――気になる。
気になって、気になって仕方がない。


『……あまりオレに関わらないほうがいい』


あれは、一体どういう意味だ?
どういう意味もそういう意味もなくて、きっとそのままの意味だとは思う。
が、どこかひっかかる。

――気になる。

ちなみに今は、授業中だ。
眠いはずの午後の授業なのに、眠くないのはあいつのせいだ。
ずっと見ているけれど、どうやら頭は悪そうではないし、顔は言うまでもなく悪くない。

――あ。

最初に感じた違和感。
どこか、どこか冷めているあの感じ。
それと彼の言葉はどこか似ている。
この授業が終わればショートホームルームで終わりだ。
訊いてみようか。
いや。

――答えてもらおう。

そう結論付けると、幾分か気持ちが落ち着いた。
……じゃあ、寝ようかな。
そう思った矢先、チャイムが鳴った。


「では授業を終わりまーす。宿題忘れないように」


教科担任の先生と入れ替わりに、担任の先生が入ってくる。


「ショートホームルーム始めっぞー」


まあ、どうせ聞かねーけ、


「今日はサボリが二人いたから以後ないようになー」


――あれ?
あいつ…サボりだったのか。
ぽくなかったのに。
人は見かけによらない、ってやつか。
……とりあえず早くショートホームルーム終わんねーかな。


「……以上、解散!」


よし、終わった。
あいつはっと――うわ、行動はやっ!
彼は終わるなり、すたすた廊下へ直行していた。


「おーい!ちょっと待てって!そこの赤毛!」


ぴたり、と彼の足がとまった。


「――お前は、昼の…」

「そーだぜ!覚えててくれたか」

「オレに関わるな、と言ったろう」


凍てついた銀の瞳が、僅かに細められる。
苛立ちだ。
にやり、と口角が上がるのが分かった。


「そんな言葉は聞いた覚えはねーなぁ」

「は?オレは確かに――」

「――オレに関わらないほうがいい、なら聞いたけどな」

「どちらも同じだ」


言い捨て、彼は躊躇なく歩きだした。
遠慮なく、オレは彼について行く。
彼は階段を上った。


「こっちは昇降口じゃねーぞ?」

「……なぜついてくる」

「私的好奇心。なんでお前に関わっちゃいけねーんだ」

「お前には関係ない」


彼は歩く速度を上げた。
赤茶の髪を眺めながら、オレはぴたりとついて行く。
サラサラだな。
女子みたいだ。


「もう関係なくはねーだろ」

「いや、関係ない。だから関わるな」


あ、分かった。
ひらめいた。
天啓ってこういうことを言うんじゃねーか。


「お前、あれだろ」

「……」

「関わるなって言ってほんとは関わってほしいっていう、そう!ツンデ――ぶっ」


弁当の入った手提げを顔面に投げつけられた。
地味に痛い。
鼻を押さえながら、とりあえず手提げを拾う。
どうやら見た目と裏腹に短気のようだ。


「いきなり何すんだ!」

「バカかお前」

「だってそうとしか思えないだろ!」

「オレのどこをどう見たらそう思える!……もういい」


彼はため息をついた。
形の整った掌を、オレに向ける。


「返せ」


オレは手提げに目を落とす。
グレーの至ってシンプルなものだった。
特に目立つような汚れもない。


「さっさと返せ」


ふっと、彼の顔を見る。
銀色の双眸に引きつけられた。
曇りもなく、温かみもない。
冴え渡って、滑らかな、銀の色。

――きれいだな。

今まで見てきたどんな色より、きれいな色だ。


「ほらよ」


手提げは放物線を描いて、持ち主の手に収まった。
やすやすと返しともらえると思ってなかったのか、銀の瞳が若干丸くなった。
……オレはそんなに性悪じゃねえよ。


「じゃあな、シルバー」

「!…オレの名前……」


今度こそ、銀の瞳が丸くなる。
なんとなく、勝った気分になった。
踵を返して来た通路を戻ると、パタパタと駆ける足音がした。

――あいつ、内履きの踵踏んでやがんな。

あんな顔してるのに。
いや、顔は関係ないか。

――笑いが込み上げてきたのは、なんでだろう。


* *


「姉さん」

「あら、遅かったわねシルバー」


シルバーはポケットから鍵を取り出した。


「ありがとう。また借りにくると思うけど返しとく」

「別に閉めとかなくても良かったのよ?どうせ私達が最後全部閉めるんだから」


彼女は、シルバーから鍵を受け取ってクルクルと弄ぶ。
彼女の瞳は温かな光を浮かべていた。


「それに私はマスターキーがあるから。シルバーが屋上の鍵持ってていいわ。どうせ教室は息苦しいんでしょうし」

「ごめん、姉さん」

「いいってことよ、それにあなたはなかなか大変だもの。学校にいる時くらい自由に息抜きしなさい」

「姉さん…、やっぱりオレここに入るよ」


彼女はシルバーの両頬をむにっとつまんだ。


「ここはなかなか大変よ?シルバーは十分分かってると思うけど」


シルバーは頷いた。
彼女は手を離した。


「オレを何でも部に入れてください」








<<前へ||次へ>>

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ