夜空の虹と月の魔法
□夜空の虹と君の声
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一度決めたら一直線。
単純一途な太陽は、その日を境に、蒼への猛アタックを開始した。
「おはよ!水無月!」
決して席が近い訳でもないのに、教室に入るなり蒼を見つけた太陽は、一番に彼のもとへ行き、元気な声で挨拶した。
ビックリして目を見開いた蒼は、数秒考えた後、小さく頷く。
一言も発してないし、目も合わせてくれなかったけど、これが彼なりの挨拶なのだろう。
反応が返ってきたことが嬉しくて、太陽は満面の笑みで笑った。
「えへへ。ありがとう」
突然のお礼に、また蒼が目を丸くする。
なんで『ありがとう』なのか全くもってわからない、といった様子だ。
太陽が右手の人差し指をズイと伸ばし、軽く蒼の眉間に触れた後、いたずらっ子のように口角を上げた。
「あは。朝から、眉間にシワー」
言いながら、身を翻して自分の席に戻る。
蒼はしばらく呆然とした後、関心をなくしたように、窓の外へと視線をやった。
揺れる木々を眺めながら彼が何を考えているのか、太陽にはまだわからないけれど、一つだけわかったことがある。
話しかけた時に必ず数秒の間があるのは、デフォルトだ。
まるで何かダウンロードでもしているようで、面白い。
つついたらお茶目な一面がたくさん出てきそうで、またしても太陽の好奇心が膨らんでいく。
「おい。朝から奇怪な言動をとるな」
一人でニヤニヤしていると、不意に真横から声をかけられた。
目線をやれば、よく見知った顔が怪訝そうにこちらを見ている。
「へ?あ、与風!おはよー。つかキカイってなんだよー」
「どう見ても幼稚園児が知らないお兄ちゃんに絡んでる風だったぞ」
「げ」
「げ、じゃねー」
ハタから見れば、まるで知性を感じさせないお子様のように見えた……と、淡々と説明されてしまい、太陽は肩を落とした。
与風の物言いは、いつも無駄なく的を得ているだけに、おそらくはその通りなのだろう。
急にシュンとしてしまった太陽を見て、正鷹はため息をつく。
「なに、火崎。昨日からやけに水無月のこと気にしてんな」
「うん。まあ。友達になりたいな、って思って……」
ふーん、と素っ気なく相槌を打ちながら、いつも通り一つ前の席に横座りした正鷹だったが、その表情は、『腑に落ちない』と訴えている。
「なんで突然?」
「昨日、水無月が教科書朗読させられてるの聞いて、初めて声聴いたなー、いい声だなー、って思って」
「は?……えーっと。……で?」
「え?で、って?そんだけだよ?」
「はあーっ」
あまりに大きなため息だったため、太陽はうろたえたが、正鷹は一人納得したように頷いた。
「はいはい。で、気になったと」
そういう構造ね、と訳わからない言葉を零して、彼はもう話を切り上げて前を向いてしまった。
「おいー、なんだよー。勝手に話終わらせんなよー」
「あー、うん。俺には理解不能だってわかったから」
「ちょ、人をアホ扱いすんな」
「してない。お前は宇宙だ」
「げ」
聞き慣れたフレーズに、太陽は『またか』と思った。
ことあるごとに正鷹が口にするそのセリフは、大抵の場合太陽がおかしなことを口走ったときに使われる。
理路整然とした正鷹には、脈絡のない太陽の云わんとすることが、どうしても伝わらないのだ。
方程式があてはまらない。
常識が通用しない。
そんな太陽に対する、(一応の)リスペクトを込めた言葉として、『お前は宇宙だ』が定着してしまった。
しかし、どうにも揶揄されているようで、太陽にとっては不名誉な言葉だった。