2
――気になる。
気になって、気になって仕方がない。
『……あまりオレに関わらないほうがいい』
あれは、一体どういう意味だ?
どういう意味もそういう意味もなくて、きっとそのままの意味だとは思う。
が、どこかひっかかる。
――気になる。
ちなみに今は、授業中だ。
眠いはずの午後の授業なのに、眠くないのはあいつのせいだ。
ずっと見ているけれど、どうやら頭は悪そうではないし、顔は言うまでもなく悪くない。
――あ。
最初に感じた違和感。
どこか、どこか冷めているあの感じ。
それと彼の言葉はどこか似ている。
この授業が終わればショートホームルームで終わりだ。
訊いてみようか。
いや。
――答えてもらおう。
そう結論付けると、幾分か気持ちが落ち着いた。
……じゃあ、寝ようかな。
そう思った矢先、チャイムが鳴った。
「では授業を終わりまーす。宿題忘れないように」
教科担任の先生と入れ替わりに、担任の先生が入ってくる。
「ショートホームルーム始めっぞー」
まあ、どうせ聞かねーけ、
「今日はサボリが二人いたから以後ないようになー」
――あれ?
あいつ…サボりだったのか。
ぽくなかったのに。
人は見かけによらない、ってやつか。
……とりあえず早くショートホームルーム終わんねーかな。
「……以上、解散!」
よし、終わった。
あいつはっと――うわ、行動はやっ!
彼は終わるなり、すたすた廊下へ直行していた。
「おーい!ちょっと待てって!そこの赤毛!」
ぴたり、と彼の足がとまった。
「――お前は、昼の…」
「そーだぜ!覚えててくれたか」
「オレに関わるな、と言ったろう」
凍てついた銀の瞳が、僅かに細められる。
苛立ちだ。
にやり、と口角が上がるのが分かった。
「そんな言葉は聞いた覚えはねーなぁ」
「は?オレは確かに――」
「――オレに関わらないほうがいい、なら聞いたけどな」
「どちらも同じだ」
言い捨て、彼は躊躇なく歩きだした。
遠慮なく、オレは彼について行く。
彼は階段を上った。
「こっちは昇降口じゃねーぞ?」
「……なぜついてくる」
「私的好奇心。なんでお前に関わっちゃいけねーんだ」
「お前には関係ない」
彼は歩く速度を上げた。
赤茶の髪を眺めながら、オレはぴたりとついて行く。
サラサラだな。
女子みたいだ。
「もう関係なくはねーだろ」
「いや、関係ない。だから関わるな」
あ、分かった。
ひらめいた。
天啓ってこういうことを言うんじゃねーか。
「お前、あれだろ」
「……」
「関わるなって言ってほんとは関わってほしいっていう、そう!ツンデ――ぶっ」
弁当の入った手提げを顔面に投げつけられた。
地味に痛い。
鼻を押さえながら、とりあえず手提げを拾う。
どうやら見た目と裏腹に短気のようだ。
「いきなり何すんだ!」
「バカかお前」
「だってそうとしか思えないだろ!」
「オレのどこをどう見たらそう思える!……もういい」
彼はため息をついた。
形の整った掌を、オレに向ける。
「返せ」
オレは手提げに目を落とす。
グレーの至ってシンプルなものだった。
特に目立つような汚れもない。
「さっさと返せ」
ふっと、彼の顔を見る。
銀色の双眸に引きつけられた。
曇りもなく、温かみもない。
冴え渡って、滑らかな、銀の色。
――きれいだな。
今まで見てきたどんな色より、きれいな色だ。
「ほらよ」
手提げは放物線を描いて、持ち主の手に収まった。
やすやすと返しともらえると思ってなかったのか、銀の瞳が若干丸くなった。
……オレはそんなに性悪じゃねえよ。
「じゃあな、シルバー」
「!…オレの名前……」
今度こそ、銀の瞳が丸くなる。
なんとなく、勝った気分になった。
踵を返して来た通路を戻ると、パタパタと駆ける足音がした。
――あいつ、内履きの踵踏んでやがんな。
あんな顔してるのに。
いや、顔は関係ないか。
――笑いが込み上げてきたのは、なんでだろう。
* *
「姉さん」
「あら、遅かったわねシルバー」
シルバーはポケットから鍵を取り出した。
「ありがとう。また借りにくると思うけど返しとく」
「別に閉めとかなくても良かったのよ?どうせ私達が最後全部閉めるんだから」
彼女は、シルバーから鍵を受け取ってクルクルと弄ぶ。
彼女の瞳は温かな光を浮かべていた。
「それに私はマスターキーがあるから。シルバーが屋上の鍵持ってていいわ。どうせ教室は息苦しいんでしょうし」
「ごめん、姉さん」
「いいってことよ、それにあなたはなかなか大変だもの。学校にいる時くらい自由に息抜きしなさい」
「姉さん…、やっぱりオレここに入るよ」
彼女はシルバーの両頬をむにっとつまんだ。
「ここはなかなか大変よ?シルバーは十分分かってると思うけど」
シルバーは頷いた。
彼女は手を離した。
「オレを何でも部に入れてください」
<<前へ||次へ>>