6.
乱暴に開け放たれたドアから出てきたのは。
この学校の制服を着た少女だった。
セミロングの黒髪に生気にあふれた肌。
何より印象的なのは金の瞳。
――さすがね。
素質はあると思ってたけど。
隣でシルバーがはっと息を呑んだ。
「姉さん…」
どうやら我が弟は、無事入部テストをクリアしたようだ。
唇に人差し指を当てて、言葉を続けようとするシルバーを制する。
彼女は、軽く会釈をして息を深く吸った。
柔らかな歌声が響く。
教会などで耳にするアベマリアだ。
「うそ……」
ここまで上手いなんて。
澄んだメロディに清冽な雰囲気。
ただの歌に久しぶりに聞きほれる。
最後のワンフレーズが、空気を微かに揺らしてかき消えるまで、身動きが出来なかった。
うっすら余韻が漂うなか、彼女はぺこりとお辞儀をした。
「――あっあの!」
声を上げたのはレッドだ。
奥の部屋に戻ろうと背を向けた彼女は、振り返る。
レッドはその手を両手でつかんだ。
光の量によって赤にも茶にも見える瞳がキラキラ輝いている。
「――付き合ってください!」
「――!!??」
まさかのセリフに顎が落ちた。
彼女の金の瞳が驚愕で瞬かれる。
この中のメンバーで一番野生型で勘が鋭いはずのレッドが。
――気付いていない?
っていうかあり得なさすぎる一目惚れ?
顔色から鑑みるに、彼女の正体に気付いていないのはレッドだけのようだ。
…さすが史上最強の鈍感人。
「!?」
次の瞬間握り拳がレッドの腹にのめり込んだ。
「……まだ、分からないっスか?」
「あ……」
グイッと彼女は自分の髪を引っ張る。
それはいともあっさり取れた。
人工毛をつかんだ彼女――もとい彼は、金の目を眇めてレッドを睨んだ。
「――ゴールド!?」
目を皿のようにしてレッドは叫んだ。
……ほんとに気付いてなかったのね。
思わず溜め息をつく。
最近は緊急事態がなかったから勘が鈍ってたのかしら。
それにしても、とゴールドをまじまじと見つめる。
「……ウィッグつけてなくてもアナタその格好似合うわね」
「やめてください!いやっスそんなの!」
「すごい!可愛い女の子にしか見えなかっ――」
レッドは唖然とつぶやいた時。
バアン、と乱暴に奥の扉が開けられた。
「……」
「……イエロー?」
彼女はにっこり笑んでいた。
ただ形だけの笑顔だった。
背筋に戦慄が走る。
……久々の黒イエローね。
グリーンが短く溜め息をついた。
「ボクの時は女子の制服を着てても男の子認識だったのにゴールドさんの時は初対面女の子認識ですか?ものすごい倒錯ですね」
「え?」
「しかも付き合ってくださいっておかしいくないですか?まあ先輩の語力がカオスそのものって知ってましたけどゴールドさんも違和感ないくらい似合っていましたし?」
「イエローどうし」
「この期に及んでどうした?って素面で言えるあなたをボクは未来永劫尊敬します」
開いたままのドアからルビーがひょっこり顔を覗かせた。
「イエロー先輩、制裁はすみましたか?」
「まだまだで――……ルビーさん…?」
紅い瞳をキラキラ輝かせ彼は自分で話をふっといたくせに、イエローなどそっちのけでゴールドを見つめていた。
「Very charming!ゴールド先輩ウィッグつけないほうが似合うじゃないですか!」
ああ、また会話が飛んだ。
このメンツはダメね。
傍観するのは面白いけど。
ルビーがゴールドの肩をがっしり掴んだ。
「僕の専属モデルになりませんか先輩!?」
「はあ?」
「先輩にはポテンシャルがあります!今より絶対キュートになれますよ!」
「いやいやオレ男だからキュートなんていらねぇし」
「女子だってキュートを捨ててる人がいるんですから男子がキュートを拾ったって何も悪くないんですよ!」
ルバーの勢いにほとほと困った顔でゴールドがアタシを顧みる。
その隣では、イエローがにっこり笑みつつマシンガントークをレッドかましていた。
グリーンはいつものことながら、我関せずと黙々書類の処理をして、愛弟のシルバーはと言えば度を超えた騒々しさに圧倒されている。
…十人十色とはよく言ったものね。
だから騒いで道を逸らす者もいれば、まとめて元の筋に軌道修正する者もいるのだけれど。
「ルビー、ゴールドを離しなさい」
「…先輩、でも……!」
「もう一回言わせたい?イエローあなたも一回落ち着きなさい」
「…あっ…すいません!」
あっという間にイエローの圧力が払拭される。
ここまで戻ればいつも通りの彼女である。
ルビーも渋々手を離した。
音も立てずに、アタシは立ち上がる。
我ながら強引すぎると思うが致し方ない。
「――と言うわけで、シルバーとゴールドが無事入部したから後でちゃんと入部届を出してちょうだい。紙はあとで渡すから」
シルバーはこくり、と頷いた。
「――先輩」
どこか思いつめた顔で、ゴールドは口を開いた。
「なあに?」
ゴールドは目を伏せて、こう告げた。
「オレ……部活の助っ人だけはできませんから、そのつもりでお願いします」
先ほどの馬鹿騒ぎの時とはうって変わって、別人のような表情。
その雰囲気に気圧されたアタシ達に短く礼をして、彼は静かに部室を出て行った。
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