夜空の虹と月の魔法

□夜空の虹と君の声
3ページ/22ページ








一度決めたら一直線。

単純一途な太陽は、その日を境に、蒼への猛アタックを開始した。


「おはよ!水無月!」


決して席が近い訳でもないのに、教室に入るなり蒼を見つけた太陽は、一番に彼のもとへ行き、元気な声で挨拶した。

ビックリして目を見開いた蒼は、数秒考えた後、小さく頷く。
一言も発してないし、目も合わせてくれなかったけど、これが彼なりの挨拶なのだろう。

反応が返ってきたことが嬉しくて、太陽は満面の笑みで笑った。


「えへへ。ありがとう」


突然のお礼に、また蒼が目を丸くする。

なんで『ありがとう』なのか全くもってわからない、といった様子だ。

太陽が右手の人差し指をズイと伸ばし、軽く蒼の眉間に触れた後、いたずらっ子のように口角を上げた。


「あは。朝から、眉間にシワー」


言いながら、身を翻して自分の席に戻る。

蒼はしばらく呆然とした後、関心をなくしたように、窓の外へと視線をやった。

揺れる木々を眺めながら彼が何を考えているのか、太陽にはまだわからないけれど、一つだけわかったことがある。

話しかけた時に必ず数秒の間があるのは、デフォルトだ。

まるで何かダウンロードでもしているようで、面白い。
つついたらお茶目な一面がたくさん出てきそうで、またしても太陽の好奇心が膨らんでいく。


「おい。朝から奇怪な言動をとるな」


一人でニヤニヤしていると、不意に真横から声をかけられた。

目線をやれば、よく見知った顔が怪訝そうにこちらを見ている。


「へ?あ、与風!おはよー。つかキカイってなんだよー」

「どう見ても幼稚園児が知らないお兄ちゃんに絡んでる風だったぞ」

「げ」

「げ、じゃねー」


ハタから見れば、まるで知性を感じさせないお子様のように見えた……と、淡々と説明されてしまい、太陽は肩を落とした。

与風の物言いは、いつも無駄なく的を得ているだけに、おそらくはその通りなのだろう。
急にシュンとしてしまった太陽を見て、正鷹はため息をつく。


「なに、火崎。昨日からやけに水無月のこと気にしてんな」

「うん。まあ。友達になりたいな、って思って……」


ふーん、と素っ気なく相槌を打ちながら、いつも通り一つ前の席に横座りした正鷹だったが、その表情は、『腑に落ちない』と訴えている。


「なんで突然?」

「昨日、水無月が教科書朗読させられてるの聞いて、初めて声聴いたなー、いい声だなー、って思って」

「は?……えーっと。……で?」

「え?で、って?そんだけだよ?」

「はあーっ」


あまりに大きなため息だったため、太陽はうろたえたが、正鷹は一人納得したように頷いた。


「はいはい。で、気になったと」


そういう構造ね、と訳わからない言葉を零して、彼はもう話を切り上げて前を向いてしまった。


「おいー、なんだよー。勝手に話終わらせんなよー」

「あー、うん。俺には理解不能だってわかったから」

「ちょ、人をアホ扱いすんな」

「してない。お前は宇宙だ」

「げ」


聞き慣れたフレーズに、太陽は『またか』と思った。

ことあるごとに正鷹が口にするそのセリフは、大抵の場合太陽がおかしなことを口走ったときに使われる。

理路整然とした正鷹には、脈絡のない太陽の云わんとすることが、どうしても伝わらないのだ。

方程式があてはまらない。
常識が通用しない。

そんな太陽に対する、(一応の)リスペクトを込めた言葉として、『お前は宇宙だ』が定着してしまった。

しかし、どうにも揶揄されているようで、太陽にとっては不名誉な言葉だった。




 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ