4.
金の瞳に見竦められる。
今聞いた言葉が脳内で木霊した。
『オレはあの部活に入る気はないぜ』
「――何故だ?」
「はあ?」
「何故入らない」
意外だった。
絶対入る、と言うと思っていた。
というか、つけ回されると思っていた。
昨日みたいに。
だから、どこか腑に落ちなかった。
彼の瞳が丸くなる。
「お前…オレに入ってほしかったのか」
「そうじゃない」
入ると思っていた。
思い込んでいた。
だが、彼は入らなかった。
――オレは。
オレは――彼を分かった気でいた。
「ただ…」
「ただ?」
「何でもない」
小さく首を振る。
この目で捉えきったと思っていた。
だが、捉えきれていなかった。
今までの媚びてきた奴らとは違う。
媚びる奴らと、蔑んでくる奴ら。
そんな奴らしか、いなかったのだ。
しかし彼はそのどれとも違う。
手を降って屋上に入るよう促す。
彼はためらいつつ、素直に従った。
――変なやつだ。
思いながら、オレも屋上へ踏み出した。
* *
それから屋上で学校の大半を過ごすのが日課となっていた。
彼と二人で、他愛もない話をしたり、ひたすら寝たり。
学校も、悪くないと思い始めていた。
「お前、今日で一週間だぞ」
何でも部に入るか否か。
姉さんが出した最終期限が、今日だ。
彼はごろん、とオレの方に寝返りをうった。
眠いのか、目が開ききっていない。
「あー……もう一週間たつのか…じゃー後で一緒に行こうぜシルバー」
「一人で行けばいいだろう」
「ムリ。先輩らの圧力半端ねぇもん。特にレッド先輩」
彼は再び、仰向けになった。
瞼が閉じられる。
屋上の扉が開く音がした。
「シルバー君!」
見知らぬ女子生徒がひょっこり顔を覗かした。
ネクタイは同じ赤色。
――同学年。
彼女はオレの横に腰を落とす。
「シルバー君、私ね、私――あなたに言わなきゃいけないことがあるの」
頬が赤く瞳が緊張で潤んでいる。
そこで彼女の言いたい事に気付いた。
――無駄なことを。
上目遣いで、見つめられる。
少しでも自分を可愛くみせようとする意図が見え透いて、吐き気を覚えた。
「私…シルバー君のことが好きなの」
ああ。
――これで何人目だ。
「…悪いがオレは――」
「知ってるわ、私。シルバー君が誰とも付き合う気がないってこと」
「……」
通じえないと知っていてなぜ。
なぜこんな無益なことをするのだ。
理解できない。
女子生徒はにっこり笑った。
「だってシルバー君には好きな人がいるもの。見ていたらわかるわ」
「いや、オレには」
そんな人はいない。
敢えてあげるなら姉さんだが、それは恋慕ではなく親愛だ。
断っているのは単に、オレをきちんと理解してくれるだろう、と思える人がいなかったからだ。
彼女はポケットから黒い何かを取り出した。
「――!」
黒い手袋。
鼻を突く臭い。
彼女の唇がうっそうと歪む。
「これ、シルバー君の大事なものなんだってね」
――なぜ。
なぜ彼女が持っている。
鞄の奥底に入っていたはずなのに。
吐き気に加え、軽い殺意を感じた。
「……盗ったのか」
「ねえ、私と付き合ってくれない?」
「……」
「そうしたら手袋は返すわ」
失笑。
――すごいな。
よくやるもんだ。
目的の為には手段を選ばない。
その考え方は否定しない。
オレ自身、その考え方だ。
それにオレはろくに授業に出ていなかったから、盗み出すのも容易かったのだろう。
――だが。
「――断る」
「……そう………じゃあ」
彼女の瞳に暗い光が宿った。
取り出したのは、ライター。
ぬかった。
この臭いは灯油か。
「――いいわよね、燃やしたって」
「!」
――彼女は本気だ。
オレに想いを告げる人は沢山いる。
けれど、未だに付き合うことを承諾された人はいない。
叶わなかった人しかいないのだ。
その有象無象に入って自分が告白したことを忘れられてしまうくらいなら。
それくらいなら、大切なものを傷つけて覚えていてもらおう。
そうすれば、彼――オレの記憶には残るから。
歪んだ愛の形。
けれども確かに愛の形だ。
――歪ませたのは、オレだな。
打ち石に彼女の親指が延びる。
白い火花が散った。
――ごめん姉さん。
ひどく時の流れが遅く感じた。
『あんたはすぐに大きくなるわねー』
温かい苦笑を浮かべた顔が浮かぶ。
せっかく新しく編んでくれたのに。
――ごめん。
軽い衝突音。
ライターに小石がぶつかる。
ライターは空に弧を描いた。
横を見る。
片膝を床に着け、地に片手を添え。
利き手にキューを持った彼。
金の瞳に引きつけられる。
彼――ゴールドは女子生徒を見据えていた。
心の奥底を見透かされるような。
それでいて総てを断罪されるような。
まっすぐで不思議な視線。
――息が出来ない。
「……」
何拍か後、彼はふっと視線を逸らし、再び寝転んだ。
緩んでいた時が普通に流れ出した。
息を吐き出す。
長い沈黙。
「……私じゃ荷が重すぎるってことね……」
「……」
――よく、分かったわ。
彼女は手袋を置いて、立ち上がり出口に向かう。
オレはその背中を見つめていた。
バタンと扉が閉まる。
横を見る。
金の双眸がオレを見つめていた。
「……寝ていたんじゃなかったのか」
「ギャルが来てるのに寝れるわけねぇだろ」
「……そういうもんなのか」
「おうよ」
「……ゴールド」
「あ?」
「助かった」
つり目気味の瞳が丸められた。
ついで彼は勢いよく顔を背けた。
そっと手袋を手に取る。
口元が緩んだ。
「――大切な、ものだったから」
ゴールドは跳ね起きる。
彼の口元も笑みを形作っていた。
空を仰ぐ。
振り返って、彼は明るい笑みを湛えてオレに言った。
「――そんじゃあ先輩たちのところに行きますか」
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