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□絶対忘れない
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Side バン


突然の知らせだった。朝、5時に電話の呼び鈴がなった。奥からは聞き慣れたあの声。

「バン!すぐに病院に来い!ジ、ジンが…」

そんな有り得ない言葉のならびに俺は絶望した。何があった。ドミノ倒しみたいに記憶と不安が倒れていく積み重なっていく。何があった。海道ジンに。そしてこの俺に。



ひたすら走った末病院についた。すぐに「海道ジン」の名を探して入る。そこにはカズ、アミ、拓也さん、郷田、仙道、八神さん、エージェントのやつら、執事さんがいた。
カズとアミは特に心配そうで泣き崩れそうな顔をしていた。

「バン…」

「な、なんだ…」

悲しげに俺の名をつぶやく。何だよ。何があったんだ。

「ジ…ジンは…」

とっさに出たのがこの言葉。「どうなさったのか」とかそうゆう風に聞いたほうがよかった。

「…っく…なんっ…」

急に泣き崩れたのはカズ。そしてアミもつられて泣き出す。

「なんで…なん…で…」

何だ。俺には理解できない。倒されたドミノが散らかされた気持ちになった。

「仙道…郷田…何が…」

「………」

二人はうつむいている。何だよ

「……ジンは…な…」

いつも冷静な八神さんが動揺している。今までに見たことの無い、意外な素顔。

「ぅ…っ…ジンっ…はっ……」

嫌だよ。やっぱりその先は聞きたくない。兎みたいに穴に入りたい。嫌だ。

「ジンはな……」

嫌だ。

「あ…頭の脳にな…」

「嫌だ!」

みんながビクリと肩を震わせた。

「その先は嫌だ!…聞きたくない!」

「バ…バン…」

「バン」

低くて大人っぽい男の声郷田。

「ちょっといいか?…みんな、俺が言うよ」

いつもの軽いノリとは遥かに違い、頬には泣いた涙の跡。ふと前を歩いていた郷田が振り返った。

「話って何だよ?」

何だよ。もう俺は何も理解しない。しなくていいだろジンの事も。

「……ジン」

「……?」

「ジン…頭の脳…いや違うな、記憶をつかさどる脳の辺りに大きな腫瘍があってさ……多分…すげー痛かったと思う…でもあいつ我慢して隠してたからさ…もう…治らないって…」

その一文で俺はちぎれそうな胸と目の痛みに襲われた。

「は…」

「それでな…今までのことも全部忘れてて…」

いい、もういい。言わなくていい!だから…、

「一日しか記憶が持たねぇんだ。」

何だそれ。映画の世界?
バカじゃないの?嘘だろ?と思いながら郷田を見た。

「嘘じゃない。」

一日しか持たない記憶。これまでの絆は全て失う。なんでだよ何でジンなんだ。何で悪い奴じゃ無いんだ。何で仲間が大切な人が。

ふざけんなよ。

何で…何故…もう戻らないのか。その笑顔。もう。もう。その時ジンが目を覚ました。でも…どうせ…目が覚めても。

「ジン」

「…ジン…って誰ですか?…それにここは…」


もう…「海道ジン」じゃない。



ジンじゃないジンは
いつも空を見ている。

「おーい」

「…あ…」

「俺は山野バン!よろしく」

「…はい。」

「ジンはね、LBXやっててすっごく上手かったんだよ?」

「そうなんですか?」

この笑顔。白くて綺麗な笑顔。俺に笑いかけて話をしてくれて。一日の中で仲良くなっても、ジンは明日になれば俺とは他人。

もどかしい。いつか…そう。あの頃のように。

「…?」

「…バ…バン…君?」

名前を

「ゔっ…」

「ジン…」

「それって…誰の事…ですか?」

「…バン…君…?」

もう、ため口でしゃべってくれない。敬語でしか喋らない。無口なジンはとっつきにくかったけど大好きだった。なんで、こんな事になってしまったんだ!!

「ジン…」

「バン君…?」

何日も俺は病院に通った。一日ずつ、一日ずつ沢山の思い出を作った。新しく一つずつ。今日も。
でも俺を見つけた時のジンの表情。辛い。

「じゃっ俺…また…明日ねっ…」

「はい。待ってます。」

そう言って笑って手を振るジンを見ると今まで押さえていた感情が込み上がってきて俺はジンに抱き着いた。

「ごめ…ごめん…ごめんっ!」

涙が溢れて止まらない。

「お願い…お願いだから俺の事忘れないで」

一瞬ビックリしたジンはその後目に涙を溜めて、

「わかんないです…でも…忘れない…忘れない…から…」



その日

ジンは自殺した。俺の勝手な思考のせいで。俺の勝手な行動のせいで。俺が忘れないでって言ったから。

俺が…俺が…

「なんで、なんで、俺!!」



次の日病室に行った。アミ、カズ、拓也さん、みんながいて、もうぐしゃぐしゃに泣いていた。執事さんは無表情で冷静を装いながらも涙の後をしっかり残してベッドを片付けていた。

「ジン…ジンは…」

「もう運ばれたよ。…もういないんだ…」

目を押さえながら言う。カズ。まだ泣いているのか涙が落ちていく。
呆然と立ち尽くす俺に気づいたのか、八神さんが目を潤ませながら歩いてきた。吸い込まれそうな目には、涙が溜まっていた。

「バン…」

その手には一枚の手紙らしきもの。

「これ…」

「何…これ…」

「ジンの遺書だ。きっと昨日に書いたんだと思う。」

八神さんの大きな大人の手がその紙を開く。そこにはジンの字があった。

『みなさんへ』

『僕は何故みなさんの事を覚えていないのですか。 大切だったあなたたちを。でも、大切な貴方達が大切だったかすら解りません。ごめんなさい。バン君、みんな。でも本当に有難う。だから僕、みんなの事、バン君の事、忘れる前にいくね、ごめん。

忘れないから。』



そこで終わっていた。

忘れる前に。

「バカかよっ!忘れて…!俺はただ…ただ…俺の目の前にジンが居てくれるだけで…」



泣き叫んだ。




ごめん。




あの時。ジンも辛かったよね。俺の我が儘だよね。ごめん。もう取り返せない。

だからこの罪は絶対忘れない。
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