2.
















光に透けた、赤が見える。
ゆらゆら揺れているそれは、とてもきれいで見ている者の胸を締めつける。

――思い出すのは、光の射し方によって茶色にも赤色にも見える澄んだ瞳。

オレは、あの人の強さに憧れていたんだ。
手を伸ばして、赤色に触れた。
違和感。

――なぜ、さわれる?
瞳のはずなのに。

唐突に世界が開けた。


「………………」


視界には、シルバーと少しの空。
――シルバー。
オレが触れているのは、彼の髪。


「………………」


なめらかな銀の瞳は、訝しげにオレを見つめている。
まさか。
まさかまさか。
もしかしなくてもオレは。
思わずひゅっと息を呑んだ。


「――うあぁぁぁああ!」


やってしまった。
勘違い?
そんなもんよくあるこった。
夢見が悪い?
そんなこともあるだろうよ。
だがその2つが重なればどうだ?
まさしく、今のオレの状況。

――変人としか思えねーだろ!

茹だってショートしまくった思考のまま弁解する。


「――とっとととと取りあえず今起こった事は忘れろ!いや忘れてくれ!」

「……まず落ち着」

「夢見が悪いのと勘違いなんてよくあるこった!だからだから――」

「――落ち着けと言っている」


無防備な腹を、拳で殴られた。
痛い。
咳き込む。
だがそのおかげで、自分でも分からなくなりかけていた言葉の羅列が止まる。


「……すまねぇ、…ってなんでまたお前がいるんだ?」

「ここの鍵を持っているからだ」

「鍵?」

「それより――お前はオレに変人と思われたくないようだな」

「え、は?いやあの」

「だが安心しろ。昨日の時点でオレはお前を変人だと認識している」

「はあ?」


今までのオレのどこに一体そんな要素があっただろうか。
っていうか変なのはむしろお前のほうだろう。
シルバーはオレからついっ、と視線を景色へ向けた。


「……お前の先輩から伝言だ」

「先輩?」

「レッド先輩だ」

「ちょっと待て!なんでお前が先輩を知って――」

「さっさと挨拶に来い、だそうだ」


さっと血の気が引いた。
――あ。
忘れていた。
忘れていたのだ。
それはもう、きれいさっぱりと。
――やばい。


「おいシルバー」


立ち上がる。
銀の瞳と視線がかち合った。


「どこに先輩いるか分かるか」

「今から行くのか」

「なんか文句あんのかよ」


するとシルバーは哀れなものでも見るような目でオレを見た。


「今は授業中だぞ」

「あ……でも先輩ならさぼっているはずだ、と思う」

「その根拠はどこから来るんだ」

「とっとにかく一秒でも早く会わなきゃなんねぇの!」


短い嘆息。
シルバーも立ち上がった。
お?


「ついてこい」


* *


「こんちはー」


何でも部。
そう書かれた部屋の扉をノックして開ける。
教室のようなスライド式のドアではなく、洋式のドアノブが付いている飴色の扉だった。


「レッドせんぱーい?」


部屋の電気はついている。
中は、どこぞの高級ホテルかと見紛うほど洗練されていた。
ここはほんとに学校か?
一瞬本気でそう思った。
後ろのシルバーに促され、部屋の中へ入る。
――その時。


「――わっ!」

「うわぁっ!?……ってレッド先輩!?」


ドアの死角から脅かしてきたのは、探していた当人だった。


「あははは!びっくりしたでしょ?」

「か、勘弁してくださいよ先輩…!心臓に悪すぎっス!」


悪戯に成功した子どもさながらの笑みを浮かべた先輩に訴える。
そう言えば、中学の時もよくこの手口で引っかけられた。
その辺はまったく変わっていないようである。


「だってゴールド、すぐに来てくれなかったじゃん。入学したら挨拶に行きます!っとか言ってたのに」


真正面から抱きつかれる。
ほんとにこの人は。


「それはほら、オレにだっていろいろありますし。てか先輩はどうしてこんないかつい所にいるんスか?」


先輩を引きはがしながら、問う。
と、後ろにいたはずのシルバーが、遠慮なく部屋の奥へ入って行った。


「?」

「オレはここの部長だから」

「部長は授業サボれるんスか?」

「いやあさすがに部長でも授業はサボれないよ」

「でも今――」

「今日は特別。ちょっと用事があってね」


いたずらっ子の笑みとは違う、笑い方。
何かあるんだとオレでも分かった。
先輩は奥の方へ顔を向ける。


「シルバー」


本棚の間を通り抜けようとしている彼に、先輩はさらりと言った。


「それより先には進まないでね。商談中だから」

「……」

「商談……ってなんスか?」


学校に似つかわしくない単語だ。
思わず首を傾げるオレに、レッド先輩はにっこり笑って教えてくれた。


「学校の予算交渉とかかな」

「へ?」

「それとか――」

「――部員でない奴に機密事項を話すのは頭の良い事とは言えないぞ、レッド」


ガチャリ、と奥の扉の開く音と同時に声がした。
シルバーが機敏に振り返る。
そこには、形容し難い――敢えて言うならウニ?――頭の端正な顔立ちの男子生徒と、髪の長いプロポーション抜群の美人さんがいた。






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