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□紅い宝石
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それから数日経って母さんと父さんが出かけて行った。俺は、今だ。と思って鏡を見た。そこには見たこともないような赤い瞳。まるでジンの…そこまで考えてやめた。そんなわけない。誰か知らない赤い目の人の目をもらったんだ。俺が赤い目だったらジンとお揃いだ。そう思いながらリビングに入った。そうしたら、きれいな封筒が床に落ちていて、中には手紙が入っているようだ。その封筒を拾って裏返して見ると『バンくんへ』この…この字は…ジンだ。ジンからの手紙だ…!何か嫌な予感がしたけど急いでその封を切った。なんで、いつのだろう。なんで母さんがこんな手紙を持ってるんだ。

その手紙は俺にとって…死刑宣告と同じくらい辛いものだった。


バンくんへ
この手紙を読んでるってことは、君の目は見えるようになったんだね。そして僕はもうこの世にはいない。ごめんね。何度も言おうとしたんだけどどうしても言えなかった。僕は病気で(難しい病気だから癌だとでも考えてくれ)ちょうど君との最後のデートの日くらいに余命2か月と宣告されたんだ。最初は僕自身理解できなかったし、本当に死ぬのが怖かった。いや、今でも怖いかな。でも、あえて延命はしなかったんだ。君と会えなくなるのは嫌だけど、延命治療がどれだけ辛いか僕は知ってる。それに運命だったら僕はもういいかなって思ったんだ。
まぁ、僕のことはもうこれくらいでいいんだ。ああでも、この手紙を僕が死んでから君のお母様に渡してもらうように頼んだのも僕なんだ。お礼を言ってもらえると嬉しいんだが…。
それで、君の目。きっと見てくれたらわかると思うんだが、赤いだろう?実はそれ…僕の目なんだ。君が僕にプロポーズしてくれた時にも、付き合ってからもずっと僕に君は言ってくれたよね、「ジンの目は宝石みたいできれいだ」って。僕はそれが本当に嬉しくて、一生大切にしようと思ったんだ。変な話かもしれないけど本当なんだ。他にも君に言われて嬉しかったこともあるんだけど。それでも今回、君の目が見えなくなって、君が泣いたとき、君が僕の目が見えなくなっても愛してくれると言ったとき、僕はこの、バンくんが好きだと言ってくれた目を君にあげようって思ったんだ。
そうすれば僕はいつでも君の目となって君を助ける事が出来る。僕は君と一心同体になれて嬉しいし、もう長くない、何もしてあげれない僕にとって、どんな形であっても君を助けることが出来るのは本当に。僕にとっても幸せなんだ。
それでも…最後に君の顔が見れなかったのは本当に残念だ。最期に一目、一目でいいから君を見たかった。矛盾してるのはわかっている。僕が一人で死ぬことを選んで、目もあげてしまって、君を見たい。だなんてただのわがままだ。それに、バンくんと過ごした日々は今でも鮮明に蘇るし、まぶたの裏で、脳内で、ずっと記憶として生き続けているからもういい。しかもバンくんにこんな事を言っても仕方のないことだ。
…実はこの手紙も書けるうちにと思って急いで書いたから言いたいことはまだまだあるんだけど。1番言いたいのはバンくん、僕にかまわずいい人と幸せになってほしい。ということ。僕は僕の目として、バンくんの目として君の幸せと君が選んだ素晴らしい人を見守るから。やめてほしいのは僕に罪悪感などを感じてふさぎこんでしまうこと。人はいつか死ぬんだから、このことは落ち込まなくていいことだ。
ああそれと余談なんだが、僕とバンくんが付き合って、この手紙を書いてる日がちょうど1年なんだ。
君と一緒にいるうちにいろいろなことを知ったよ。君が実は球技が苦手なこと、ニンジンが食べられないこと、笑顔が素敵だってこと、いざというときは僕を守ってくれること、すごくかっこいいこと、誰よりも優しいところ、そのせいで落ち込むこともあること、バンくんに愛されてるってこと、僕もバンくんを愛していたこと。他にもたくさん。数えきれないくらい。君と出会って僕の人生は大きく変わった。それはすごくいい方に。
長くなるのも疲れるだろうからこの辺で終わるね。まだまだ伝えたりないけれど…。また生まれかわったら君と一緒になりたいな…ありがとうバンくん。大好きだったよ。 

海道ジン


ちぎれるような痛みに襲われ、いつのまにか走っていた。わけもわからず。ジンが死ぬ?余命2か月?何の冗談だよ。は、ジン、その冗談なんにも面白くない。なんだよそれ俺に目あげるってなんだよ。なんで、自分の事……。一体なんなんだよ!!

「はぁ…はぁ…」

このあたりの大病院といえばミソラ総合病院だけ。ジンがまだ生きている保障なんてどこにも無かった。それでもなんだかジンが呼んでいる気がして。走った先の病院で看護士を怒鳴る勢いでジンの場所を聞いて、また病棟を走ってダンッとドアが外れるほどの力でひっぱった。ジン、ジン、生きててくれ、頼む。ジン、もう一度、もう一度お前に…!!!

「ジン!!」

それは同時だった。本当に。俺がドアを開けて名前を叫んだのと同時。その瞬間に電子音が鳴り響いた。あの、心臓が止まった時になる音。なんだよ…これ、なんのドッキリだよ…ドッキリなら大成功だ。ドラマ?ならハッピーエンドで終わらないと。

「起きてくれよジン!!!!」

泣いた。泣き叫んだ。じいやさんは一部始終を見ていて、俺をジンから抱き上げるようにして引きはがした。もう涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃで、自分に後悔しかなくて、なんでジンが死ななきゃならないんだとか、なんで俺がジンの目を使ってるんだとか、最後に好きだって言いたかったとか、もう頭の中がごちゃごちゃ過ぎて何がなんだかわからなかった。




ジンへ
ありがとう。ジン。俺の目になってくれて、最後まで俺のこと気遣ってくれて。俺の目はもう見えてるよ。ジンのおかげで。というかジン、なんで言ってくれなかったんだよ、俺、ジンがそんな状態にあるって知ってたらもっと、何か…ジンがもっと楽しめるように、何かしてやれたかもしれないのに。本当にジンってば何も話さないんだから。一人で強がってさ、たまには俺にもさ、頼ってくれよ。そうしたら俺さ、頑張っちゃうんだから。ジンのためだったら俺、何でもできる気がするんだ。
あと、延命のは、ジンが決めたならそれでいいと思う。俺はあがいてあがいて生きてほしかったんだけどね、ジンが決めたことは俺、反対しないよ。ジンがいつも俺の意見を尊重してくれたように俺もそれはそうしようと思ったんだ。ああ、あと母さんにはちゃんと言っておいたよ。最初はなんで教えてくれなかったんだって攻めちゃったけど、よく考えたらジンも母さんも俺のためだったんだなぁって。俺はまだ子供だったけど、そんな気遣いしないでくれよ。ジンの、力になりたいのに。
目のことをさ、最初に聞いたときは、俺、本当に死にたくなったよ。だって俺の一番大切なやつの目を奪ってまで見たいだなんてさ、普通は思わないだろ?でも、ジンのその気持ちはすごく嬉しかったよ。それでも…なんでこんなことしたんだよ…。
ジンの目がきれいだって言ってたことは、俺、よく覚えてるよ。だって本当にきれいでさ、まるで紅い宝石みたいでさ、本当にきれいで、いま俺のまぶたの裏にあるなんて信じられないよ。本当に。一生大切にするから。ジンが俺の中で生きてるみたいで。ジンと一緒に物を見てるみたいで、なんだか悲しいけど、一緒に居れるのに喜びがあるんだ。ジンが俺の横にいてくれればそれが一番幸せなんだけどね。
というかジンってば、俺の言葉に一喜一憂しすぎだよ。でも俺が言うことは本当に思ってたことなんだけどね。まぁ俺もジンが言う一言一言に一喜一憂してたから人のこと言えないんだけどね。ジンの回りくどい言い方に混乱するときがあったけど、じんの目を見てたらわかったよ。好きだ。とかね。
ああもうジン、俺のことよく見てたね。俺もジンのこと知ってるんだよ。雷が苦手とか、実は猫が好きとか、実はぬるぬるしたものが嫌いとか、和食が好きとか、マントが好きとか、海がまだ苦手だとか、ここには書ききれないかくらいに俺は知ってるよ。
それとジン、返事おくれてごめんね。10年も待たせて、流石にもう返事受け付けてくれないかな。でもさ、酷いよジン。俺がジンのこと忘れてさ、他の人と幸せになるなんてできっこないよ。俺がジンの死と、目をくれたことに対する罪悪感から立ち直るまでに10年。ジンを忘れようとするなんてあと1000年はかかっちゃうよ。生まれ変わったら…か、そうだね。俺もジンと巡り合いたいよ。もし次に出会えたら、今度は100歳まで一緒にいようね。
俺もジンのことが大好きだ。
山野バン


こうした手紙をジンの墓石の前に置いた。ざわっと風で木が揺れる。線香の煙がかき消されて、供えた花の花びらがハラハラと散った。今日はジンの命日だ。手紙の返事を遅らせて遅らせて。今日やっと届けに来れた。ずっとお参りにさえ来れなかった。お通夜も、お葬式も、なにもかも出れなかった。ジンとの最後のお別れもすべて棒に振った。どうしようもなく現実と向き合うのが怖くて、逃げていた。墓石を見た瞬間、棺を見た瞬間、本当にジンはいないんだと、いなくなってしまうんだと現実を刻み込まれる気がして、足が動かなかった。本当に最低なやつだよな。自分が愛したその人にさよならすらできないだなんて。情けないし、本当に申し訳ない。謝っても謝りきれないくらいだ。でも、俺にもやっと踏ん切りがついた。俺の中のジンを愛し続けようと。そう決意した瞬間だった。

「バンくん」

聞こえた。聞こえたような気がした。ジンの声。俺の大好きな声が聞こえた。バッと振り返る。そこには誰もいない。ただ真っ白な雲が真っ青な空に流れているだけ。高台から見えるミソラの町はやっぱり賑わいがあって、ここが別次元のような気がした。だから、だからなのかな。だからそこにジンがいる気がしたのかもしれない。

「ジン」

急に目が潤んできて少し強めに拭う。またざわざわと木が揺れた。そうしたらまた、ジンの声が聞こえて、なんで、姿は見えないのに、言葉だけが聞こえる。微かな音でくぐもってはいるが確かに。

「ありがとう」

「っジン!!俺は、ジンに!何もしてやれなかった!お参りだってずっと…さよならさえ言えなかった!…本当に、ごめん…ジン、ジン…会いたいよ…会って謝らせてよ…」

「バンくん、ありがとう」

「ジ…」

もう、何も聞こえなかった。ジンの声も。風もあんなに強く吹いていたのに今はぴたりとやんでしまっている。その時誰かが俺の肩をたたいた。

「バンくん」

「ユウヤ…」

「誰と話してたの?帰るよ?」

「あ、ああ…ごめん。なんでもないんだ」

ユウヤが高台からの階段を下っていく。俺はジンのお墓をもう一度振り返って、気づく。さっきのは本当にジンだったんだ。ジンが俺のために話しかけてくれたんだ。だって、俺が置いた手紙の封が開いていた。ユウヤだと考える人もいるかもしれない。でもユウヤには開けないでと頼んでいたし、あの手紙は糊で封をしてあるから音が無いここ(高台)では開く音は聞こえるはずだ。
俺はジンに何も出来なかった。でも、それでも、ジンは俺が気付かないうちに手紙を読んでくれて、話しかけてくれて、俺は本当にジンに愛されているんだと思った。ずっと待っててくれたんだ。ジンは。また涙が出てきて袖で拭う。ありがとうジン。ありがとう。俺これからは毎日会いに来るから。別に今までの分を取り返そうってわけじゃない。ジンに会いたいんだ。ジン、また明日。

その日から俺の肩は嘘のように軽くなって、なんだか目も良くなった気がする。

fin.
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