5.


















――ああ、臭い。


そいつが入ってきた時から嫌な感じがしていた。
気づかれないよう、薄目を開けて様子を窺う。

何の変哲もない女子生徒。

いや。
――違うな。
あいつらと同じだ。
上辺は善人ぶって、中身は悪人。
苦い思い出。
人間の卑屈さを思い知らされた。
どうやら未だに傷として残っているようだ。
我ながら女々しいと思うけれど。
息をのむ音。
黒い手袋とライター。

――すごいな人間ってやつは。

思わず身体が動いていた。
小石がライターを弾く。
シルバーと女子生徒がこちらを唖然と見ていた。
見たことのない女子生徒だった。
多分、内部進学者だろう。
そうじゃなきゃ、入学から一週間そこそこで告白なんかできない。
再び寝転がる。
しばらくして彼女は何かを呟いて出て行った。
銀の瞳と視線がかち合う。


「……寝ていたんじゃなかったのか」

「女子が来てるのに寝れるわけねぇだろ」


半分本当。
だから、半分は嘘だ。
灯油の臭いがきつすぎて寝れなかったのと。


「そんなものなのか」

「おうよ」


焦る彼を見てみたかったのだ。
無表情、仏頂面、少し虚を突かれた顔、微妙なしかめ面。
ここ数日の、いつもよりほんの少し穏やかな顔。
それだけの表情しか見たことがなかったから。
――見たかった。
ただ、それだけだ。


「――ゴールド」

「あ?」

「――助かった」


ただ単純に驚いた。
淡い柔らかな笑み。
こんな顔もできるのか。


「――大切な、ものだったから」


感謝されるようなことをしたつもりはなかった。
むしろ試したようなものなのに。
ああ、なんかむず痒い。
にやけそうになる。
それを悟られないように、跳ね起きた。


「――そんじゃあ先輩のところへ行きますか」


立ち上がってふと気付く。
……そう言えば。
『おい』や『お前』ではなく、初めて名前で呼ばれた気がする。
『ゴールド』と。
……ああ、やっぱりむず痒い。


* *


「せんぱーい」


遠慮なしに何でも部の扉が開けられた。
ふっと顔を上げると、ゴールドと愛すべき義弟がいた。


「あら、どうしたの?」


問いながら、報告書類をきちんとまとめてデスクの端に置く。
今日が期限の日だから来ることは予想していた。
彼はずかずかと遠慮なく部室に入って、アタシの机の前に立つ。


「それで?答えを聞かせてくれるのかしら」


聞かなくても顔を見ればそれは十分分かる。
シルバーが書類に撃沈しているレッドを見て目を丸くしたのが視界に入った。
ゴールドはこくりと頷いた。


「オレ、入部しません」

「……」

「え!?ゴー入らないの!?」


レッドが跳ね起き、シルバーは慌てて身を引いた。
グリーンはその奥で何事もないようにコーヒーを飲んでいた。
アタシは彼の金の瞳をじっと観察する。
ふっと彼の口元が弛んだ。


「……と思ったんスけど、やっぱ入部します」


――言質取ったり。
含み笑いに歪みそうになるのをこらえて、ほっとした表情で言う。


「そう言ってくれると思ってたわ」

「先輩、でも――」


パチンと指を鳴らす。
入り口とは反対にある扉から、後輩が顔を覗かした。
イエローとルビーである。
彼女はアタシの一つ下――二年で、ルビーは中等部の三年だ。
彼が入部すると言いにくると思っていたので、待機させていたのだ。


「!?」

「呼びましたか?ブルー先輩」

「頼んでたものは持ってきてるわね?」


ポニーテールを揺らし、イエローが無邪気にうなずいた。
とことこと小走りで彼女はデスクに大きな紙袋を置いた。
袋の中身を確認する。
――さすがね。


「あのー…オレ戻った方がいいっスか?なんかお邪魔みたいなんで」

「アナタは今日の主賓なんだからダメよ。ルビー君、あと頼んだわ」

「了解でーす」

「え!?ちょ、あの先輩!?」


状況の変化について行けず、ゴールドは目を白黒させていた。
そんな彼をルビーとイエローが有無を言わせず奥の部屋へと連れ去る。


「ちょ、ちょっ待て何する気ってか離せ離してください!」

「楽しみにしてくださいよ。先輩をcuteにしてあげますから」

「いやいやおかしいだろそれ――」


バタンと無情に扉が閉まった。
途端、静寂が広がる。
奥の部屋は防音、防弾完備の特別な場所なのだ。
シルバーが恐る恐ると言った体で口を開いた。


「姉さん……何をさせるつもりなんだ?」

「簡単な入部テストってところね」

「入部テスト…?」


レッドがシルバーの隣に座る。
……書類の処理は終わったのかしら。
締め切り今日までのはずなのに。
爽やかな先輩面で、彼は言った。


「何でも部はさ、なかなかハードで高度な仕事もあったりするから、それをこなせる人物でなきゃダメなんだ」

「……でもオレは受けてないです」

「…それはきっとシルバーはブルーの弟だからじゃないのかなぁ」

「――違うわ」

「違うの?」


身内贔屓に思われるような要素はできるだけ潰す必要があるのだ。
無能な先代が身内贔屓に何でも部を運営した結果、学校の存続の危機になったことがあったからだ。
そして学校の暗幹部として公平性は厳守されなければならない。
……妙案を思いついた。


「考えるのも大変だし…今からシルバーにもやってもらうわ」

「え?」

「今から出てくる子の名前を当ててちょうだい」

「え……」


奥の扉が乱暴に開けられた。
にっこり微笑む。
みんなの視線の先には、見たことのない人が立っていた。






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