ふり

□ヒロインは何処にもいない
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フリーの忍者は大変だ。何がと問われればすべてが大変だといえよう。
仕事を請け負うのも一苦労。自分で見つけて交渉して初めて仕事ができる。相手側が自分を認めてくれなければ仕事は得られないし、ましてやそれは噂になり、その後の仕事をもらえるか否かにも影響する。
そしてその仕事も自分一人でやるものが大半。フリーであるから協力者がいるわけでもなく、仲間がいたとしてもそれはその仕事限りの関係。このご時世、昨日の敵は今日の友何てこともあれば反対のことだってざらにある。
そもそも忍であるから“人を信じる”なんてことは中々できないため苦ではないのだが。

更に、フリーの忍者は色々なところで多種多様な仕事をするため、城仕えの忍よりも恨みをかいやすい。私の兄である山田利吉もそうだが、仕事がないときでもどこぞの忍びに因縁をつけられたり、殺されそうになったりとなにかと苦労は多い。
いや、兄上の人気と経験に比べれば私はまだまだましな方であろう。
兄上に憧れフリーの忍者になってはや一年。因縁をつけられたのは片手で数えられるほど。まだまだひよっこな私ではあるが、仕事も板についてきてとりあえずは食うに困らないでいる。実家で食べるときもあれば兄上にご馳走になることもあるのだが、まぁ、それはそれとして…。


今日は久々の休みと父上の顔を見ようという名目で忍術学園へと来た。
去年まではここで学ぶ玉子の一人だったが、なんだかもう数年も帰っていないような気分になる。それほどまでにこの一年が濃く充実するものだったということだろう。それに、彼に会うのも一年ぶりになるのか。
彼というのは善法寺伊作で、私の一個下の忍たま。なるだけ周りには秘密にしてきた関係ではあるが恋仲である。在学中も限られた時間と場所でしか会わず、二人だけの合言葉なんかもつくって意思疏通を図っていた。
伊作は生粋の不幸体質であるから中々思い通りにいかないことも多々あったものの、それを苦にしないほど二人でその絆を濃いものにしてきた。

時間も距離も離れすぎていたから、向こうの私にたいしての感情は薄まってても仕方ないと言える。しかし、私は今まで以上に伊作への想いは強くなっていた。離れていたからこそというか、“死”に直面する機会が多過ぎて彼を想わずにはいられなかったのだ。
そんなことをたまにだが兄上に漏らしたら「お前は一途でまっすぐなんだな」と呆れられた。惚気られて嫌だったのだろうか。

兄上は実力も凄いし人当たりも良くて皆から慕われる出来た人間だ。勿論異性からもかなりモテるのだが、未だに恋仲の子がいるという話を聞いたことがない。
そこまでに至らない何かがあるのかもしれないが、そういう返答をしてくるということは恋仲を作りたいとは思っているということ。「想い人はいないのですか」と何時だったか、家で晩酌をしているときに聞いたことがあったが、あの時は何て返されたっけ…。

…………


「父上息災でなによりです、これ、兄上のかわりに。着替えです」
「おお、名無しさんも元気で何よりだ。仕事の方は利吉から順調だと聞いている。
この一年良く頑張ったな」
久々に見た父上は前とあまり変わっていなくて(一年だから変わっていたらいたで驚きだが)、子供をあやすように頭を優しく撫でてくれた。
小さい頃から誉められる度にこうして撫でてくれる父上の手はいつもごつごつしていて立派な忍者のそれだ。
私はもうプロの忍者だからこんなことという気持ちも多少はあるが、やはり家族との関わりをこういうときにこそ大事にしていかないと駄目だとおもう。兄上の受け売りなのだが。

少しの会話をしたあと、食堂でご飯を食べてくると良いと言われ父上と別れた。これから次の授業の準備があるということ。手裏剣の使い方の勉強らしいが一年生ならまだまだきちんと投げることもできないだろう。後で少しだけその可愛らしい姿を見に行かせてもらうとする。
昼時は少し過ぎているので食堂には殆ど人がいない。仕事の合間に食事をとりにきた先生方に軽く挨拶をし、おばちゃんにご飯を頼む。
おばちゃんのご飯をたべるのも一年ぶりか。優しい味を噛み締めながら、学園で過ごしていたときのことを思い出していた。

先生方もいなくなり洗い物を終えたおばちゃんが話しかけてきた。
「名無しさんちゃん、善法寺くんとはどうなの?」
「えっ!!?」
口に入る予定だったご飯がぺとりと机の上に落ちた。
「ふふふ、お仕事忙しくて全然会えてなかったでしょ」
「う、いやぁ…はい」
「誰にもいったり、いおうとはしないから安心しなさい」
「おばちゃん…ありがとう」
女同士の約束よなんて笑いあい、その後も雑談に花を咲かせ遅くなったが学園長にも一言挨拶にと向かった。
廊下を幾らか曲がり歩いていると、目の前を伊作と後輩が歩いてきた。遂に彼と対面!なんて柄にもなくドキドキする。
「あっ!名無しさんさん!」
「伊作!久しぶり」
「お久しぶりです!こちらに来ていたんですね。無事で何よりですっ」
「こら、後輩の前で涙ぐんだりしないの」
「はは、すいません。フリーのくの一になるっていってたので本当心配で。無事で、何よりです。
数馬、こちらは僕の先輩で山田先生の娘さんの名無しさんさん。利吉さんの妹だよ」
「よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
「ふふ。伊作はちょっと、うーん…かなり頼りないかもしれないけれど腕と優しさだけは確かだから、頑張ってね」
「は、はい!」
「名無しさんさん!」
「ごめんて!伊作もしっかりね」
「はい、また後で色々聞かせてくださいね!」
「うん」
何気なく別れたが、一年ぶりに会う恋仲に感激していた。本当は目一杯抱き締めてお互いが息災なことを確認したり、この一年どうだったかをずっと話していたいところではあるがこれは秘密の関係。
また後でというのは、以前私たちが密会をよくしていた廃寺でまた会おうということだろう。恐らく時間も以前と変わらない真夜中。
嬉しさに身を震わせるのですら胸のなかで圧し殺し、彼に会う真夜中まで今か今かと待ち焦がれた。


…………


森の動物たちも眠りにつく真夜中。学園から少し離れた廃寺で伊作を待っていた。人がいると悟らせないために明かりはまだつけない。目印は壊れた灯籠に巻き付けた白い布。夜目が効かなければ、そもそも目印があるということを知らなければ決して分からないもの。
チカチカと一定の感覚で小さな光が差し込む。伊作だ。白い布を見つけたら手鏡で月明かりを反射して合図を送る。こうしてはじめて私たちの密会が始まるのだ。
「伊作!」
「名無しさんさん」
この時をどれ程待ち焦がれただろう。たぶん彼も思っていたことだろうが、会った瞬間その体を抱き締めたくて仕方がなかった。
抱き締めた体から伝わる熱や心臓の音、布の擦れる音さえ愛しい。
「ごめん、本当はもっと頻繁に会いに来たかったのだけれど」
「いいんです!名無しさんさんが健康で生きいてさえすれば」
本当に…。闇に消えていく細くてけれどすべての感情が押し込められていそうな声。彼が発するすべてを自分の中に取り込めたら…なんて思いながら更に抱き締める腕に力を込めた。
「感動の再会のとこ悪いのだけど、名無しさん仕事だよ」
「わっ!!?」
「?!」
「はは、ごめんて」
どこかも入り口か分からないような廃寺だが、一番大きく穴が開いている壁から兄上とおぼしき人物が入ってきた。
いきなりのことに私たち二人は動揺のあまり共倒れ。下敷きの伊作は不運のあまり腐った床に足がはまり抜けなくなった。
「兄上!!!いくらなんでもあんまりです!というか仕事って…!私はきちんとすべての仕事を終わらせてここに来たのですよ?!」
「終わったけれど、その後のアフターケアも大事だぞ?先輩からのありがたいお言葉だと思ってくれ」
「理解が追い付いてないのですが、何事ですか?伊作、はい捕まって」
「うう、すいません」
「以前請け負っていたモエギタケ城への密偵の仕事でミスしたときがあったろう、顔を相手の城の忍者に見られて、反撃したみたいだけれどほら」
「!」
兄上の手からこぼれ落ちたのは人の指。血が固まってどす黒いが、紛れもなく指。
伊作も私も思わず息を飲んだ。
「反撃したけれど情報が行き渡っていて、名無しさんは今モエギタケ城から目をつけられてるよ。私も忍術学園に向かっていたときに気づいたことだ。問題が片付くまであまり学園に近づかない方がいいかもね、皆に飛び火する可能性もあるから直ぐにでもここをたった方がいい」
「そう、だったんですね…」
ちららりと伊作をを見上げると不安そうな、心配そうな表情をして此方を見ていた。
「分かりました。自分のやった後始末くらい自分でやります、ありがとうござます兄上
伊作。その、ごめんなさい。私は今ここをたつけれど、貴方たちに被害が及ばないようにだけ気を付けるから。今度はちゃんと全部終わらせてここに来るから!」
「いいんです、さっきもいいましたけど名無しさんさんが元気で生きていてさえくれれば。僕もきちんと学んでここを卒業しますから、忙しくて帰ってこれなくても、迎えにいきます。絶対に」
「…っ、うん」
「はー、本当に私がいることを忘れないでもらえるかな?」
「あ、すいません…」
「兄上空気を読んでください」
「はは、ごめんね。この穴を出て東の方に変な忍者がうろついていたから、僕が囮をやるよ」
「迷惑をかけます、私が始末するので迂回してそちらに合流します」
「わかった、それじゃあ後で。善法寺くんも……さよなら」
「は、はい」
「ごめんね伊作。ドタバタしちゃって…また来るから!」
「はい!」
自分の未熟さにイライラするが、気持ちを切り替えて今は目の前のことに集中しようと外へとびだした。
まさか伊作と会えるのがこれで最後になるなんて、その時は露程も知らなかった。
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