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「バン…く…」
バン君の呻き声が聞こえる。ごめん。ごめんね。僕のせいで君にこんな思いさせてる。僕の体がもっと丈夫なら、もっと強かったなら、今この瞬間だって君が苦しむことはなかった。僕が仕事をしていればよかった。
「くそ…ッ」
そして何時間か経ってバン君がゲージに戻ってきた。ガクリと膝をつく。僕は慌ててバン君を支えようとするが、思うように体が動かなくて掠れた声でバン君を呼んだ。
「ジン…」
「バン君…ごめんね…僕が…僕のせいで…」
「俺なら…大丈夫…ジンは…また熱が上がってる…薬もらおうね…」
きっと自分もつらいと思う。なのに僕のことを考えてくれて、自分が情けなくて、悔しくて、これ以上バン君を傷つけないと心の中で固く決意した。
「もう…大丈夫だから…ッ…バン君はもういいから…!」
「今日は…もう…寝ようよ…」
「バンく…」
意識を失うように眠りに落ちて、翌日はメイドさんに起こされた。バン君はまだ寝ている。僕は薬を飲まされ、点滴を打たれた。
「半日もたてば元気になるだろう」
「流石最新の薬ですね」
「その分ご主人様には金をもらってるからな」
「ははっ先生ったら」
メイドさんと点滴を打ってくれた先生という人が談笑している。半日でよくなる…なら今日の夜には間に合うな。今日はバン君を傷つけなくてよさそうだ。
「さ、ゲージに戻すか」
「そうですね」
僕はまたメイドさんにゲージに運ばれ、入れられた。柵に寄りかかっているとバン君が目を覚ました。
「ジン…もう大丈夫なの…?」
「うん…ごめんねバン君…君を…」
「いいんだ…もうジンは無理しなくていいから」
バン君が僕の顔に手を這わせる。悲しそうな眼を見て、僕がこんな顔させてるんだと僕まで泣きそうになった。
「あんなこと…俺の代わりにやってくれてたわけだから…」
「僕は…やりたくてやってるんだよ…」
「もう、やめて…っ…これ以上ジンがボロボロになってくの見てられないよ」
ボロボロに?僕が?そんなの大丈夫。君のためだよ思えばどんなことだって乗り越えられるよ。それにどこもボロボロになんかなってないじゃないか。
「ボロボロになんかなってないよ」
「…え?わからないの?ジン…」
わからない?なにが?自分のことなんだから自分が一番わかってるよ。僕はまだ大丈夫。バン君を守れるならどんなことだって耐えれるんだから。
「ジン、目…見えてる?前に媚薬っていうの飲んでからすごく濁ってるよ?」
媚薬…あの理性が飛びそうになる怖い薬だ。でも目は見えている。大丈夫。バン君から見たら僕の目は濁ってしまっているのかもしれないけど、ちゃんと見えてる。
「体中の痕は?音にすごく敏感なのは?少し触られただけで体が跳ねるのは?」
「大丈夫だよ」
「現に昨日指一本動かせないほど弱ったじゃないか」
そうかもしれない。体中の痕は疼くときがある。音に敏感なのはいつ襲われてもバン君を守れるように。触られるのは……怖いから。怖くて怖くてたまらなくて、いっそ死んでしまいたいくらい怖くて、本当はもうご主人様の声も息も気配でさえ怖い。仕事だってしたくない。でもバン君のため。それが僕の支えなんだから、大丈夫。
「今だって怯えてるじゃないか」
「大丈夫だよ」
「俺は!ジンが本当に壊れてしまう前に…」
バン君が言葉を紡ごうとしたその時ドアが開いた。僕たちの間に戦慄が走る。入ってきたのはご主人様と…知らない人。ご主人様よりは少し若い。なんだか…嫌な予感がする……。
「兄さん…この子たち?」
「ああ…」
兄さん。ということはご主人様の弟か…まさかこの人にも何かされるんじゃないだろうか。なんだか…この人は…危ない気がする…。
「じゃあ、頼んだぞ」
「任せて」
ご主人様とそっくり。にやりと顔が歪むような笑みを向けて僕達を舐めるように見た。
「兄さん、本当にいいの?」
「ああ、構わない」
「じゃあまた何年か後に」
「ああ」
そう言ってご主人様は部屋を出て行った。えらく大荷物だった。いまこの人と別れの挨拶かなにかをしていたからご主人様はどこかに行ってしまうのか。
「バン君とジン君だよね」
考えを巡らせているといきなり声をかけられた。ビクッと体が跳ねたが、バン君を護るために後ろに隠した。この人は…なにか危ない感じがする。
「兄さんはね…あ、君らにとってはご主人様かな…まぁいいや」
歪んだ笑みを貼付けたままその人は話しを続ける。怖い。何をされるんだろう。また襲われるのかな。せっかくご主人様がいなくなったのに。
「兄さんはイギリスに行くことになったんだ。でも君らの事が気掛かりだったらしくてね」
ご主人様はイギリスに…。さっき何年か後って言ってたからきっとこれから先長い間帰ってこないんだ。よかった…。
「僕に君たちを譲ってくれたんだよ。この屋敷とともにね」
一瞬思考が固まった。…譲ってくれた?……ということはこれからはこの人がご主人様で、この人のいうことは絶対なんだ。逃げ場はないんだ。
「大丈夫、僕は君たちを犯したりしないよ…」
この言葉には裏がある。なんだ。一体何をされるんだ。もっとなにか怖いこと。そんな気がする。拳にあるあのタコが気になるがあれは仕事の物だと信じたい。
「いっぱい痛め付けてあげるからね」
……やっぱり。裏があったか。しかも今度は殴られるのか。拳のタコは殴って出来た物か。これは本気でバン君を護らないと。僕がどうなろうと。
「制度は一緒。一晩痛め付けられてくれればご飯をあげるから」
頑張ってね。とその人はゲージを離れた。そして部屋を出て行った。鼻歌を歌っていたからえらく上機嫌なんだろう。バン君は怖いと呟いて僕の服を握った。
「大丈夫…僕が護るから」
「ジン…だめだよ…」
「バン君、君を守りたいんだ」
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