1.








「……お前、すごいな」


すっかり私有化している屋上。
日光が差しているので地面は寝そべっても充分暖かい。
彼は地面に突っ伏したまま、頭を少し動かしてオレを見上げた。
険をはらんだ金の片目が覗く。
無言で睨まれた。
蟻が地を這っているのが目についた。


「…あんな歌、初めて聴いた」

「……」

「すごかった」


相手のことを調べ尽くす姉さんもさることながら、こいつも相当すごい。
歌を聴いて鳥肌が立ったのは初めてだった。
うまかった。
こいつは歌う為に生まれてきたのではないかと思えるほど。
……それはさすがに褒めすぎだが。


「……っく…」

「……?」

「くっくっくっく……」


ゴールドの肩が小刻みに震えた。
気味の悪い笑い声を立てたかと思うと、彼はガバッと身を起こした。


「?」

「――そりゃそうだろうよ!男子があんなカッコしてアベマリア歌うのを聞くなんて初めてに決まってらぁ!」


そう叫んで彼の上半身は再び地面に沈み込む。
あーでも、と彼は言葉を続けた。


「さすがに先輩に告白されるとは思わなかった」

「……確かにあれは驚いた」


まさかの『付き合ってください!』コール。
レッド先輩より付き合いの浅いオレですらこいつだと分かったのに。
本当にあれには度肝を抜かれた。


「…多分先輩の中で色々こんがらがってたとは思うんだけど」

「…そうなのか?」

「あの人テンション上がると言語が危うくなんだ。本人は『すごい!』って言ったつもりでも『食べたい!』とか言ってるし」

「…………」

「だから今回もほんとは『かわいい』とか言うつもりだったとは思うんだけどよ」

「…よく知っているんだな。その…レッド先輩のことを」


彼は地面をせわしなく動く蟻をなんとなしに見つめ、指先で蟻をもてあそぶ。
自嘲気味に彼の唇が歪んだ。


「中学が一緒だったからな」

「……」

「色々世話になったんだ、一応」


思い出に浸っているのか、彼の視線は宙にさまよう。
ふと先程の彼のセリフが蘇った。
『オレ……部活の助っ人だけはできませんから、そのつもりでお願いします』


「…あれは一体どういう意味だ?」

「あ?」


彼は頭を上げて、オレを見た。
まっすぐな視線に貫かれる。


「部活の助っ人だけは無理だという」

「そのまんまの意味だろ。…他意なんかねえよ」


少しの不快さと苛立ちを滲ませ、彼は言った。
そのせいか、逆に他意があるように思えてしまう。
追求するべきか否か。
その聚巡の間に屋上の扉が開く気配がした。


「やっぱりここだった!」


姿を見せたのは確か――同じクラスの…学級委員長の女子だった。
名前は忘れたが、確か初日にオレ達を叱責したのも彼女だった、と思う。


「なんかあったのか?」


ゴールドの無思慮な問いに、彼女の形の良い眉がキッとつり上がった。
さぞかしオレ達を探し回ったことだろう。


「今からクラスで決め事をするから教室にきてくれるかしら」


口調は柔らかくとも、ひしひしと肌に伝わる空気で分かった。
彼女は相当怒っている。


「決め事ぉ?」

「そう。クラス全員出席の球技大会よ」

「……確か男子がバスケかサッカーで女子がドッジかバレーだったか?」


確か姉さんがそんな事を言っていたような気がする。
ぴくりと彼が反応するのを、オレは見逃さなかった。
何かひっかかる所でもあったのだろうか。
不思議に思いながら、彼を見つめる。
幾分雰囲気が和らいだ学級委員長の言葉が続いた。


「その通りよ。ただ……」

「ただ?」

「余ってるのはバスケなの。サッカーはもう決まっちゃってて。だから――」


すっとゴールドが立ち上がった。
顔が丁度陰になって、どんな表情をしているのか分からない。
しかし、顔を上げた彼はいつも通りの淡いシニカルな笑みを浮かべていた。


「わり、オレパス」

「え?」


学級委員長が引き止める前に、彼は屋上を出て行った。
残されたオレと彼女は顔を見合わせる。


「彼…どうしたの?」

「……オレにも分からない」


そう答えてふと気付く。
ここ数日間の穏やかな時間の中。
ゴールドという名前に、金の瞳。
間抜けな寝顔に、当たり障りのない会話。
そうだ、オレはあいつのそれ以外のことを。









――何も知らないのだ。






* *


グリーンが書類に書き込むカリカリという音だけが部室に響いていた。


「ブルー、どうしたんだ?そんな難しい顔して」


思考の海に沈んでいたアタシを現実に引き戻したのはレッドだった。
彼は熱々のコーヒーをアタシに差し出していた。
短く礼を言って受け取る。
深い香が鼻腔をくすぐった。
――他のことにはとことん鈍感なくせに、なんでこんなとこには気が回るのかしら。
不思議で仕方ない。


「…最後のあの子の言葉はどういう意味だったのかしらって思ってたのよ」

「ああ…、それは部活の助っ人だけはしないってことだ――いたっ!何するんだよグリーン!」


書類処理にいそしんでいたはずのグリーンが、アタシの机の前――レッドの背後に立っていた。
彼はぐわし、と音が聞こえてきそうなほど、レッドの頭をつかんだ。


「ブルーはそんなことを訊いているんじゃない」

「えー?じゃあ何を訊いてるのさ」


一人ぼやくレッドはかなり不満そうである。
さすが史上最強の天然。
……こんなのが何でも部部長でよく学校が潰れないものだわ。


「レッドお前、ゴールドとやらと同じ部活だったんだろう」

「うん。でもそれは前言わなかったけ?」

「ええ、聞いたわよ」

「何か変わったことはなかったのか?」


グリーンの問いに、レッドはうーんと考え込んだ。
ゴールドが部活の助っ人をやらないことが、この何でも部に不利益になることはない。
今のこのメンバーなら充分にそれはカバーできるからである。
ただ、アタシを含む全員が、ゴールドがそう言い張る理由を知りたいだけなのだ。
何しろ今までそんなことを主張した人はいなかったから。
少し――どころかだいぶ気になっているだけである。
あっ、短くとレッドが声を上げた。


「何か思い出したの!?」


レッドは茶色の瞳を輝かせて言った。


「そう言えば、オレが卒業した年に監督が変わった!」

「「……はあ?」」







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