はよしてくれよ」

そんな事、信じれるはずがない


確かに、彼女は女神と言っても良い程に優雅さ、華やぎ、気品、いずれも完璧で美しいの一言に尽きる

だが、それとこれとは話が別だ

「……まあ、それでも良いわ。貴方に信じて貰っても意味が無いもの」

悲しそうに目を細め月を見上げる彼女春歌の頭上から注ぐ珠を繋ぐ細い糸筋のような月の光を浴びて春歌の額が輝いた

額の輝きは三日月を催したような刻印


月の輝きを微かに映して、この世のものとは思えぬ底光りのするような絢爛さ

その輝きに目を細めてしまう程に美しい姿にヤマトは言葉が出なかった

そして同時に確信に変わる


「本当に月の女神、様なのか」
「……ええ。後には光明の女神アルテミスと夜闇の女神ヘカテ、両親にはヒュペリオン、テイアを持つ。我が名は春歌」

堂々たる佇まい


初めて出逢った、いや今後この先、出逢う事の無い身分の女性

夜空を司る神だなんて



ヤマトは頭から項垂れるように片膝をついた
春歌はそんなヤマトの行動に笑みを浮かべ極自然に右手を差し出した

ヤマトは目の前に差し出された右手をそっと支え手の甲に軽く口付けした

「今までのご無礼お許しください春歌様」
「ヤマト…と言ったわね」
「ええ」
「ここで出逢ったのも星ぼしのお導き、先程みたいに普通に接して」

そう言った春歌はヤマトの目線の高さまでしゃがみこみ溢れんばかりの笑顔を向けた

その表情は屈託の無い純粋な顔 

先程まで、此方に向けていた威厳のある女王の顔では無かった
年相応な少女のあどけない顔だ

少女のような一面にもヤマトは胸を高鳴らせた

月の女神である堂々たる顔つきとどこでも居そうな少女のように微笑む春歌に目を奪われっぱなしだ

「じゃあ、春歌。キミは何故ここに?」
「ケンカ…しちゃって」
「ケンカ!?」

女神である春歌の口から思いがけない言葉に声を張り上げてしまった

ケンカって……あの、ケンカ……?

星ぼしを司り夜空の支配者、その響きに自分の格の差に萎縮してしまっていたヤマトは人間味のある言葉に、はははと声をあげた

「な、何よ……そんなに可笑しい事かしら」

お腹を抱えて笑うヤマトに春歌眉を寄せた

「私だってケンカをするわ、口喧嘩から殴り合いだってするわ」
「殴り合い!?」

ヤマトは再びお腹を抱えた

「貴方達、人間のように感情があるの、生きてるもの。当たり前よ」
「ははは、ごめんごめん」

目尻に浮かぶしずくを拭い、むっと頬を膨らませる春歌の頭をぽんぽんと撫でた

触れた髪は柔らかく言い様のない髪質で驚いた
ヤマトは自分の掌をみつめた

ミルクブラウンの異様に長い髪は触ればふわりと軽く絹のような手触りで柔らかく
人間のような固さや太さはなく風が吹けば流れるように靡くんだろうとヤマトは掌をみつめ思った

「ケンカして月から降りて来たのかい?」
「ええ……」
「すごいな」
「え?」

ヤマトの言葉に春歌は顔を上げた
見上げたヤマトは月を見上げており表情は読み取れない

「ボクらが、いつも見上げる月から降りてくるなんて」
「……私は貴方達をいつも見ていたわ」
「でも、キミはこうやって何時でも此方に降りて来れるんだろ?」
「降りれないわ」

春歌はふるふると小さく頭を振った

「え?どういう事?現にキミはこうやって降りて来ているじゃないか」
「言い付けを破ったの」
「本当は降りてはいけないのかい?」

春歌はうつ向きヤマトの問いにこくりと頷いた

「何でまた………」

言い付けを破る程ケンカした相手と其ほど一緒にいたく無かったのだろうか

それは、一体どんな奴だと考えを巡らせたが自分が考えた所で想像を超えた神の領域だ
分かるはずがない

春歌は俯いたまま黙ってしまった

言い付けを破った理由はケンカしたから

何故春歌は切なそうな瞳をしているのか
俯いたままの春歌の髪の間から僅かに見える瞳は哀しみを帯びて潤んでいるようにも見える

それは湖の水面が反射して、そう見えるのか、はたまた違う理由か


「私……人間をに心を奪われてしまったの」
「な、んだって…?」

春歌の言葉に思わず聞き返してしまった

今、なんて……

ボクの聞き間違いか…?

「人間を好きになった」

今度は、はっきりと耳に届いた一言に目を見開いた

「…それって、キミの立場からしたら……」
「禁忌よ」

神様と人間だ
許される事はないだろう

「………」
「………」

なるほど、埋まらなかったパズルのピースが漸く全て埋まった
春歌は人間の男を恋心を抱き、それを知ったケンカ相手が止める
だが春歌は、それを拒んだ

じゃなければ、言い付けを破ってまで此方に降りては来ないだろうから

言い付けを破ればどうなるのか、気になる所だけど、今は春歌が恋心を抱いた相手だ

だが、それを聞くのは不躾だ

聞きたい気持ちを押し殺し拳を握り春歌の言葉に耳を傾けた

「月の上から毎日見ていたわ、優しそうな笑顔に毎日胸をトキメキさせていた」

突然語られ始めた春歌の片想いの相手

一言一言、ゆっくり話す春歌は届かない想いに馳せる今時の少女そのもの

それは、籠の中の鳥が空に恋するような

「声を聞きたくても掛けたくても、私が月にいる以上叶わない。そして、これからもそれは変わらない。だって私には障害が多すぎる」

ヤマトは胸をぎゅっと締め付けられ

自分が出逢った瞬間に春歌に恋をしてしまったのは自覚している

例えようの無い息苦しさにヤマトは目の前にいる春歌もこんな気持ちなのかと知る

ついに潤んだ瞳から涙が溢れてしまった春歌をヤマトはみつめるしかなくて嗚咽しながら蚊の鳴くような声で静かに涙していた

恋をしてしまったばかりに、切なさに涙する

「結ばれる事のない恋なら、せめてこの気持ちだけでも……」
「……ボクに出きる事なら協力するよ」
「………………ヤマト好きよ」

ヤマトは再び目見開いた
同時に感じる唇に感じる感触

キスされた、と気が付くには数秒の間を置いてしまった

「っ!」

鬱蒼と茂る木の葉を揺らし身体の間をを通り抜ける

耳に異様に風を受け揺らす草の葉の音が大きく聞こえヤマトの心臓も、それに負けないくらい早鐘を打つ

「ヤマト、好きよ」

もう一度はっきりとした口調で此方を上目遣いに見上げる
その瞳に釘付けになり、声が出なかった

ヤマトをみつめる瞳は蒼い海を思わず色で硝子玉のよう

憂いを帯びた妖艶な表情で見上げられ、ヤマトの腕はいつの間にか春歌を掻き抱いていた

「や、…まと…っ」
「春歌…っ」

それからは本能的に春歌の唇に噛みつくように唇を押し付け薄く開いた唇にするりと舌を滑り込ませた

舌の感触に春歌は驚きで肩を震わせ、顔はみるみる内に紅く色付き初め次第に瞳も潤みを帯びる

不器用にも蠢く舌を捉え、淫らに絡み合わせ官能を刺激するように唾液をたっぷりと交換し啜りあう

これ以上立っていれず、膝をがくがく震わせた春歌をヤマトの腕が自身の首に春歌の腕を導いた

凭れるように身体を預けた春歌は息を荒げながらも必死にヤマトに応えた







初恋が手の届かない相手だなんて



暁の爽やかな薄明かりが東の空に星ぼしのまどろみを消し去っていく中、薔薇の花弁を透かしてみるような夜明けの光を浴びヤマトは静かに想った


春歌は空に白みを帯初める頃、妹を心配して迎えに来た兄である太陽神ヘリオスの後を受け、2頭の白馬に牽かせた黄金の戦車を駆って天空を馳せ行った

そして暁方になると、東の空に薔薇色の光を放って輝き出る妹のエオスと入れ替わるように西の海に沈んで行ったのだった

ヤマトは、その光景を時間を忘れたかのように暫く見詰めていた

一夜限りの、お伽噺のような夜だった

出逢った彼女は人間ではなく、ボク達を夜空から見守る星ぼしを束ねる女神だった

余韻を浸るかのように唇に触れ、すでに薄れてしまった月を見上げ愛しい人の名前を呟いた












おわり
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ