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「ジン、聞いて」
「バンくん…?」
バンくんはそう言ってさっきくすめた鍵を取り出した。きっと運ぶときに使う鍵だ。でも、もしこんなのが見つかったら…そう考えるだけでゾクと寒気が走った。
「今からこれを針金で真似する」
「え…?」
「スペアが作れたら俺はこれを返しに行ってくる」
「危ないよ…!」
「大丈夫。まかせて」
バンくんはそう言うと靴の中から針金を何本か出した。一体どうやってそんなところに入れたのだろう。そう思いながらも二人で必死に鍵の形を真似した。そして何時間か経った頃それは出来上がった。バンくんはそれをまた靴の中にしまうともとの鍵を懐に隠して立ち上がった。
「バンくん…僕が…」
「ジンは今素早く動けないでしょ」
松葉杖を指差しなからバンくんはひょこっと部屋を飛び出した。でも上に続く階段には鍵がしてあってここから出るなんて不可能じゃないか。僕はバンくんの心配で頭がいっぱいだった。
「すみません、トイレいかせてくださいっ」
バンくんが猫をかぶったかのような声でさっきの男と喋っているのが聞こえる。男も子供なら逃げても捕まえられると踏んだのか鍵が開く音が聞こえた。バンくんどうか無事に帰ってきて…。
そう願っているあいだにバンくんは思いのほか早く帰ってきた。少し拍子抜けする僕に鍵は返してきたよー。とにこやかに笑った。僕は安心してバンくんを抱きしめた。
「心配しすぎだってば」
「だって…」
そうしていたら夜も更け
すぐに朝がやってきた。今頃おじさん心配してるかな…。でもお金があればおじさんは生きられるんだよね。そう考えればなんとなく救われた気がした。
「ジン俺の考えた作戦覚えてる?」
「うん、でも本当に大丈夫…?僕、足怪我してるし、とろいからバンくんも捕まっちゃうよ」
「大丈夫だって。おいてったりしないよ」
「いざとなったら一人で…」
そう言いかけたとき男が下に降りてきた。僕らに手錠をハメるとバレないように裏口からトラックに詰め込まれた。僕は松葉杖をなんとか脇に抱えて、片足で乗り込んだ。そして最後にドアがしまる。食べ物を運転席に運んでたから結構な長旅になるようだ。
「ジン、早速はじめるよ」
「う、うん…」
バンくんはうまく靴を脱ぐと鍵を取り出した。バンくんは本当に器用だ。僕には思いつかないようなこともやってのけちゃうし、本当に尊敬している。
「手錠の鍵は想定外だったね…」
「うん…とりあえず足の重りだけでも外そう」
「そうだね」
なんとか怪我していない足につけてもらった重り。それを二人で協力して外していく。針金でうまく刺さらないが、時間をかけて、なんとか重りを外すことができた。ふと周りを見るとほかの売られた人が好奇の眼差しでこちらを見ていた。
「お前ら…逃げ出すつもりか…」
「俺も…俺も出してくれ…」
「俺も…!!」
どのタイミングかはわからなかったが一斉に僕たちに群がった。なんだかそれがどうしようもなく怖くて、バンくんの服を握った。それにバンくんは気づいたのか気づいてなかったのか足の重りの鍵を僕たちと反対側に投げた。
「それ、使ってもいいけど」
「いいのか…?」
一斉に鍵に群がる人たち。バンくんの声が冷め切っている。俺たちに群がらないで。ともう一声発した。それがあの大人たちに聞こえていたのかはわからないけどその声色がただ僕の心に深く刻まれた。
「ジン、あとはドアの鍵なんだけど」
そう、鍵は外付けだ。まずはその問題が僕たちの前に立ちはだかった。一体どうやれば中にいる僕たちに外付けの鍵が開けられるだろうか。
「どうするの…?」
「一見難しそうに見えるけど、実はこの車のドア、木を強化加工しただけなんだよね」
「え…!」
「ということは、その加工さえ破ってしまえばあとはただの木だよ」
それならなんとかなるかもしれない…。でもどうやって…?道具も何もないこの空間でどうやってその強化加工を破るというのだろうか。
「足の重りも使えそうじゃない?」
本当にバンくんはなんて賢いんだ。僕は急いで足のお守りをバンくんにわたした。バンくんはとがったところを探している。あまり大きな音は出せないから慎重に行かなきゃ。長旅といってもゴールはある。急がないと。
「あ、ここちょっと尖ってる…!」
安物なのかそれは少し尖っていた。ガリガリとドアを引っ掻いていく。少し怖いけど僕はあの大人たちに応援を頼んでみよう。両手で松葉杖を持ってなんとか歩いた。
「あの…っ」
「あ?」
「なんだよ」
「ドアを破るので手伝ってください…!」
バッと立ち上がった大人たちに殴られるのかと体を固くしたが、いつまでたっても来ないその衝撃に薄目をあけた。すると僕の周りにいた大人たちはみんなバンくんの隣でドアと向き合っていた。
「ジン!手伝って…!」
「うん!」
そうして日が傾く頃、ようやく木の部分が出てきた。みんなで喜んだ。男にバレにように。とりあえずそこを破ろうとみんなで削った。そして夜。やっと穴があいた。本当に感動した。
「おい坊主、お前らなんて名前だ」
「俺はバン、こっちはジン」
「そうか、いい名前だ…もし脱走したあと出合ったらうまいもの食べさせてやる」
「ありがと、おじさん」
「俺はまだ28だっての」
「ははっ」
そんな他愛もない話をした。この時はみんなに幸せがあふれていた。人買いに売られていく最中だって言うのに、なぜか暖かい光に包まれたようにみんなが幸福感に満たされていた。
「バン、手通るか?」
「なん、と、か…!」
開けれたのは小さな穴だったから子供である僕たちが選ばれた。器用なのはバンくんだし、バンくんも自ら買って出た。鍵穴があるだろうちょうど横に開けられた穴。バンくんは何とか手を押し込んで鍵穴に鍵を差し込んでいく。
「ん…入らない…」
「頑張れ、入るぞ…!」
針金は思った以上に入りづらい。必死に頑張るバンくん。何分かの格闘の末カチャンと小さな音が鳴った。バンくんは急いで腕を引き抜くと、興奮を抑えるかのような小さな声で「あいた」と言った。
その瞬間みんなが両手をあげたり、抱き合ったり、涙を流したりしながら喜んだ。
「静かに…!ばれる!」
誰かのその一声で場は静まり返った。ここからはもう逃げるだけだ。ドアを少しだけ開ける。サイドミラーから見えない角度で。
「降りた後痛いかもしれないけど死にはしない。トラックが過ぎ去るまで伏せておくこと。バックミラーに映るからね」
バンくんがそういうと大人たちが頷く。一人ずつ行こう。全員逃げれるから争わないようにね、とまたバンくんが注意して大人たちは順々に飛びおりて行った。山道に入り最後に僕たちと名前を聞いてきたお兄さんが残った。
「バン、ジンありがとうな…また、絶対会おう」
そういうとお兄さんは僕たちの頭を手錠の付いた両手でなでるとトラックから飛び降りた。後は僕たちだけ。飛び降りようかというとき時トラックが止まった。緊張が走る。
「おい、なんでドアあいてんだ!」
男の焦ったような怒ったような声が聞こえる。バンッと運転席のドアが開いたのがわかる。僕たちは慌てて飛び降り、助手席の方に回り込み道をそれ、草むらから逃げた。
「バンくん…」
「静かに…!とにかく遠くまで逃げよう」
走ると草が音を立てる。ゆっくり見えないように四つん這いで逃げた。松葉杖を忘れたことになんて気づかず。でも逃げれていたのはもう僕の足が治りかけていたからだろう。少し痛む程度だった。ただきっと不安が治りを悪くしていたのだろう。
「バンくん待って、」
「あ、ごめん」
手錠が邪魔をして四つん這いじゃうまくあるけない。男が気になってパッと後ろを振り返った時男は僕の松葉杖を手にしていた。ここで初めて松葉杖のことを思い出した。
「あ…」
「ジン…?」
「松葉杖…」
「まずいな…」
男は運転席側で僕たちを見ていないからか、助手席側に草むらに、つまり僕たちのいる草むらに入ってきた。僕たちはもうなすすべがなかった。