BOOK!!


□____過去。
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波「…あんた、何やってんのよ」

臨「え、寝室から出てきた」



 開口一番、波江さんはとてつもなく嫌そうな顔をして俺の方を見た。来るのが早いねと言えばあんたが呼んだんでしょうと返される。ああ、そんな気もするなあ。



臨「ちょっと。冗談だって、何そんなに怒ってんの?」

波「…私はあんたがどこで寝てようが全く気にならないしむしろどうでもいい…けど、」

臨「けど?」


波「……●●のこと穢したらあなたのこと殺すわよ、」

臨「あはは。こわいなー波江さんは、」



 どうやら俺が寝室から●●を抱えて出てきたのが気に障ったらしい。一緒に寝ているのだって●●が来た時からずっとなのに、



臨「でもさー、波江さんには異常に愛している弟くんがいるわけじゃない?●●に同じような愛情を向けてもそれは弟くんへの裏切り行為だ、みたいなことにはならないの?」

波「ならないわ。それで私の誠二への思いが揺らぐとでも?」



 愚問ね、と波江さんはもう一度俺に冷たい目線を送ってから●●に目をやると先程とは打って変わって優しい笑みを浮かべる。彼女は本当に●●のことを気に入ったらしい。



臨「へえ、●●は厄介な人に愛されてるんだね。」

波「、あなたはどうなの?」

臨「俺…?俺が何?」



 質問の意味は分かっていたが、まさか波江にそれを聞かれるとは思わなくて、案外間抜けな声が出てしまった。



波「●●のこと、どう思ってるのかってことよ」

臨「うーん。俺は●●のこと好きだけどなあ、あ。愛してるかも、」

波「…それは●●が人間の範疇に入っているからでしょう、」

臨「さあね、どうかな。」



 多分波江さんが言いたいのは、●●からの俺に対する異常とも言うべき"愛情"のことだと思う。あんな感情を向けられて俺が気付いてないわけではない、というより気付かない方がおかしいか。
 彼女は愛というよりは、俺に異常に依存しているわけだし。



臨「依存されているのはまあ、考えても妥当なことだとは思うよ。行き過ぎてるってのもあるけどね。でも、しょうがないっちゃしょうがないことだよね。人間誰しも12年間も監禁されてたらああなるのも頷ける、」

波「…」

臨「かく言う俺もそうなるのかな、考えたくないけど。」



 少し笑って●●の髪の毛を撫でつけながらそう言うと波江は話の続きを催促するように視線を送って来る。
 波江にはただ"監禁されていた女の子を連れて来たから仲良くしてやって"くらいにしか話したことはなかったし。



臨「話してもいいけど、かなり酷いよ。」

波「大丈夫よ、研究所もそこそこに酷かったから」

臨「ああ、そうか。そうだね、」



 話す前にコーヒーを淹れてほしいと言えば、いつもは自分でやれだのなんだの言うくせにすんなりと目の前にコーヒーが置かれた。



臨「監禁されてたのは12年間。確か場所は、ビルの地下一階だったかな。結構薄暗い部屋で光は小窓からだけだったよ、まるで牢獄だよねえ。」

波「…そう。」

臨「でね●●が監禁されてた時のことがなんでこんなに分かるのかって言うと、まあそこには監視者がいたわけ。そいつも酷いやつでさ、極度のロリコンだったらしいよ。そいつがつけた日記とまあ所謂監視カメラで記録してあるんだけどさ。目も当てられないってああ言うことだと思う。」

波「あなたにもそういう感情あったのね、」



 呆れたような、けれど少し緊張したような表情をする彼女は人間らしくて見る甲斐があると思う。



臨「そりゃあ勿論ね、俺だって人間だよ。……ま、その監視カメラにうつってるのは犯され続けてる●●なんだけど、」

波「………、」



 まだ9歳だった頃からずっとだよ、少ししてからは一人の男にだけってわけじゃなくなったけど。そう言うと波江はバツが悪そうに視線を下げてコーヒーを一口飲んだ。予想していたにしろ実際にそんなことがあると知れば堪えるものもあるのだろう。



臨「●●はお偉いさんのちょっと公表出来ない子供らしくてね。最初はただ別々に暮らしているだけだったみたいだけど母親の方がストレスを●●にぶつけて結局最終的に監禁されたんだって。酷い話だよね、ほんと」

波「…じゃあどうやってその監禁に気付いたのよ。あなたにもそういう性癖があって情報が回ってきたのかしら、」

臨「生憎俺は幼女に興奮するような変わった性癖は持ち合わせてないよ。まあこれは本当に偶然なんだけど、四木さんから仕事の依頼があったんだよね、組の金を掻っ攫った下っ端の下っ端の下っ端くらいが行方不明になったから探してくれって。で、探りをいれたらどうもそのビルが怪しいってことで行ってみたらいたんだよ、その下っ端。」

波「…私が聞きたいのは下っ端の話じゃなくて●●のことなんだけど」



 先を知りたくイライラとしている波江にそう慌てるな、となだめればもう一度カップに口をつける。



臨「まあ、居たは居たんだけど…見るも無惨にぐっちゃぐっちゃだったんだ。その下っ端だけじゃなくてロリコンの奴も他何人かいた奴らも形が残らないくらいにね。部屋もあたり一面血だらけで隅に小さく体育座りして●●がいたんだ、」

波「なにそれ…そこに強盗でも入ったわけ?それとも●●のことを取り合って殺りあったとか、」



 波江の言葉に思わず口角が上がってしまった。そうだったらどれだけ良い事か、



臨「…ぜーんぶ●●がやったんだ。19歳の少女が大の大人の喉元をナイフで切りつけて、それだけじゃ飽き足らず顔貌分からないくらい滅多刺しに。」

波「…な、」



 監視カメラの映像を確認したから確かだよ、と言えば波江は未だ話が飲み込めないのか目を見開いたままだった。それから行き場のない●●を連れて帰ってきたと続ければ静かにそう、と言って眠ったままの●●に目をやる。



臨「…幻滅した?」

波「…まさか。あなたは私の事甘く見過ぎよ、」

臨「そっか。じゃあ波江さんにもう一つ教えてあげるね」

波「…?」



 なんの事だか分からないといった顔の波江に言葉を投げかければもう一度目を見開いた。



波「殺人…衝動?」

臨「そ、いきなり人を殺したくなっちゃうそれだよ。●●にはそれがあるんだ。」



 驚いたことだろうと思う。俺の腕の中で眠っているか細い少女が蓋を開ければ恐ろしい殺人鬼だなんて、



波「よく今まで殺されなかったわね、」

臨「ねえ、波江さん。ザクロ買ってきた?」

波「……は?今そんな話はどうでも」

臨「ザクロってね断面が人間の断面に少し似てるんだって、」

波「……、」


 それで少しは軽くなるんだって、そう付け足せば波江は少しはっとした後納得したような顔に戻る。以前から●●がいつもいつもザクロを食べているのに疑問をもっていたようで。ただ好きだから、そんな理由ではないとは勘付いていたらしかった。まあ、まさかこんな理由でとは思っていなかったみたいだが。



臨「そろそろ●●を起こそうか、」



 そう言って●●の肩に手をかけると波江から制止の声がかかる。もうほとんど話し終えたはずなんだけど、



臨「何?波江さんが起こしたいとか?」

波「…大切にしたいと思うなら」

臨「は?」

波「なんで平和島静雄に近づけるの…?」



 核心を得た質問だと思った。まさかそんなことを聞かれるなんて。手を方から下ろして波江の方に向き直ると声色とは裏腹に鋭い目で俺を捉えていた。



波「たとえ●●に殺人衝動があるからってそれを利用するなんて…」

臨「んー、酷いかな。そうかもね、俺は酷いのかもしれない。」

波「はあ……?」



 先程よりも眉間に皺をよせて話す彼女を見たのは弟くんを少し貶めた時以来だ。



臨「でも本気でシズちゃんを殺ってもらおうとは思ってないんだよね。必ず出掛ける前にザクロは食べさせてるし、」

波「それって矛盾してない?」

臨「まあ、あわよくば死んじゃえとは思ってるけどさ。見てて楽しいんだよね。自分の一番嫌いな奴に依存した誰かも分からない女に命を狙われるシズちゃんとか、ほぼ不死身の男を人の為に殺そうとしている●●とかを見てるのが。」

波「……。」


臨「愉快だとは思わない?」


波「…最低ね、」


臨「はは、それはどうも。」







せない、
何も思い出したくない。






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