1.










何でも部。


それは、この学校の暗部であり、幹部である。
厳密には、生徒会を超越した学校運営組織。

何でも部は初等部から存在し、中等部、そして高等部に引き継がれる。

そして、一般の生徒はほとんど存在を知らない。
勘の良い者は存在に気付く場合もあるが、その場合でも名前を知るまでには至らない。


何でも部。


それは、この学校に在って当たり前、かつ、知らなくて当たり前の存在なのだ。


* *


――やっぱり鍵は返しておこう。


オレは手の中でくるりと屋上の鍵を回した。
やはり、馴染まない。
違和感がある。
自分が持っていてはいけない気がするのだ。
だから、返しに行こう。
屋上の扉は先ほど開けた。
もともと屋上に行く人など皆無なのだから、少しくらい放置しておいて構わない。

――いや。

ふっと、金色が頭をよぎる。
あいつは例外だ。
黒髪の、前髪が爆発している確か――ゴールドとか言ったあいつだ。
思わずため息が漏れた。

――考えないでおこう。

気がつけば、何でも部の部室の近くまで来ていた。


「もしかして君、シルバーくん?」


この角を曲がれば部室、というところで人に出くわした。
重力って何ぞや、と思わず問いたくなる黒髪に柔らかな表情。
確かこの人は…。


「――レッド先輩…?」


姉さん曰わく、歩く天才天然、史上最強の鈍感、時折情緒不安定、な人らしい。
そして、今代何でも部の部長。
この学校の、影の権力者。
――は実質、姉さんらしいが。
彼は、人当たりの良い笑顔を浮かべた。


「よかった、やっぱりシルバーくんだ。ここに来たってことは、ブルーに用かな?」

「あ…はい」


するとレッドは困ったように、わしゃわしゃと頭をかき回した。


「今用があってブルー学校にいないんだよなー…伝言ならするけどどうする?」

「いえ……大した用事じゃないんでいいです」

「そうなの?」


……屋上の鍵を口実に姉さんの顔を見に来ました、なんて言えるはずがない。
それに姉さんがいないのなら、ここにいる意味もなくなるのだ。


「じゃあオレ、戻りますので」


小さく会釈をして回れ右をする。
その瞬間、レッドが思い出したかのように声を上げた。


「そう言えばシルバーってゴールドと同じクラスだよね?」


ぎくり、と身体がこわばるのが分かった。
恐らく今、一番触れたくない人物だ。
しかもさり気に呼び捨てに変わった。


「……はい」

「じゃあ彼にさ、早く挨拶に来いって言っといてくれないかな」


口調は優しくとも、上級生の頼み事。
断れるはずもなかった。


「…分かりました」

「よろしくね」


爽やかな笑顔で、レッドは手を振った。
オレはもう一度会釈して屋上へと引き返した。


* *


――それにしても意外だったな。
レッド…先輩があいつのことを知っていたなんて。
しかも挨拶しに来いってことは、結構仲がいいのではないだろうか。
確かレッド先輩は内部進学ではなかったはずだ。
同様に、あいつも内部進学ではない。
きっとどこかで接点があったのだろう。
そこまで考えてはたと気付く。


「……また考えてしまった」


何たる不覚。
気にしない、と決めたはずなのに。
いつの間にか思考を占領されていた。
末恐ろしいやつだ。
屋上に着いた。
扉を開け、一歩踏み出す。
昨日同様、柔らかな青空が広がっていた。
そして。


「――……またお前か…」


扉から少し離れて彼は大の字で寝転んでいた。
昨日と弱冠異なるのは、枕があることである。
最も、今日は昨日ほど動揺しなかったが。
まさか――休み時間に鍵を返しに行っている間に、誰かが屋上に入るとは露ほども想定していなかったのだ。
黒髪の近くに、座り込む。


「――おい」


風が吹いて、黒髪を撫ぜる。
ゆるゆると目蓋が揺れ、まどろんだ金をわずかに覗かせた。


「……も……、…」

「…?」

「……もう…むりっすよ……せんぱい…」


――先輩?
夢でも見ているのか、言葉が不明瞭だ。
それにしても昨日とは別人のようである。
自分勝手で傲慢でまっすぐな強い金瞳――そんな強気の欠片も、今は見受けられなかった。
注意深く見つめていると、再び形のよい唇がゆっくり動いた。


「……わからない…んすよ……かんがえても…」

「!」


音もなく、眼尻から涙が零れ落ちる。
金色がぼやけていたのは、夢現のせいだけではなかったのか。


「…わかんねぇすよ……もう……」


震える声が、ふつりと途切れる。
ぎこちなく、彼の手がオレに向かって伸ばされた。
そしてゆっくりゆっくりオレの髪に触れる。

突然、パチリと金の双眸が見開かれた。


「……」


濡れた金色の目と視線が絡む。
気のせいかもしれないが、昨日より鬱陶しく感じなかった。


「………………」

「気付いたようだな」

「………………」


音もなくただ硬直している彼に、取りあえず当たり障りの無い言葉をかける。
瞳を真ん丸に見開いたまま、彼はぱくぱく口を開閉した。
残念ながら音になっていないが。


「…シ…ルバー……?」

「そうだが」


涙の跡が残った顔で、彼はひゅっと息を呑んだ。

――嫌な予感がする。

その予感通り、次の瞬間彼はあ行の一番上と真ん中の文字が入り混じった悲鳴を上げた。




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