企画

□ちよこれーとの法則
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「ちよこれーと。」

かんかんかんかんかんかん

ボロアパートの一階に続く階段で、何故か私は大谷さんとじゃんけんをしていた。しかもあの、グーがぐりこ、パーがぱいなつぷる、チョキがちよこれーとで、文字数だけ階段を降りるアレ。


小学生以来だよね〜、と微笑ましく思うものの、昼からの講義の日に朝っぱらから叩き起こされては微笑むことも出来ない。


何度目かわからないあくびをして、私よりも下の段にいる大谷さんに不平を申し立てる。

「大谷さん…。まじ眠いんですが………。」

「さよか、われは目が冴えておるナァ。」

ひっひっ、とにやにや笑う大谷さんを恨めしく思う。反抗して二度寝してやろうかと思うものの、いつぞやのようにインターホンを連打されてはそれだって不可能だ。

じゃんけん、ぽん。

私がパーで、大谷さんがチョキ。

「ちよこれーと。」


私と大谷さんの距離がさらに離れた。

さっきから大谷さんはチョキしか出さない。なのでグーばかり出していたら絶対に勝てる。
でも私がグーばかりだして勝つのと、大谷さんがチョキで勝って一番下の段に着くの、どっちが早いかと言えば明らかに後者である。

「ひっひ!ちよこれーと。」

なのでさっきから私はパーを出して一方的に負け続け、大谷さんはチョキを出して一方的に勝ち続けている。

何が楽しいんだか大谷さんは、

ちよこれーと

を言う度にわくわくした様子で私を見る。

その視線の意味も、この行動の意味も分からずにパーを出し続けている私は酷く退屈だった。


「ちよこれーと!ひひっ!われの勝ちよ、勝ち!!」


なんだかいつにも増してにまにま笑う大谷さんの真意を掴みあぐねて首をかしげた。

「大谷さーん、何て言うか……その、なんでそんな嬉しそうなんですか?」

一度降りた階段を大谷さんは杖をつきながら上ってくる。

「……………分からぬ、か。」

目の前まで来た大谷さんは、何処か影のある顔で笑った。

無言の圧力が怖い。


「よもやぬし、今日がなんの日か知らぬとは言わぬであろうナァ?」

じっとり、とした視線を受けつつも思い当たる節はない。

頬を掻きつつ、

「なんの日でしたっけ?」

と呆けて聞き返した。

そしたら何でか大谷さんはがっかりしたように肩を落とした。
大丈夫ですか、と聞いたら、がっかりしたのよ、と言われた。

あ、やっぱりがっかりしてたのか。




「はァ、まぁ、ぬしならあり得るとは思ったが………まさか本当にそうとはなァ。われは悲しい、悲しい。」

「はぁ、なんかよくわかんないけどすみません。」

何だか今日はよく分からないことが多い。いや、普段から大谷さんはよく分からない人だが。

気を取り直すように咳払いをひとつ、大谷さんはした。
「まぁ良いわ。かわりにホワイトデーには期待しておる故、」


そう言って大谷さんは可愛くラッピングされた包みを私にくれた。

てか何処に持ってたんだろ?

手ぶらだった大谷さんから渡された包みをマジマジと見ていると、


「今日は逆チョコで許してやろ。」


そう言って私のいる段を過ぎて、二階へ戻っていってしまった。


あ、しまった。

そこまで来て、私は漸く自分の失態に気が付いた。


「今日バレンタインじゃん。」






え、でも私、大谷さんにチョコをあげる約束とかしてないよね?
私料理苦手だからね?
これ明らか手作りだよね?
え、何で?



頭の中をぐるぐる回る、言い訳めいた疑問たちを、仕方無いから隅っこに押しやった。


「まつさんに教えてもらわないとな。」

だって仕方無いじゃない。もらった包みからはあまりにも甘い香りがしていたんだもの。
お返ししない訳にはいかないよね。










てかアレだ。大谷さんは、私のチョコを期待してたのか。

…………いや、……まさか、ね?


チョキ、は
ちよこれーとのサイン。

されどぬしは気づかぬか。
かように露骨に示してやったと言うものを。

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