夜空の虹と月の魔法

□夜空の虹と君の声
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(……水無月って、こんな声だったんだ……。)

そう思いながら、火崎太陽はクラスメートの背中をぼんやり眺めていた。

退屈な現国の授業に、さっきまで欠伸を誘われていたけれど、ほんの少しの興味でスイッチが入ったらしい。

太陽は耳を澄ませてクラスメートの声に集中した。


「洛中がその始末であるから、羅生門の修理などは、もとよりだれも捨てて顧みるものがなかった」


変声期を過ぎたばかりの、まだ不安定な低音が、教室に響く。
抑揚がなく、そっけない反面、空気に柔らかい波紋が広がっていくような、なんだか不思議な声だ。

スラスラと教科書を読み上げる姿は、やる気を出すでも、恥ずかしがるでもなく、ただ淡々としている。

そういえば、水無月蒼が喋っているところを一度も見たことがない、と太陽は思い当たった。

点呼だとか、授業中だとかに、必要最低限の返事をする姿は目にしたが、それ以外は記憶にないのだ。

それどころか、誰かと戯れる姿さえ、目撃したことはない。

授業の合間の休憩は、いつも一人で本を読んですごしているし、昼休憩になるといつの間にか姿を消してしまう。

だからといって特別悪ぶっていたり、病んでいる風でもない。

とにかく謎だらけのクラスメート。
それが水無月蒼だ。

蒼の存在を意識して初めて、太陽は唐突に気がついた。

彼とは会話どころか目が合ったことすらない。
目が合わないということはつまり、彼は太陽に興味がないということ。

チクン、と小さな痛みが胸に走った。

太陽自身、つい先ほどまで意識したこともなかったくせに、自分は彼の世界に存在しないのだと知るや否や、勝手に残念がって、勝手に傷ついている。


「なあなあ、与風は水無月と目が合った事ってある?」


胸のモヤモヤに突き動かされるように、1つ前の席の与風正鷹を掴まえ、声をひそめて問いかけた。
脈絡のない質問に、正鷹が顔をしかめる。


「なんだよ急に」

「別に、なんとなく気になって」

「なんとなくって……。目なんか合ったことねえよ。つーか、あいつと目が合ったことあるヤツなんて、いんのか?」


中学から付き合いのある正鷹は、慣れた様子で面倒くさそうに答えた。
太陽は気にとめることなく、ほっと安堵して肩の力を抜く。


「だよなー」


(よかった。
彼が興味ないのは、自分だけじゃなかった……。)

突然ゆるい笑みを浮かべた太陽に、正鷹は首を傾げ、なるべく関わらないようにクルリと背を向ける。

そうこうしているうちに、蒼の音読が途切れ、他の生徒が続きを読み始めた。

(……あ、終わっちゃった。
もう少し、聞いてたかったのにな……。)

太陽は残念がりながら、既に着席している蒼の背中をじっと見つめる。

艶やかな黒髪が、窓から吹き込んだ風にサラリと揺れた。




 
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