キセキな僕たち

□排他的ヒステリックBoy
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あの出来事があった日から赤司は僕に構わなくなった。それどころか僕に話しかけなくなったし寄りつかなくもなった。

自業自得。自嘲っぽくそう思ってみても赤司を追っている僕の瞳。なのに一回も彼の瞳と視線が重なった試しがない。赤司はもう僕の存在さえ抹消してしまったのか。だとしたら僕はどうやって生きていこう。赤司しか僕の存在を認めてくれた人はいないと言うのに…。

「赤司くーん」
「ここの問題なんだけどね…」

ふわふわとした甲高い女の子特有の声が赤司の席から沢山聞こえてくる。考えてみれば赤司はモテるんだ。今までは僕がずっと一緒にいたから近寄らせなかっただけ。

「あぁ、ここはこうして…ー」

…教えるんだ。こないだまでは絶対教えなかったし喋りかけられても全然相手なんかしてなかったのに。

気に入らないなぁ。あそこの所有者は僕のハズだ。赤司の隣はいつだって…ー。

ーバシッ

乾いた音が響いて目の前にいる女の子が泣き出す。それを囲むように心配するその子の友達と驚いた顔の赤司。

でも赤司はすぐにいつも通りの冷静さを取り戻して女の子の腕を引き保健室へ行こうとする。それが嫌でおもわず掴んだ赤司の制服の裾。赤司は無表情に僕の方へ顔を向けた。

「…離してくれ」
「ヤダ、行かないでよ」
「彼女は怪我をしてる」
「はっ…?」
「お前が傷つけたんだ、壱琉」

僕が…傷つけた……?
だからなんだって言うの?
最初に僕を傷つけたのは赤司だろ。赤司が離れようとするから…僕は…。

温かい雫が僕の頬を伝い床に落ちる。足から力が抜けて膝をついてみても赤司は手を差し伸べてはくれなかった。

「死ね!赤司なんて死んじゃえ!」

僕を見てくれない君なんて。他の人に優しくする君なんて。イラナイ。だから消えて。僕のために消えて…。僕だけのものになっちゃいなよ。

ーダッ

狂った思考回路で赤司の元へと走る。彼は相変わらず隣にいる女の子を優しく支えてゆっくり歩いていた。怒りとも悲しみともとれるような感情が廻りに廻って頭に血が昇る。体は小刻みに震えていた。

「赤司は僕のものだ…」

ずっと小さな頃から赤司の隣には僕がいた。それが当たり前なんて誰が決めた訳でもないのにね。当たり前みたいに君は僕の隣にいてくれたんだ。最初はそんな優しさが嬉しかっただけ。それが恋に変わっていたのはいつからだろう…。わからないケド別に良いよね。だって君は僕のコトなんて嫌いになってしまったんだから。

「ずっと隣にいてね?」

前を歩く赤司に僕の声は届かない。それを物語るように赤司は隣の女の子と笑いながら喋ったまま。その光景に喉から洩れる乾いた笑い声。自然と涙は流れなかった。

赤司…。たとえ今からするコトが間違った愛の伝え方でもどうか許して。僕はこの方法でしか愛を伝えられないんだ。まだ気持ちをちゃんと伝えるコトができないから。

…ごめんね?

そっと呟いてポケットに入っていたカッターを手にとる。その先端から刃を覗かせてみればキラキラとした輝きを発した。その刃を愛しい彼の背に方向に向けて走り出す。異変に気づいた赤司は振り返ったがもう遅い。彼の腕からは血が滲み制服を赤黒く染めていった。

「き、きゃああああああ!」

耳をつんざく悲鳴と苦しそうな呻き声が混ざり合って混乱していた僕の脳を正常にしていく。

僕は何をしてるんだろう…。どれだけ赤司を傷つければ気が済む?これじゃいつもと変わらないじゃないか。傷つけるだけなら前と同じだよ。

こんなん愛なんかじゃない。

唯の自己満足だ…。

「う、ぁ…ああああああ……!」

廊下に響く僕の叫び声。その声に反応する人々の群れは僕を異様なものをみるような顔で見ていた。

足が竦んで動けない。目の前で先生たちに誘導される赤司は通常では考えられないぐらい弱々しかった。

まるでブラウン管の奥で流れている映像みたいにリアリティに欠けるその光景は確かに現実で…。騒ぎ立てる生徒たちと僕の腕を力強く握る教師によって嫌々理解させられた。

それから何があったのか。気づけば僕はカウンセラーの人と担任を前にして生気の抜けたような顔を晒していた。二人とも何か言ってるケド何を言ってるのかはわからない。頭がうまく回らないのだ。

「先生…」
「どうした?」
「僕は何で赤司を幸せにできないのかな」
「…?」
「僕ね、赤司を傷つけたコトしかないの」

「傷つけたコトしかないんだよ!」

ーダンッ

どこにも発散できないままだった怒りと悲しみによって衝動的に殴った机。手に走る痛みよりもやっぱり胸を締め付ける痛みの方が勝っていた。

「…愛してあげたいだけなのに」

傷つけても傷つけても僕の隣からけして離れていかない赤司。その優しさに言い訳をして胡座をかいていた僕。彼の例外的な存在でいるコトが普通だったから甘えていたんだ。赤司は僕を絶対に裏切らないと。

愛してるなんてカッコいい言葉は伝えられないけどたぶん今なら優しく抱き締めてあげられるよ。大切なモノを無くす痛みは充分知っているから…。

「大切なモノは自分で守らないと…」
「…できるのか?」
「大切なモノを失う痛みは知ってます」
「…あれは事故だっただろ!?」
「それでも母は僕のために死んだから」
「…気に病むなよ」
「有難うございます、先生」

そう…。僕は昔からこんな性格だったから大切な人を失ってしまった経験がある。僕の母はとても優しい人だった。だからこんなダメな息子でも愛してくれていた。なのに僕はそれさえ気づかず汚らしい言葉を吐き散らして息苦しい彼女の元から逃げ出したんだ。彼女の優しさが僕には酷く残酷なものに思えていた。優しくされるたび胸を裂かれるような気持ちになっていた。

でもそんなん僕の思い違いで…。彼女は走行中の車の前に飛び出したダメな息子を庇って死んだ。今でも忘れられない飛び散った血飛沫の色と大きく反りながらぶっ飛ぶ白く華奢な体。あんぐりと口を開けた間抜け面の僕と薄く笑った母の目が合う。その瞬間、少しだけ時間が止まった気がした。

あの頃はまだ母の気持ちなど知ろうともせず目の前の状況に流されながら生きてきた。だけどね母さん…。やっと貴女の優しさを受け入れられそうです。後悔なんてしても貴女は戻って来ません。涙を流したところで貴女には会えません。だからこそ僕は笑顔でありがとうと伝えたい。

ありがとう母さん…。
大好きだよ。

「処分は後で受けます…ー」

そう言い残し部屋から抜け出す。そして赤司がいるであろう保健室へと足を必死に動かした。額から溢れる汗は異様に眩しい。サンサンと輝く太陽はそんな僕を照らした。

呼吸が弾む。息遣いの荒い音が心地良く感じた。保健室まではあと数メートル。その扉に近づくほど僕の足は加速していく。

ーガラッ

手を伸ばし扉を勢いに任せてスライドさせた。柔らかい風が頬を撫でる。

「失礼します!」
「あら、どーしたの?」
「赤司は!!?赤司くんはいますか!?」
「え?彼ならさっき出てったわよ」

…入れ違いになった。

「わかりました!失礼します」

保健室での所用時間約30秒。なんとも味気ない会話は保健室に残ったまま扉の閉まる音に遮断される。廊下の先を見つめながら赤司が行きそうな場所を考える。ふと校舎裏が脳裏をよぎった。

あの日の僕たちは素直になれないまま離れてしまったね。でも今日は大丈夫。たぶん大丈夫…。

カタカタと震えてる足に力を入れてまた僕は走り出す。愛しい彼を迎えに行くために。

赤司…。

××してるよ…ー。







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