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□放課後の君
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音楽室から音が聞こえた。ピアノの音。今日は早く帰れる日で、時間はもう放課後。2時、3時といったところだろうか。残念ながら今日俺は提出物を忘れてしまって、一度取りに帰ったところだった。それを先生に提出して、階段を下りていたら第2音楽室からピアノの音が聞こえた。音楽の先生が練習しているのだろうか?そう考えたがそれは違うと自分で気づく。職員室に音楽の先生は2人、教育実習生の人もいた。ということは少なくとも音楽の先生ではない。無視して帰ればいいものを、俺の長所でもあり短所でもある好奇心がそれをとめた。帰っても暇なだけじゃないか。本当はイノベーターを倒すために少しでもLBXの練習をしたほうがいいんだろうけど。今日くらいいいじゃないか。一体誰がピアノを弾いてるんだろう。こんなにうまく弾く人がこの学校にいたんだ。
あ、エリーゼのためにだ。ベートーベンだったかな。静かにその音色を聴く。エリーゼのためにを一通りひき終わるとリストのハンガリア狂詩曲第2番。そうかと思えばショパンのプレリュード。その次はまたリストのラ・カンパネラ。難しい曲を一つのミスも、また何の迷いもなく弾いていく。一体誰が引いている?第2音楽室がある校舎は古くて足音がよく響いてしまう。それは足音だけではなくて、少しの音でも響いてしまう。だから慎重にしか歩けないのだ。なんだか物音を立てたらこのピアノが終わってしまいそうだったからなおさら物音は立てたくなかった。ラ・カンパネラが終わってショパンの幻想即興曲が流れ始める。この曲…すごく難しいのによく弾けるよ…。俺が少し詳しいのは母さんが一時期ピアノにはまったから。あのときは毎日のようにクラシックのCDがかかっていた。
そしてやっと音楽室の前までやってきた。まだ幻想即興曲は続いている。チャンスだ。そう思って少し開けられていた窓から中を覗き込む。
黒いジャケット。鍵盤をなぞるように動くのはそのジャケットに生える真っ白な手。ペダルを踏むのはスラッと伸びた長い脚、赤いパンツ。時折感情の起伏を表現するためか、ゆらりと揺れる髪は黒に白。また長い前髪から覗くのはまるで他人を寄せ付けないような真っ赤な目。ピアノを弾いていたのはまぎれもなく俺たちの敵。倒すべき相手。海道ジンだ。聞き惚れるようなピアノの音色に、見とれてしまうような雰囲気。それに少し圧倒されてしまうが、相手は気付いていない。幻想即興曲が終わるとすぐにベートーベンのソナタ熱情が奏でられ始めた。今なら倒せるかもしれない。後ろから拘束できるかもしれない。そうすればイノベーターのことは聞きだせるし、ジンを餌に脅迫できるかもしれない。そんな考えが頭に浮かんで首を振る。そんなことをして卑怯だ。正々堂々と戦わないと。とりあえず声をかけてみよう。

「何やってるの?」

そう問いかければジンの動きがピタリと止まった。そして後ろを振り向く。相変わらず目は鋭く厳しいものだ。でもなんだろう。すこし…やつれた気がする。疲れているのだろうか。ジッとジンを見てもジンは話さない。少しの沈黙。さっきまでの心地良いピアノの音が耳に焼き付いている。もう少し聞いておくべきだっただろうか。勿体ないないことをしたのかもしれない。そんなことを考えているとジンの声がした。少し低めのテノールといったところだろうか。俺はジンの声が好きだ。アミの高い声も好きだし、カズの声も好き。でもなんだか、ジンの声が一番落ち着くんだ。なんでだろう。敵、なのに。

「見ての通りだ」

「もう学校は終わったよ?帰らないの?」

「迎えを待っているんだ」

ふーん。戦闘機で登校してきたんだっけ。今でも覚えてる。あれは衝撃的だった。今はそんなことないけど、黒くて長い車に乗ってきてる。お金持ちだな。いいなぁ。みたいにふわふわと考えていると、俺の好きな声で君こそなんでいる?と聞かれた。

「わざわざエターナルサイクラーを渡しに来てくれたのか?」

「なっ…!、お前なんかに渡すもんか!」

そう言うとジンはふっと笑った。今までに見たこともないような優しい笑みだった。だからか俺はそれにびっくりして、何か裏があるんじゃないかと警戒した。だってあんな笑顔ができるなんて予想外だ。少しドキッとしてしまったことなんて誰にも話せない。
しかしその笑みもすぐに終わってしまって、また厳しい目つきに変わった。いつもの、敵の、海道ジンだ。俺もその雰囲気に呑み込まれないようにキッと目に力を入れた。絶対に負けない。世界は俺が守るんだ。LBXを悪用なんかさせない。それはお前を痛めつけることになっても。それは正義だから。

「それじゃあ、迎えが来たようだ…」

「あ、そうか」

「エターナルサイクラーを渡す気になったらいつでも来い…来なくても命令が出たら君を全力でつぶす」

「なっ…」

「その時を楽しみにしてるよ。バン君。…あと…君は世界はおろか何も守れないよ。御祖父様の言うことは絶対だ」

あと、敵に忍び寄るときはもっと分かりにくく動くんだな。と耳元でささやかれて、びっくりした。ばれていたのか。そう思うとなんだか無性に恥ずかしくて顔が熱くなった。なにか言い訳しようと振り向くとジンはすでにいなくなっていた。あのピアノの音と、声、ささやかれた時のミントの匂い。不覚にも敵でなかったら。と思ってしまった。

帰ったら、CDでも聞きながらLBXの練習でもしようかな。


fin.

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